ぬるま湯
少年が転学して、早一年半が過ぎた。
明日は卒業式だ。
少年は転学してから特殊かつぬるま湯の環境に感情を殺し、合わせた。
綺麗事と宗教が渦巻く中で少年はスリルの無い生活に飽き飽きしていたのだ。
しかし、少年に生きる選択肢はこれ以外に無かった。
一年半の中学生期間を終え、そんな生活もついに終わる。
少年はすっかり退化してしまった心の牙と顎を思い出していた。
「これ以上ぬるま湯に浸かるのは御免だ。だが今の俺にあの頃のような、激しい生活を送れるか?」
一年半、少年は自問自答していた。
だがそんな選択に終止符が打たれた。
少年は付属高校への進学を蹴り、定時制高校に通いながら生計を立てる道を選んだ。
里親からはひどく反対されたが少年の意思は変わらなかった。
「やはり俺にぬるい生活は似合わない。」
皮肉な事に不安定な生活を送る少年の精神も又、不安定な中でしか生きられないのだ。
社会的養護の当事者とはそういう生き物なのかもしれない。
男は回顧から現実に帰る。
銀色の腕時計に目をやった。時刻は午前5時10分を差している。
「全てが懐かしい。」
男は白い息を吐きながらポツリ、呟く。
空が少し白んできた。
その光景はまるで男のこれからを示しているように思われる。
男はコートのポケットに手を入れると、駅に向けて歩き出した。
その後、男がどうなったかのは誰にも分からなかった。




