彦ちゃんズ
修一郎が何か話そうとしていると弥生が突然言った。
「トンボがいなくなったって言うけど、お魚のアカメってまだいるの。」
「彦ちゃんズのアカメか。」
弥生は修一郎の言った意味が解るようだが由利は解らなかった。
「お前は本当に失礼な奴だな。神様を友達みたいに言うな。彦ちゃんズは海幸彦と山幸彦の兄弟の事なの。」
弥生は修一郎の顔に向けていた視線を由利に移すと説明するように言った。その瞬間、由利の子供の頃の記憶が蘇った。
父の友人にアカメが好きで釣りたいから宮崎に家を買いたいと言う者がいた。アカメが釣禁止になる前の話である。父の正樹は友人と商談する際に釣りの上手い追川と言う知人を呼んだ。その日、追川は修一郎も連れて来た。
父は友人と家の話をしている。友人は退職金でアカメが釣れる川の近くに二階建ての家を建てたいらしい。できれば原付でチョイと行ける位の距離だとありがたいと言う。
由利の日課に父の事務所の掃除がある。掃除をしている由利には友人が父との話に集中していないように見えた。友人は追川と修一郎の会話が気になって仕方がないようだ。追川と修一郎の釣り談議がアカメに絞られると友人の意識は益々二人に向いた。
「おい、それ以上は喋るなよ。」
追川が言った瞬間、上の空だった友人は父の話に全く耳を傾けなくなり追川と修一郎を見た。
「家の話は後回しにしましょう。追川さん、興梠さん、宜しくお願いします。」
父は二人に言うと商談のテーブルを離れ自分の机に向かう。
追川と修一郎の会話に日本神話が出て来たからなのか由利はその日の会話を鮮明に思い出せる。
「アカメはあの巨体を維持するため腹が減ったらガッツリ喰いますね。」
修一郎は追川より歳上なのだが、釣りに関して追川の方が実績があるので修一郎は丁寧に話す。
追川は
「そのタイミングには中々当たらないがな。」
と付け加える。
「僕は追川さんほど釣ってないから何とも言えないけど、一米以下は捕食モードだと一投目で喰って来てます。」
「何色。」
修一郎が言うと追川はルアーの色を尋ねる。
「蓄光かイエロー、イエローもグローでした。」
「俺は手塗りの白で乾く前に細かい銀ラメをまぶす。」
由利に釣りは解らないがルアーの色や装飾のお陰で映像が脳裏に浮かんだ。
「橋の下で糸撚れを取るために撚り戻しを付けて錘を投げたら喰って来た事もあります。この時もグローでした。」
修一郎は具体的な表現で喋り、由利は今度も何となく映像が浮かぶ。
「上流と下流、どっちに居る。」
追川は修一郎の力量を測るように楽しそうに問い掛けた。
「下流ですね。手前から二番目の橋脚の反転流を利用して楽して留まっています。上下にフラフラ動くルアーや錘を喰うし、超トロ巻きのセオリーもありますから効率の良い捕食行動ですよ。」
修一郎がここまで話した時〈おい、それ以上は喋るなよ〉と追川は言った。
「アカメ、見れないかな。」
弥生の言葉で由利は我に返った。修一郎は
「明日は十六夜か、まだ見れるかもしれない。」
と言う。由利はてっきり大淀川学習館に行くのだとばかり想像していた。あの修一郎がアカメウォッチングに連れて行ってくれる。自分は弥生のオマケだけど山幸彦から海幸彦の釣針を奪ったアカメが見れる。由利は神話の世界に近付けるような気がした。




