現代ファンタジーのプロローグのテスト【ドラゴンも出るぞ!】
ざぁざぁと雨が地を鳴らし、あたりに反響させる。
此処はコンクリートが立ち並ぶ都会。時刻はもうすぐ0時に差し掛かる。そのため日は無く、闇が世界の済み済みまで浸透しており、光源が無ければ壁が何処だろうかと同定することも出来ない。
そんな闇夜に音が鳴る。
「誰っか、助けて! 助けて!!」
少女の叫喚、それと彼女が走る物音がコンクリートに響く。
彼女は必死に足を動かす。ヒィヒィと呼吸を繰り返し、心臓を必死に動かして四肢を操っている。
そして、その後ろには巨体が少女を追っていた。もしこの巨体をyoutubeに投稿するとなれば、タイトルはこうなるだろう。化け物、都会の闇夜に現ると。
「――ガギャ――」
それを一言で比喩するなら山のよう。体は火山灰のような鼠色。大枠の形は熊に似ているかもしれないが、そう断言することが不可能だ。なにせ顔に口が5つあるのだ。熊と言うには、あまりにも凶暴すぎる。
一歩歩けば、巨体の足が地面のコンクリートにめり込む。そのたび轟音が鳴り響く。
少女には不幸中の幸いと言える事が一つ存在していた。この化け物は牛歩だ。ただ、巨体に対してという話であって少女の走りとほぼ同等であるが、そのおかげで少女はまだ捕まることはなかった。そう、まだ。
「誰か! 助けて! 誰か居ないのっ!」
だが、助けは来ない。叫び始めて数十分たってはいるが、誰も少女を助けには来なかった。
豪雨で少女の声が聞こえない、という事はない。なにせすぐ後ろには地震かと思うほどの跫音が鳴り響いているからだ。にも拘わらず誰も気が付かない。そう、不自然なくらいに誰も少女に気が付かない。
「――あぅ!」
彼女がつまずく。からんこらんとライト代わりのスマホが転がる。少女が慌てて起き上がろうとするが、足が動かない。散々走った足は脳の命令に従ってはくれなかった。
少女が顔をあげると、化け物が居る。転がったスマホのライトが化け物を照らし、その巨体の口元から涎が大きな塊となって地に落ちるのが見えた。
――私はあの化け物に食べられてしまうのか。
そんな思考が彼女の脳髄に何度も流れていた。その思考の合間に「どうしてこうなってしまったのか」とか「何で私が」なんて思議が回る。
だが巨体は待たない。5つある口の中で、最も巨大な口。頭の天辺から耳まで裂けるように開かれる口腔を少女に向ける。
その瞬間、風が爆砕した。
「『ぎゃ』」
爆砕したのはこれまた大きな塊。その塊は空から化け物へ直進して、そのややずれた所に着弾した。
「⋯⋯え?」
少女は思わず困惑の音を奏でた。それは今さっき着弾した巨体――ドラゴンっぽい何かに向けての疑問だ。
ドラゴン。それは彼女の記憶では空想上の生き物であると記憶されている。同時にファンタジーでは無敵、最強、天下に並ぶものなしと言える生き物であると。
そんな存在が、コンクリートの壁に頭を埋めていた。『ぬ、ぬけない⋯⋯』っと何処か悲壮感を感じさせる声を奏でながら、必死に前足を壁に付いて踏ん張っている。
「⋯⋯はぁ⋯⋯いい加減、はぁ、減速の仕方、はぁ、くらい出来るようになってくれよ⋯⋯ぁはぁ」
ドラゴンの背中には全身黒ジャージの男が存在しており、荒い呼吸をしながら何かを発していた。
――何これ、私は今何を見せられているの?
先ほどまで死を考えていた少女の思考に良く分からない疑問符が混じり始めた。
だが、化け物はそうでもないらしい。
「――あぁあああ――!」
五つある口から咆哮を流しながら、ドラゴンっぽい何かに向かっていく。巨体は右腕を大きく振り上げて、黒ジャージ男へ振り下げる。
「おいマジ――!」
黒ジャージはドラゴンの背後に隠れる。よって化け物の右腕攻撃はドラゴンの背中に突き刺さる。
『んぎゃああああ!! 痛い! 痛いって!』
ドラゴンが日本語でなんか悲鳴を上げているが、別に背中には何も傷は付いていなかった。むしろ化け物の右手が赤みを帯びており、そちらの方が痛そうだった。
化け物が攻撃を繰り返す。右腕、左腕、足蹴り、頭突き、しまいには食らおうと口で挟んだりするが、
『痛い! 止めってば! 痛いんだけど! 助けてよ翔太!』
「いや無理だってアぺプ! あのゴリラっぽい魔物どう見ても俺より強そうなんだよ! 助けてほしいのは俺の方だって!」
『行けるって翔太! 僕今頭埋まってるから見えないけッ痛い! 大丈夫だって!』
「無理無理、絶対無理! 俺の武器って3センチくらいのナイフなんだぞ?! もし心臓を刺そうとしても、あの化け物の場合、届かないと思うんだけど!?」
ドラゴンの硬そうな鱗が全てを無に帰していた。黒ジャージの男と何かしゃべる余裕すら見せている。
化け物はドラゴンを襲うのを諦めたのか、それとも五月蠅い生命体の排除を優先したのか分からないが、ドラゴンの体を迂回して黒ジャージ男の方へ向かう。彼は化け物の動きを確認しつつも、ドラゴンとの会話を続ける。
『翔太は攻撃されている親友に対して、かわいそうだと思わないのかい!?』
「攻撃されているのはお前の落ち度だよ! このポンコツが! ちゃんと減速してれば、お前はコンクリートとキスすることはなく、こうサンドバックにならなかったと思うぞ!」
『翔太! 君は親友とはいえ言ってはいけない事を言ってしまったね!』
「は! 何を言うポンコツ使い魔が! 天下のドラゴン様が減速出来ないとか恥でしかないわ!」
『ぎいぃ~!』
良く分からないがドラゴンはレスバに負けたらしい。その悔しさの表れなのか竜はジタバタ駄々っ子のように四肢を暴れさせる。ついでに尻尾も荒れ狂っており――それが迂回中の化け物の腹に直撃した。
――ギャリッ――!
