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狙われた皇子~妖しの力を放つ

「そう・・ですね。あれで、彼女は何割の力を使っているのでしょう。」

「ふふん、力・・か。あれは、ファタミの遊びに付き合っている程度だろう。」


アスランの言葉通り、ファタミはついっと繰り出したクリスの鋭い蹴りを右肩に受けてひっくり返った。

その時に、彼は気を失っただけでなく、大事な剣さえも手放してしまう。

「殿下!!」

その時、守人ライルは横目で主人の動きを追いつつ、ほとんど上の空でフランツの相手をしていた。

多分、こうなるだろうと予想は出来た。

格段に、レベルが上の相手だと一目見ただけで感じたからこそ、

護らなければとの思いがあった。

けれど、それはー守り人たる想いはーファタミには届かなかったのだ。


「無様・ぶざまなものね。ファタミときたら。」

ステージ上のナタリは弟の戦いに、ため息で評価をした。

クリスは両手に持っていたクナイを背中

(正確にはセーラー服の下に着用している防着)に収めた。

それは、ナノテクを駆使した極薄繊維の戦闘肌着といったところか。

協会の総力を挙げて開発したとの触れ込みで、

ガーディアン全員に配布された部外秘扱いの衣類。

防弾の効果も大だと協会は胸を張っていたけれども、

幸運な事にクリスはまだ

飛んでくる弾を相手に試したことはなかった!?

肌着だけではなく、着ている制服にも工夫が施されている。

見た目は、普通のセーラー服とスカートだ。

けれども上下共、両サイドをプリーツ仕様にして余裕を持たせてある。

スカートには激しい動きに対応できるよう、

サイドより前の部分に、スリットが入っているし。

もちろんスカートの下には、外腿にクナイを装着できるスパッツを着用中。

だから、クリスがどれほど大胆に長い足で相手を蹴り上げたとしても、

残念ながら周りの誰一人

『ドキッ!!』として赤面することはない。


クリスは仰向けに気を失っているファタミに構わず、彼の剣を拾い上げた。

一振りして、フランツに向かって掲げる。

「交代した方がいい?」

フランツが応えるより先に、ライルがうなった。

「殿下の剣を・・」

今まで、ライルが本気で闘っていない事をフランツは知っていた。

種族が違う彼は、ファタミほどはハイブリッドを嫌ってはいない。

それに、武器を持たない相手と闘うことを彼ら守人は〈暗黙の了解ごととして〉禁じている。

それが、今、殿下が倒れる瞬間を目の当たりにしてライルの顔つきが変わった。

銀色の髪が・たてがみ・のように立ち上がり、瞳と共に輝き出したのだ。

まるで戦いのスイッチが入ったかのよう。

フランツは焦った。

「まずい、クリス!! ライルが、そっちへ行くぞ!」

声をかけた時には、既に守人・ライルがクリスの目前に迫っていた。

彼が抜き放った剣は太陽の光を受けてギラリと輝き、クリスめがけて振り下ろされる。

「当然、そう来ると思った!」

クリスはライルの剣をファタミの剣で受け止めた。

少なくても、ライルをはじめ周囲の者達にはそう見えた。


「でもね。」

クリスの言葉にライルは我が目を疑った。

受け止めたのは剣ではなく・・彼女は剣を使っていない!?

剣を逆手に持ち替えて、両手首のリスト・バンドを盾にして

守人の攻撃を止めていた。

それに気付いた、ライルの気持ちがスーッと冷えていく。

と、同時に混乱した。


目の前の人間は、剣を手にしながらも、使う意思が無いのだ!

そんな相手に、自分は・・今、何をした?

戸惑いの表情を見せたライルに、クリスはニッコリとした。

「良かった、平常心に戻ってくれて。」

そう言って、ファタミを目で示した。

「フランツ、殿下をそこの大木へ移動させてくれる?」

このままでは、ファタミは戦いの巻き添いをくらうだろう。

間違いなく、踏みつけにされる。


大の字に伸びているファタミを見て、それからクリスへと目を移してから

フランツはため息をついた。

『なんだかなあ・・。この人間は一体・・。殿下をこんなにしてしまって。』

オオゴトにならなきゃいいが・と思いつつ、

言われた通り、「よっこらっしょ・・」と

彼を引きずって行く。

「ライル、少しいいかな。一旦、剣を降ろしてくれる?」

硬直したままのライルに声をかける。

「このまま闘いを続けて、殿下を踏みつけたいの?」

あまりに動転していたので、自分でも頬が赤らむのを感じた。

震えながら剣を収めたことを目の前の人間はどう思っただろうか。

ライルは正面からクリスを見た。

小さい~人間の女子学生とはこんなものか。

なのに、漂ってくる気の大きさは計り知れない。

あっさりと殿下が倒されるとは思わなかったことも。

そうして、我を失った自分を諌めるほどの冷静さを持ち合わせているのが

~弱い~と聞かされていた、人間だなんて!

