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雪女〜真夏の雪女〜  作者: 黒井 羊
12/17

南国宮崎の雪女

 梅雨明けの七月上旬、由利は宮崎空港で弥生の到着を待っていた。早めに夏休みを取得させる企業もあり地方の空港は普段より利用者が多い。観光客や帰省と出迎えの客で少し混雑していて年末の次ににぎやかな時期だ。由利は大学の夏休みを実家で過ごすために帰省していた。今日は弥生が遊びに来るので到着時刻を見計らって由利も迎えに来ていた。

「弥生さぁん。」

 モデル並に長身の由利が女優のような弥生に声をかけたので、周囲の視線が集まった。二人にとっては別に珍しい事ではない。東京では『母娘(おやこ)で美人ですね。』とか『姉妹(きょうだい)でいい女。』と頻繁に声を掛けられているのだ。

「お疲れ様ですぅ。荷物積んだら、お茶してから動きましょうか。」

「ありがとうね、そっしよっか。」

 荷物が回ってくるのを待っている二人は相変わらずちらりちらりと視線を浴びている。

「由利ちゃん、就職決まったんだって。おめでとう。お祝いたっぷりよ。」

「ありがとうございます。」

「第一志望の食品会社なんだって。それも企画で。」

「父も驚いているけど、弥生さんのお父さんの推薦状が効いてます。面接で…」

「あっ、来たわよ。後はお茶しながらね。」

 二人は回って来た荷物を一旦車に運んだ。

「いい車ね。」

「父のですけど、会社の状況を考えると贅沢過ぎますよ。付き合いがあるからとか言ってますけど。」

 由利の父親の建設会社は経営が芳しくない。弥生の言葉に対して軽く返すと言うより父親を戒めるような返事をした。

「お父さんも大変なのよ。」

 弥生は深入りしない返答をした。

「その件で相談したい事もあるんです。弥生さんにしかできない相談が。」

 二人はカフェの窓際の席に向かい飛行機の発着が眺められるように座る。由利はすぐに就職試験の面接の日の出来事を切り出した。


「四大卒で女子大、しかも文学部。希望は商品企画ですか。」

「宜しくお願いします。」

「秘書課や総務の方なら間違いないけどね。」

 面接官が外見だけで判断しているのは明らかだ。由利が履歴書と一緒に同封した地元代議士の推薦状は封が切られていないどころか無言で付き返された。父と昵懇である地元の代議士に書いてもらった推薦状は紙くず以下の扱われ方をされた。多くの学生を決められた時間内で選定しなくてはならないのだから仕方が無いと言えばそれまだが、由利も決して気が長い方ではないので駄目ならさっさと断って欲しかった。そこで以前、弥生に貰った推薦状を渡した。

