揚羽蝶
「そう言えばアゲハも居なくなった。」
修一郎が言う。
「アゲハって普通のアゲハチョウ。」
弥生は尋ねる。
「黒系の方、都城はナガサキアゲハが多かった。宮崎市はモンキアゲハとナガサキアゲハが半々かな。俺が子供の頃の話だから今は判らない。後は本家クロアゲハが少々。」
修一郎が喋ると弥生は
「由利ちゃん、名前を聞いて蝶が浮かぶ。」
と話し掛ける。弥生が
「修一郎はクロ、私はモンキ、由利ちゃんはナガサキアゲハを検索しよっか。」
と提案する。三人で画像を見ながらあれこれと話す。
由利はクロアゲハだと思っていた黒いアゲハが三種類のアゲハだと初めて知った。今まではクロアゲハって色々な模様があるんだと眺めていた。
「修一郎はどれが一番好き。」
弥生はありきたりな質問をした。
「モンキかな、都城では殆ど見かけなかったから見つけると追いかけた。」
修一郎が答えると弥生は
「話を聞いた限りじゃナガサキアゲハが一番多かったんだっけ。」
と言う。
「子供の頃、地主さんの庭に大きなみかんの樹があったんだ。その一本だけでナガサキアゲハの生態系が出来上がっていたよ。高岡の国道10号沿いにはみかん畑がたくさんあってナガサキアゲハの数も凄かった。みかん畑は盆過ぎるとツクツクボウシも大量発生、手で採れた。」
修一郎は子供の頃の記憶を喋る。修一郎が口にした光景は由利には想像が付かない。
「それって農薬を使わないとからたくさんいたんですか。」
由利は修一郎に尋ねる。
「そうなのかもね。」
修一郎は簡単に答えた。
「ツクツクボウシってクマゼミやアブラゼミより小柄で敏捷じゃない。手で捕れるの。」
弥生が修一郎に尋ねる。
「みかん畑の樹は果実を採りやすいように背が低い。おかげで目線の高さにいっぱいとまってた。ツクツクボウシを見つけたら幹の反対側に回り込んで死角から素早く手を回す。素手でのセミ捕りの基本。」
「へぇえ、鈍いあんたからは想像出来ない。」
「半袖でみかん畑に入ると茂った葉で薄暗いしツクツクボウシの鳴く夕方はヒトスジシマカの総攻撃で腕が凸凹になる。」
修一郎は弥生の突っ込みを全く違う内容で躱した。
「平地は黒系が殆だけど霧島に登るとカラスアゲハが一気に増える。車で山道を走ってるとクサギの白い花にカラスアゲハが群がっていてとても綺麗だったな。」
弥生にはカラスアゲハもクサギも解るようだ。由利は頭の中に映像が浮かばないので携帯で検索する。
「修一郎、記憶が混乱してない。クサギの花弁は紅だぁ、花が見えないのか。白赤で源平合戦。」
弥生が再度突っ込む。
「そうだったかもしれない。クサギだと陽当たりの良い場所を陣取るから陽の光で反射する葉の緑と羽が青ラメみたいに輝くミヤマが記憶に残ってる。」
「ふぅぅん、花より団子か。」
弥生が笑いながら言う。携帯で画像を拾ったので朧げながら由利にもその光景が浮かんた。
「そっちも行きたいな。」
弥生が甘えるように言う。
「由利ちゃんは。」
弥生は由利に尋ねた。
「是非、お願いします。」
ご当地ガイドブックには載ってない宮崎が修一郎の記憶にはあった。
「オナガアゲハも見られるかな。」
修一郎が言うと弥生は
「私、それ知らない。」
と即座に反応した。由利が検索を始めるとそれより先に
「細身のクロアゲハ、尾状突起が長いからだろうね。」
と修一郎が言う。
「オオムラサキがアゲハに化け化け。」
弥生が笑いながら言うと
「アゲハより揚羽屋がいい。」
修一郎はまた由利には理解出来ない言葉を発する。
「小諸の揚羽屋、島崎藤村ね。」
弥生の言葉で由利の頭の中が繋がった。