紫のばけばけ
柳の樹液に群がっているコムラサキを見ながら修一郎が言う。
「さっき話したけどオオムラサキが宮崎市の南部で採取された話は聞いたことがある。」
「あなたの記憶がその程度だったら迷い蝶かしら。」
弥生は修一郎の屁理屈論を期待していた。由利は携帯で〈オオムラサキ 宮崎〉と検索した。
「二十一世紀初頭までは宮崎市にも小さな生態系があったかもしれない。深海に死沈した鯨の周辺みたいにね。小林には狭域ながら棲息しているから風に乗って来た可能性はある。」
修一郎がそう言うと弥生は東京環境大学の学園祭で修一郎の後輩が鯨について熱弁したのを思い出した。
「都城って小林から近いじゃない。西風に乗って翔んで来ないかな。修一郎オオムラサキの生態系を説明して。屁理屈論でいいよ。」
弥生は聞きたそうにしている。口調と相反して弥生の表情はとても可愛らしい。そんな弥生を見ると由利も自然と笑顔になる。
「先ずオオムラサキの食樹エノキが必須。その近くに成虫の樹液、カエデやヤナギがあればこっちは大丈夫だろう。カエデはウチの庭にもあってヒラタクワガタとコクワガタがいる。でも二十一世紀になって自然が激減したから今は全部揃った環境はないかもな。」
修一郎がすらすらっと喋ると弥生は楽しそうにしている。
「自治体でオオムラサキの小さな生態系復活とか無理かしら。」
弥生がそう言ったので由利は
「大淀川学習館じゃ無理ですか。」
と修一郎に言った。
「課題はエノキかな。あそこの周りはオオムラサキの棲息には殺風景過ぎる。里山みたいな環境の方が良いだろうな。」
修一郎は答える。
「もしオオムラサキ復活計画をやるなら企画名は何。」
弥生が尋ねると修一郎は
「紫の化け化け。」
といとも簡単に言った。
「宮崎って雪女まで居るのにオオムラサキはいないのか。」
弥生がポツリと口にした。