 裏面に目を通した面接官の顔色が突然変わり慌てて封を切る。

「こう言ったものは先に見せて戴かなくては。姫君のお父様のお知り合いとは。」

 由利は政界の中央に鎮座する代議士の凄さを初めて体験した。

「口頭で申し訳御座いませんが、採用とさせて戴きます。採用通知の方も直ぐに速達書留で送らせて戴きますので。」

 突然、どちらが面接官でどちらが面接者か判らなくなってしまった。

「姫君の旦那様はご存知でしょうか。」

「存じ上げております。自宅の方にもよく招待されるので。」

 面接官の言葉遣いに由利は戸惑いながらも敬語の使い方はこれで良かったのだろうかと考えた。

「そうでしたか。是非、若君にも宜しくお伝えください。他に紹介状をお持ちではありませんよね。」

「もう一通戴いてます。」

 由利は最初に出した総理秘書の紹介状とは別に幹事長秘書から貰った紹介状を差し出した。

「こちらも頂戴してよろしいでしょうか。」

 面接官が辿々しく言う。

 弥生の父は元総理で夫は老舗百貨店の取締役、義父(ちちおや)は与党幹事長だ。

 由利は面接官にドアまで案内された。面接官は

「宜しくお願いします。」

と言うと丁重にお辞儀をした。由利も咄嗟に

「ありがとうございました。」

と返事した。

 第一志望の会社から即答で内定をもらったのに嫌な気分になった。行先の判らない列車に勝手に乗せられたみたいだ。


 由利が話し終えると弥生が淡々と喋った。

「割り切るしかないし、利用できる人脈は利用したら。」

 こう話すときの弥生は知性と美貌を武器にしているやり手の女である。でも由利が聞きたいのは弥生の結婚感なのだ。弥生は自分の望んだ相手と結婚していない。政治家の派閥抗争で抵抗勢力の息子の元へと嫁いだ。戦国時代ならいざ知らず、今でもこんなことがあるのかと由利は驚いた事がある。

 由利は父親に2~3年東京で働いたら宮崎に戻るように言われている。結婚は大手ゼネコンにコネのある男として欲しいらしい。あちらこちらでそんな話をしていた。

「せっかくいい会社に就職が決まったんだから少しは楽しそうにしたら。卒業まで思いっきり遊んでもいいじゃない。」

「そうですけど。」

「とにかく行こう。」

 

 二人は修一郎の家へと向かった。修一郎は春まで弥生と由利の上司だった。今は宮崎に戻り文化や歴史を調べている。その手法が奇抜過ぎて正統派の学者や地元の研究家には相手にされていない。発想が等身大で生々し過ぎるのである。由利は修一郎の現実的な考え方に共感していたし、面接試験の日の出来事からいっそう身近に感じるようになっていた。

 運転している由利の横では弥生が時折携帯をいじっている。顔が広い弥生の事だから忙しいのだろう。そう思っていた。

 修一郎の家のすぐ近くまで来たとき交差点でサイレンを鳴らした救急車が通った。弥生から笑顔が消え、すぐに携帯を取り出した。

「何だ、生きてたか。心配して損した。」

 弥生に笑顔が戻った。会話を聞いていた由利もホッとした。

「さっきからメールがごちゃごちゃ五月蝿かったから生きてると思ったよ。」

 修一郎がずっと弥生さんにメールしていたんだと判り友里は可笑しくなった。

 そうしている内に家の前まで来た。パトカーと消防車が停まっていて人だかりができている。その中に修一郎も居た。


 庭に車を置いた弥生と由利はすぐに修一郎の方へ歩いた。

「どうしたの。」

「向かいのお祖父さんとお祖母さんが亡くなった。」

「何があったのよ。」

「雪女が出たんだ。」

 修一郎はそう言うと家に向かって歩き出した。その後を弥生と由利が付いて行く。3人とも無言だった。由利は今朝、興梠の家に寄った際に老夫婦と話したばかりだ。盆前には孫がやって来ると嬉しそうだった。その光景が浮かび涙が溢れ出た。

 家に入った途端、弥生が修一郎に体当たりをして喚いた。

「何が雪女だ、屁理屈言うな。炭を焚く時は換気に気を付けてって言えば良かったじゃない。」

 修一郎はぐらつきながら弥生を受け止めた。弥生が大声で泣いている。


 老夫婦の家は年の始めに内装をリフォームしたばかりだ。孫がリフォーム会社に就職したので最初のお客になった。古い造りのときは欄間があり襖や障子には隙間もだらけで換気にそれ程気を配る必要は無かったのだ。リフォームでアルミサッシ等をふんだんに使い密閉されたのが仇になってしまった。

 お祖父さんは釣りが好きで釣った魚は必ず炭火で焼かないと気が済まない性格でもあり、悪い条件が重なった。釣りが趣味の修一郎と家族同然の付き合いで、老夫婦は修一郎と弥生を夫婦だと信じ切っていた。弥生は奥さんと呼ばれるととても嬉しそうにしていたのだ。

「おまえが雪女って言うと逝女(ゆきおんな)とか行女(ゆきおんな)って字が浮かぶよ。」

 由利は弥生が言った意味を理解するのに少し手間取った。〈やっぱり弥生さんはここに居たいんだ。〉。


 翌日の新聞の隅に老夫婦が一酸化炭素中毒で亡くなった記事が小さく載った。

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