やはり、殿下は認めはしないだろう・・たとえ、倒されたことが事実でも。


戦闘曲~ワンダー・ランド~は既に終わっていた。

「その・・う・・腕は?」

眉を寄せて、まごついた口調でライルが問う。

まだ混乱しているのだろう。

相手に怪我を負わせたのではないかと思っているようだ。

そんな、ライルにクリスは手首をヒラリとさせた。

ライルの目の前で、オレンジ色のリスト・バンドが揺れる。

彼女の首に巻かれているモノと同じ色だ。

「ああ、これね協会が開発したリスト・ウェイトの新バージョンなの。」

「えっ? シン・・バー・・・ジョン?」

「うーんと、最新テクノロジーでもって・・手首用重り兼防具の一種を作成したってこと。

で、どう?」

クリスが小首を傾げて、『分かった?』というようにライルを見上げる。

間近で初めて見る黒い髪と瞳に戸惑い、ライルは返事が出来ない。

「そうそう、アンクレット・足首用もね・・ほら。」と足を持ち上げて見せた。

そんなクリスに、ライルは戸惑うばかり。

いつも殿下の守人として他の学生達と接してはいるが、自身が口を利く事は無い。

それに、殿下に話しかけてくるのは貴族階級以上の男子学生と決まっているし。

まともに言葉を交わす初めての学生が、女子生徒とは・・それも人間だなんて!

どんな返事をすれば良いのか分からないライルは、ただその場に固まっていた。


{おい、初対面の挨拶は済んだのか?}

ネスの声が緊張している。

{うん・・・極めて友好的にね。}

{気を付けろよ。風が止んでいる。

{うん!?・・なんか、嫌な空気だね。}

{空だ。  何か来る。}

校舎の方を見上げたクリスは、空が・・さっきまで青空だった部分が、

段々と暗くなっていくのに気付いた。

「なんだろう?  雷雲かな?」

クリスが呟いた言葉で、ライルは彼女の目線を辿った。

「あれは・・何だ?」

「まさか、雪雲じゃあないよね?」

「ユキって?」

ライルにとって、人間は知らない言葉を話す種族でもあるようだ。

「冬、寒い地方に降るものだよ。

真っ黒いような、どんよりと低い雲が厚く垂れ下がってくると沢山降るんだ。

いつまでもね。」

「そうなると、どうなるんだ?」

「寒いし、冷たい。凍える。」

けれど、ここは赤道に近いから台風が来ることはあっても雪はまず降らないだろう。

「ああいう雲って、ここでは初めて?」

「ああ、見たことは無い。」

そう言って、ライルは首を横に振った。

見ている間にドンドンと塊が大きくなる。

周囲の生徒も空の異変に気付き始めた。

彼らが騒ぎ出し、パニックになる前に解散させた方が良いのだけれど。

近くにピエールの姿がない。

多分、ステージの辺りで見学しているはず。

「フランツ、空がおかしい。

ピエールに伝えて!

