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しづ心なく 花の散るらむ~

いや、そうであるなら、尚更生き続けているとは思えないな。

君の兄さん、クラウドがね。」

見開いたクリスの瞳に映っていたのは、端正な顔立ちをした学生で。

金色の瞳を紅く輝かせていなければ、人間だと錯覚したことだろう。

アスランの額に浮かぶヴァイオレット・ブルーのバラを見つめながら、

心の中では彼の言葉を反芻していた。

『妖刀・暁~その存在に関わらず、兄・クラウドは生き続ける事が出来なかった。』

それは、確かにその通りだけれど・・。

時代が・・

現代ではない時代・とき・に生きていたのだから・・


何故、目の前の彼・皇子殿下がその事を知っているのだろう?

協会に所属する者以外が知り得ることなどできない情報を。

たとえ、サーバーにハッキング出来たとしても

そこに事実など書き残されてはいないのだ。

協会HPの裏画面にさえ、そのような記事は一切載ってはいない。

載っているはずがない。

報告書はクリス自身が作成・提出したのだから。

~妖刀・暁~を持ち帰るも、持ち主は行方及び生死不明~と。

そこに兄の名前は記されていない。

なぜなら、彼の名前を明記することは、もはやタブーだったのだ。

彼が修行者として250年前の時代へ旅立ったのは、2年前。

修行期間は一年と定められている。

・・にも拘らず、彼は修了期日の1年を過ぎても帰らず、

そのまま、未帰還者となった。

協会幹部の一致した意見~それは兄・クラウドが〈自らの意思〉で

EXILE~追放されし者・時代の亡命者・DEFECTORとなった~というもの。

理由は~妖刀・暁~を持つ者が不慮の事態に遭遇して帰還できないことなど有り得ない。

過去に例がないから~との見解だった。

つまり、兄は〈自らの意思〉で過去に留まった!

~修行者規定違反を犯してまで~と、

そう、知らされた。

まさか!・・クリスには信じられなかった。

耳を疑う、とはこのことかと。

兄が〈自らの意思〉で、亡命者・DEFECTOR~になるだなんて。

あの日・・

兄が旅立つ、当に、その日だった。

【紅】が自身の使い手としてクリスを選んだのは。

今でも、鮮明に覚えている。

妖しいまでに大きな紅い月を。


それは、春分の真夜中。

青白い月の輝きに導かれるように兄が旅立って行った。

ほんの一瞬、彼の背中が月の光に包まれて淡く消えるのを見て

なんだか、あっけないモノだな・・と思った。

時代を超える~と聞いていたのだけれど。

それって、本当のところはどうなんだろう?

実際に、時代を超えて行けるものなんだろうか?

実は・・どこか〈ちょっと離れた〉同じ地上に出て

単に移動するだけだったりして?

なんて疑念も、実は持っていた。

それほど・・に。

随分と、簡単に〈向こうへ行けるようだ〉とも。


あの時、【紅】もまた月光の輝きを刀身に受けていた。

【紅】を握り締めながら、彼を見送ったが。

まさか・・まさか・・帰ってこないなんて!

その時は、思いもしなかった。

だから、兄が未帰還者となった1年後に自らが旅人として志願した。

兄が旅をした場所へ行けば、足跡を辿れば、

色々な意味で、真実が見つかるのではないかと考えたから。

あの時・・ただその想いで【紅】と共に旅立ったのだ。


「ァあらァ~、この人間の知り合いな訳ぇ?

