トンボはウチワとチョウに化ける
「ホントにトンボいないのね。」
弥生はトンボを探しているようだ。
「昔はそこら中トンボだった。」
と修一郎が言う。
「修一郎の一番思い出に残ってるトンボは何。」
弥生は修一郎に問い掛けた。
「タイワンウチワヤンマかな。」
「台湾から翔んでくるの。」
弥生は少し驚いている。由利も〈えっ〉と疑問を感じずにはいられない。
「恐らくこの池で繁殖していた。ウチワヤンマとタイワンウチワヤンマは団扇の大きさが違う。タイワンウチワヤンマは腹部後部に黒い団扇状の広がってる。ウチワヤンマは一回り大きめの広がりで内側が黄色、外側が黒。見てる時はウチワヤンマだと思ってた。捕まえてタイワンウチワヤンマだと判った。」
「こっちも化け化けになったんだ。」
修一郎が喋ると弥生は直ぐに答え、
「専門用語じゃなくて一般用語じゃないと由利ちゃん解んないんじゃないかな。由利ちゃんはどこに団扇があるか解る。」
と更に修一郎と由利に話し掛けた。
「最初は羽が団扇みたいなのかなって想像したんですけど、お腹の後で解らなくなりました。」
「ほら、やっぱり。」
弥生が得意気に言う。
由利が答えると弥生は修一郎を見て言った。
「普通にトンボの尻尾って言われてる部分は腹部、つまりお腹。で、尻は腹部最後部。ややこしいよね。ウチワヤンマの団扇は腹部第八節だからほぼお尻に付いてる。」
「そうなんですね。」
由利はまた一つ賢くなった気がした。ついさっきは模様が違う黒いアゲハについて。そして今はトンボの尻尾がお腹だと知った。
こうなると最初に修一郎と弥生が話したオニヤンマと池のオニヤンマの話にも付いて行けそうな気がする。雪男は怪物で雪女怪異なのだからと少し前の事も思い出した。
「一番はオオヤマトンボじゃなかったのね。」
弥生がそう言ったので、由利は〈そうだ、池のオニヤンマはオオヤマトンボなんだ〉と改めて認識した。
「オオヤマトンボよりチョウトンボやトラフトンボの方が記憶に残ってるかな。」
修一郎が言うと弥生は
「由利ちゃんにも解るように説明しなさい。」
と念を押す。
「先ずチョウトンボ、完全にトンボの仲間で形もトンボだけど羽に色が付いていて尻尾も短い。前の羽は根元から半分、後は全部で青紫から黒なんだ。俺が捕まえたのは前羽の先も青紫だから個体差の中では少ない部類かな。型も少し小さかった。」
由利は携帯でチョウトンボを検索する前に頭の中で姿を描いてみた。尻尾の短いトンボの羽を黒いアゲハやカラスアゲハの色で染めてみた。
「新種じゃなかったんだ。」
弥生の問いに修一郎は
「たぶんね、やっぱり地域の個体差だろう」
とサラリと答える。
由利は検索したチョウトンボの画像を見た。自分で描いた姿と少し違う。思った以上にトンボに近い姿で修一郎の言った通り完全にトンボだった。
「こうなったら一種類づつ解説しなさい。トリはオオヤマトンボ。」
弥生が言った。