ここの生徒達を教室へ戻すようにと。」

ファタミを介抱していたフランツは妙な事を言われたと思い、空を見上げた。


「なんだ・・あれ!!」

ぽかんと、口を開けている。

「フランツ、急いで!!」

けれども、クリスの言葉は間に合わなかった。

黒い塊の中から、何かが飛び出し、こちらへ向かって飛んでくる。

{ネス!! あれは、なに??}

{バケモノ・・だな。}

{はあ、何ですって??}


飛び出してきたのは、一つではなく

次々と青空に広がっていく。

{来るぞ!}

始めの一つが頭上近くを飛び廻っている。

それは鳥らしき姿に見えた。

{赤い、目をした鳥なの?}

{いや、体は鳥だがな。}

顔を見て驚いた。

{こんな顔の鳥、見たこと無い。}

{ああ~、そうだろうよ。こいつは、こうもりだ。}

「あれは、カウバーだ。」

不思議そうに、ライルが言った。

「カウバー?」

「ああ、森に住む鳥だ。」

「あれが、鳥? 」

体は緑色で背中に黒いラインが一本入っている。

珍しい羽毛だこと。

「おかしいな。普段は森で 大人しくしているが?」

そう言いつつ、ライルは頭をひねった。

「なんだって言うんだ? 一体、これは・・」

フランツは頭を横に振る。

「ねえ。いつも、あんな目の色なの?」

「ううん~、確か緑色だったような。」

「じゃあ・・あの赤い色は?」

{攻撃色に決まってんだろ!}

ネスが怒鳴った時

ピューっと一羽のカウバーが突っ込んできた。

すかさず、ライルが剣を抜き〈バシッ〉と、打ち払う。

「何で、攻撃してくるんだ?」

うろたえるライルとフランツの2人。

「こんなこと、初めてだ。カウバーが襲ってくるだなんて。」

{クリス、あれ、全部がこっちへ来るぞ。}

{うん、そうみたいね。}

「ライル、殿下とフランツをお願い。大木の下へ移動してちょうだい。」

そう言って、彼にファタミの剣を渡した。


それを見てフランツが怪訝な顔をする。

「おい、あの群れを一人で相手にする気か?」

「そうね、分身の術でも使う?」

「ええ?  ブンシン・・って?」

ブツブツ言いながらも、フランツはファタミを担ぎ上げたライルの後に続いた。

{ここだけに集中する理由は、ナンだと思う?}

{標的がいるからだろ。王族ってだけで、何時の時代も狙われるのさ。

特に弱い奴ほど、最初に消される。}

クリスは大木の根元に下ろされて意識取り戻したが

ぼんやりと座り込んだままのファタミを振り返った。

多分、自分とそう違わない年齢だろうか。

守人が一人、付いてはいるけれど

それでは生命に万全の保障がある。

とは言えないのかもしれない。


クリスは座っているネスに背中を見せたまま、右手を真横に差し出した。

{ネス、【紅】(くれない)を。}

{おいおい、こんな奴のために使うのか?}

{私達を護るためでもあるでしょ!}


中庭は大騒ぎになっていた。

皆が、校舎の方へと駆け出して行く。

頭上をすっぽりと、真っ黒いモノに覆われれば誰だってパニックを起こすだろう。

けれど、微動だにしない者達も、そこにはいた。

ステージ上の一団は、何事も起こっていないかのように。

のんびりと自分達用の音楽演奏を楽しんでいる。

曲は、ベートーベンの『テンペスト』第3楽章。

ピアノ・ソロを誰かが弾いているらしい。

奏でる音色が静かに中庭全体を包み込んでいく。

{なあ~んか、ムカつくよなあ・・あいつら。}

ネスはああ言ったけれど。

クリスは、もう一人の王族・マルセルが気になる。

彼も生徒達が居なくなったことで、のんびりと中庭を見渡せる場所に居た。

どうやら、お付きの数人と東屋<あずまや>の中からこの様子を見届けようとしているらしい。


{フン、こっちも優雅なものだな。誰も、弟を助けないのか!}

吐き捨てるようにネスがケーンと啼いた。

{まあ・・試しているんでしょ。私がガーディアンとして、使えるのか?・・ということを。}

{ったく、いい迷惑だよな。命が幾つあっても足りないぜ。}

{いいんじゃない。見せてあげましょ。紅の力を。}

{チッ、馬鹿馬鹿しい。}

ネスはそう言いつつ、首を大きく横に振った。

その拍子に銜えていた紅の竹刀袋をグイッと引っ張ると、

中身だけが宙を飛んだ。

それは、ちょうど良い具合にクリスの手の中へ収まった。


「殿下、彼女はあれを使うようですね。」

話しかけたエディルに、アスランはシッと人差し指を立てた。


競技期間中、お気に入りの女子生徒達を侍らせながら大会を楽しむマルセル。

「なんだか、つまらないモノだねえ。

人間の持つ剣というのは、もっと素敵な飾り付けがしてあるかと思ったのに。

ホント、がっかりだな。

ルビーの一つも輝いていないだなんて。」

そんな不満を洩らしつつも、目はクリスの一挙一動を見逃すまいとしている。

それは、守人カイルも同じだった。

あの時なぜ、ライルは攻撃を止めたのだろう?

ここからでは、2人の会話は聞き取れない。

確かにあの時、ライルは本気になったように見えたのだが。

あの人間に何か・・余程、動揺することを言われたのかもしれない。

王族の関心を惹くほどの、人間。

彼女に一体どんな力があるのだ?