そうねえ、貢物でぇ貰った時にはァ・・

まあだァ人間の思念がァ<布>タペストリー・に染み付いてぇいたわよゥ。」

バジルスの言葉に、クリスは少し混乱した。

「それって、身元が分かるようなことですか?」

「さあァネエィ。名前のことゥを言っているのならァ、ちがウンとかなァ。」

バジルスはクリスのすがるような瞳に首を傾げる。

「ううんとォ~確かネェイ。・・人間のゥ感情?ってぇ解らないけどゥ・・。

なんかァ ギュってぇ締め付けられるようなァ、感覚うだったわァ。

う~んン、え~ェ、あ~ァ・・」

彼は両手の細長い緑色の指で、頭を撫で回した。

何処となくユーモラスに見える仕草で、彼は何かを思い出そうとしている様子。

アスランはそんな彼を見ながら、足元の薔薇に手を伸ばした。

ベルベットのような光沢を放つ真紅の花びらが一枚枯れかかっている。

彼はそれを摘み上げると、泉の中へ落とした。

すると、バジルスは頓狂な声を上げ、今落とされた花びらを拾い上げた。

緑色の指で挟まれた花びらをクリスに突き出し、目の前でヒラヒラとさせながら

口をニィ~と開き、鋸状の歯を見せた。

「久かたの~ぅ光のどけき春の日に~ぃ しづ心なくぅ 花のちるらむ~ゥ」※注1

彼は思い出したことが嬉しい様子で、瞳を半分の大きさに縮めた。


注1>作者:紀友則*紀貫之のいとこ。

   百人一首の中でも有名な和歌*


意味:日の光がのどかに差している春の日に

   桜の花はどうして落ち着いた心もなく

   あわただしく散ってしまうのだろうか。


クリスは兄の声で、その歌を聞いたように感じた。

そんな錯覚に陥った。

そうだ・・

彼を探し当て・・【暁】を持ち帰ることになった時には。

もちろん、彼も一緒に帰るとばかり思っていた

~自分達の時代・世界へ~

彼が別れ際に呟いたその<うた>は忘れられるはずもなく。

酷く悲しそうな、哀れむような瞳でクリスを見ていたから。

目の前の彼が、その姿が。

黒い闇に消えて見えなくなるまで。

いや、視界から消え去っても。

しばらく、彼の声が耳に残っていた。


実際、兄はクリスが妖刀【紅】の持ち手となったことを喜ばなかった。

彼が出発する日、【紅】を手にしている彼女を見て初めは驚き、それからとても不機嫌な顔をした。

「なぜだよ・・」確かにあの時、兄はそう言った。

彼はその後、出発する準備で忙しく、もう口を開くことはなかった。

あの言葉はこの時代に聞いた彼の最後の声となり、いつまでも頭の片隅に残り続けた。


妖刀【暁】を手にしている兄にとって、

妹が同じように妖しき力を持つことが

<どういうことなのか>を、良く分かっていた。

【暁】・【紅】は〈対・つい〉になる妖刀であり。

力の根源は月光~月の輝きそのものだ。

ただし、妖刀がいつも月光を取り込める状態にあるとは限らない。

むしろ、そうではない夜が続く日々もある。

毎夜、空に月が昇るわけではないし。

強い輝きを放つ状態(満月)であり続けてはくれない。

妖しい力を維持するには、

足りない分(使用量)をその使い手から補充することになる。

そうすることで使い手自身の魂(命)は削られていく。

よって、長生きは望めない。

それを代償として受け入れた者だけが妖刀の持ち主となる。

妖刀が使い手を選ぶと言っても、それを受け入れない人間もいるだろう。

事実、【暁】はかって、一人の男を選んだことがある。

けれども、彼はそれを拒んだ。

協会の資料にも記載されているが、その男とは~

次に【暁】が選ぶことになるクラウドの父親だった。

クラウドの父親は<短命を嫌った。>と、あるが。

将来を誓う結婚相手が決まっていたからかもしれない。


その後、彼はクラウドが7歳の時に任務途中で亡くなっている。

それは事故と分類されているが、『相手先の依頼主が充分に情報を開示しなかったため』と

資料には記されていた。

彼の母親は夫を亡くしたショックのため、精神に異常をきたし入院後、病没。

彼の父親と友人だったクリスの祖父が、協会からの紹介でクラウドを引き取り、

面倒を見ることになる。

それは、クリスが3歳の時だった。

突然、7歳の兄が出来た。

生活環境の激変を、彼がどう受け止めたのかは分からない。

ただ、義理の兄・妹となった2人の生活は

お互い無口な性格のためか、

喧嘩をするでも無いが、とても仲が良いわけでもなく。

静かなものだった。

一つだけ、クリスが不思議に思ったのは

彼が

「兄さんと呼ぶな。名前で呼んでくれ。」と言ったことくらいか。

多分、血族ではないから、元からの家族ではない事実が

彼にそう言わせるのだろうと。

その時は、そう納得した。


{おい、俺は先に帰っているぞ!}

いきなりネスの声が割り入った。

{そいつらに気を許すなよ。ぜってぇ、何か企んでいるに違いないからな!}

想いに囚われていたクリスは、ちょっと気を逸らせられた感じで生返事をした。

{ああ、うん・・そうだよね。}

{なあ、クリスよ、お前がマダ子供なのは分かっちゃ~いるがなあ。

どうしたよ。心にハリがないぞ!!

ガーディアンなんだろ。

しゃんとしろよ!!}

叱咤激励~キツネから活を入れられた!?

{ネス・・ありがと。}

{フン、俺は先にお前の部屋へ帰っている。ああ‥部屋があればの話だがな。}

クリスは気持ちを立て直すと、アスランに向かって微笑んだ。

「殿下、もう一度あのタペストリーを見せてください。」

彼は片眉を挙げて、彼女を見つめた。

「もう、いいのかい?」

「はい。」

頷くとバジルスに向き直って、礼を言った。

「思い出して下さって・・有難う。」

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