化け物が、中身が粉砕される異音を奏でながら吹っ飛ぶ。そうしてコンクリート壁にぶち当たった。
「お、ナイスだアペプ! 良くやった!」
『え⋯⋯? あ、うん⋯⋯えへへ⋯⋯』
雑に褒められたドラゴンが照れている間に、黒ジャージ男が化け物へ駆ける。
「――いでよ我が黒刀」
いつの間にか右手にナイフが存在していた。とても刀には思えない小さな刃。それは黒く輝いていた。金属光沢による輝きではない。黒のまま、黒色に刃が輝いている。異様としか表現できない刃だ。
黒ジャージは刃を化け物の胸腔へ落とす。それは空気を切ると同じような滑らかな動作だった。化け物が口から血を吐く。
「⋯⋯やっぱ心臓までギリ届いてないじゃんかよ!」
男はそんなことを口に出しながら、何度もナイフを化け物へ落とした。そしてある時、化け物は黒い霧となって消滅した。握りこぶし大の肉塊を残して。
『倒したんだね、おめでとう翔太! 次は僕を助ける番だね!』
「あー。今更なんだけどさアペプ。人化すればすぐに抜けられるんじゃないのか?」
『⋯⋯そうじゃん!』
ドラゴンから煙が吐かれる。アニメで忍者がドロンってやりそうな煙が晴れると、金髪幼女が『首が自由って素晴らしー!』っと喜んでいた。
黒ジャージが元化け物の肉塊を持って、幼女に近づく。
「自由は良いよな。だからアペプ、将来の俺とお前のためにコレを食べてもらうぞ」
『えぇ⋯⋯やだ翔太。だって原典って腐った味するじゃん。僕それよりハンバーグ食べたいよ。あ、セブンの金のハンバーグね!』
「コスパを考えろよコスパを。金のハンバーグ食っても能力全然上がんないだろ? それよりこの原典を食って能力を一気に上げないと」
『やだ!』
「ヤダって⋯⋯あ、そうだ」
くるっと男は首を回転させ、少女に目線を向けた。
――え、何?
彼女は今更なんで私に対して言葉を放ったのだろうかと、困惑しながらも「な、なんでしょうか?」と疑問を言う。
「記憶消させてもらうな。そういう法律があるんだ」
「え?」
◇◆◇◆◇
記憶措置が終わり、すうすうと寝息を立てている少女を警察に預け、俺達は家に戻っていた。そこで俺――翔太は先ほど回収した肉塊を手に持って、アペプに向ける。
「おら、食え!」
『んんん!』
俺は、アペプに原典を食わせようと、ドラゴン特有の巨大な口に原典を押し付けていた。
人間形態の幼女だと俺には分が悪いと判断したのか、アペプはドラゴンの姿で居る。
「ほら、一気に! 一気に食えば味なんてしないだろ!」
『んん!』
「ポンコツドラゴン口開けろ!」
『ポンコツって言うな!』
アペプが良くキレるワードを口にした瞬間、狙い通り言い返してきた。それはもう大きな口を開いて。そこに原典を入れ込む。
『んむみゃあああああああああ!! 口に腐った肉の味が! 匂いが! 死神が口の中でタップダンスしてるよおおお!!』
アペプは食い意地が激しいため、口の中に入れ込んだものはそのまま食べてまう。そのため原典のひどい味に転げまわりながらもシッカリと、胃袋に原典に運んでくれた。
ポンコツドラゴンが急に光りだす。能力アップの現象だ。無事原典を咀嚼し終えたらしい。
『きゅー⋯⋯』
原典そんな不味かったのか、当のアペプは気絶しているが。
「⋯⋯はぁ」
俺の口から思わずため息が漏れ出た。自分の使い魔の能力アップ作業。たったこれだけの作業で猛烈に疲労してしまったからだ。
――ドラゴンが使い魔になった時は、勝ち組だと思ったんだけどな。
ドラゴンはあらゆる魔物の頂点に立つ生命体だ。たとえ幼体であっても、大抵の魔物には負けない。まさに無敵、最強、天下に並ぶものなしと言える生き物である。
にもかかわらず、俺の使い魔であるドラゴン――アペプは弱い。
肉体的なスペックは正しくドラゴンだ。尻尾が暴れただけで今回の魔物が吹っ飛んだのが何よりの証拠だ。
だが、その精神は違う。ポンコツだ。
ポンコツなのでせっかくのドラゴンのスペックを使いこなしていない。空は飛べるが加速しかできず、減速できないため着地は毎回事故のような有様だ。
「⋯⋯はぁ。何が間違いだったんだろうな。そもそも魔動学院に行くべきじゃなかったのか?」
また、ため息が出る。