その場にいる者たちの目が全て、クリスに集中した。

空一面に広がった、カウバーの群れ。

こちらを襲う機会を窺っている。

どうやら最初の一羽が、情報を伝達する係だったらしい。

殿下を守る者の数が少ないと分かった今、一気に襲いかかってくる気配だ。

{来るぞ!!}

{うん!?}

ネスの言葉に、クリスは頷き【紅】を胸に抱いた。

静かに息を吐きながら、言・ことのは・葉を唱える。

{・・~我に与えよ、妖しの言霊ことば~ここに燃やさん、我がいのち~}

「~展・波~自己領域~守!!」


周囲のざわついた様子にファタミは薄ぼんやりと意識が戻ってきた。

どうやら、自分は大木の根を枕にしていたらしい。

けれど、どうしてあの人間が視界を塞ぐようにして立っている?

そうか、僕はあいつと戦って・・。

ライルはここに・・側に居て・・。

ああ、ハイブリッドもいるし。

横に、ネスを見た彼はギョッとして起き上がった。

ライルに声をかけようとして前を見た時、今までに見たことの無い空の色が目に入った。

空が動いている??

いや、違う・・あれは森・・なのか?

まさか、嘘だろ!

カウバーだなんて・・そんな馬鹿な・・あんなに沢山、何処から?

第一、いつも森の中で静かに丸まっているだけの鳥じゃないか。

それに、あいつ・・人間が・・なんで、あそこに?


彼女の低い声がここまで聞こえてきた。

剣を胸に当てて何やら呟いている。

それは、祝詞か呪い(まじない)言葉の類らしい。

そういえば、聞いた事がある。

人間が自分以外の大いなる力に頼る時に、祈りの言葉を口にすると。

今、まさに無数のカウバーが中庭の大木を覆い囲むように襲ってきた。

その時、クリスが呟いた言葉を受けるように、地面から青白い煙が湧き上がり。

それは、大きな渦を巻きながら彼女自身を包み込んでいく。

クリスは胸に添えた剣を鞘から抜き放ち、それらをなぎ払うように、横へと一振りした。

「展・波~自己領域~開!!」

クリスが言葉を放った途端に青白い煙が大木を包み込むようにドームを作った。

その中に4人と一匹がすっぽりと納まっている。

「おいおい、なんだよこれは。俺達を閉じ込めたのか?」

動転して声を上げたファタミに、ライルが振り向いた。

「殿下、お目覚めですか。大丈夫ですよ。

カウバーから護って貰うためでしょうから。」

「はあ? 護るって・・この煙で、あの無数のカウバーから?

こんなんじゃ、目くらましにもなりゃあしないだろうが。」

ファタミは呆れていた。すっかり自分の守人が、人間に化かされているようで。 

けれど今、自分も化かされているのだろうかと我が目を疑うことになる。

一斉に飛び掛ってきたカウバー達は、一羽たりともこちらへ近寄っては来れない。

青白い煙はまるで保護膜のように皆を護っていた。

カウバー達はそれを突き破る事が出来ないのだ。

良く見ると、衝突して地面に落ちたカウバーは目の色が通常に戻り、

首を振ってキョトンとした。

それから、こんな所にいることを驚いている様子で、周りをしきりに見廻した。

やがて、いつもの自分達の居場所ではない事に気付き、慌てて森の方へ飛んで行く。


{おい、気付いたか?}

{うん。これって・・}

そう、地面に落ちない鳥もいたのだ。

妖しの術に触れた途端、フッと消えてしまう鳥達が。

それらの数の方が、実際に森へ帰る鳥達より多かった。

{つまり、このカウバーに術をかけた奴は、幻覚の術をも使ったってか。}

{うん、そういうことになるかもね。}

{ほお~う、大した使い手だな。やってくれるよ。人間技じゃあねえな。}

{ふふ・・まあね。ここの、彼らは人間じゃあないし。}

そういうと、クリスは

{じゃあ、まやかしを消せばいい。そうしたら、早く終わるわ。}と

新たな言葉を呟いた。

『~燦・波~自己領域・解!!』

クリスは【紅】の切っ先を天・そら・へと向けた。

瞬間、青白い煙はまるで光の粒のように煌きながら、半円を崩すように空へと散っていく。

残っていたカウバー達は残らずその光の粒に当たり、森へ帰る鳥以外はその場で消えてなくなった。






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