バトルに強制参加vs王族
それでなくとも、<人間以外からの要請は即、却下すべし>が当然ではないか。
意味不明な相手と5日間も生活しなくてはならないなんて。
おまけに、平常授業〈私生活上の〉をほぼ1週間も欠席する・・って。
どうしよう、2週間後には定期テストが待っているのに。
どうして、緊急案件を勝手に入れるのかなぁ。
全く、協会ときたら・・
女子高校生の忙しさを無視しているわよね。
私の日常生活に支障をきたすでしょうが!
協会へ提出する報告書には、<要・検討要請事案に値する>と明記しよう。
クリスは強く思った。
{おい、笑顔はどうした? 営業スマイルは協会にとっても必要だぞ。
慈善事業やってんじゃぁないんだろ。}
{よく言うよ。 自分だって、誰かさんに噛みつきたい!って言ってたじゃないの。}
{フフン、俺は関係ないからな。たとえ、協会がこいつらからの寄付をガッポリと貰っていたとしてもよ。}
{対価と言ってよね。それに、別に個人が貰うって訳でもないし。}
確かにネスの言うとおり、協会が行っている事業はボランテイアではない。
仕事に見合った、金銭の授受はある。
それも、任務の成否に関わらず前払い制となっているのだから。
ガーディアンだって生身の人間なのだ、けっして不死身ではない。
もしも~にはそれなりの保障が必要ということ。
きっと、ここの依頼者は協会が納得するに見合う対価を~
それもかなりの大金を~
振り込んだに違いない。
もし、周囲に誰もいなかったらクリスは盛大にため息をついていただろう。
ザァーっと、緑の濃い香りを放ちながら風が中庭を通り過ぎて行く。
クリスの肩までしかない長さの髪でさえ、乱すほどの強い風だ。
思わず顔を風下へ向ける。
そんなクリスの様子をアスランは見ていた。
フイッと視線を感じたクリスと目が合う。
「傷はまだ、癒えていないようだね。」
思いがけない言葉に、クリスは戸惑いで眉をひそめた。
「なんですか、殿下。彼女はいたって、健康ですよ。
もし、前回の任務で何かしらの障害を受けたとしても・・・・」
アスランの言葉を全面否定しようとするピエールの言葉をナタリが遮る。
「まあ、なんですの?彼女は体調が優れませんのね。当然ですわ。長旅でしたでしょうし。
ホント、イヤですわ。男性がエスコートすると気が利かない事が多いんですもの。」
同情の表情を顔に浮かべて、ナタリは一人で頷いている。
{こういう姫さんて、実際いるんだなあ。俺、苦手かも・・。}
ネスまでが苦笑している。
その時、突然
学生達の大きな歓声が上がり、ピタリと音楽が止まった。
「どうやら、勝負がついたようですね。」
ピエールが中庭の奥へと顔を向けた。
「この騒ぎようからして・・多分、平民ペアが貴族ペアに勝ったのでしょう。」
「なあんですって! まったく、とんでもない不祥事ですこと。」
姫にとっては~極めて遺憾な一大事らしい。
大いに不満な様子でステージに戻り、およそお姫様らしくない所作でソファに腰を下ろした。
その様子を見て、ピエールはちょっと目をしばたたく。
「フランツ、次は君達の出番じゃないのかい?」
そう呼びかけられて、フランツはビクッと体を緊張させた。
「ああ、そのはずだったさ・・」
どうも、歯切れが悪い。
「ペアを組むはずの奴が、今朝になって辞退したんだ。
自身がないとか、なんとかで・・怖気づいてしまったって訳さ。」
悔しそうに、首を横に振る。
すると、ステージの上からナタリが冷たい言葉を放った。
「まあ、そう気にすることはなくってよ。
~ハイ・ブリッド~の生徒には、強さなんて誰も期待していないわ。」
途端にフランツの表情が硬張り、プイっとその場を離れて行った。
「まずいですね、一人で戦うつもりかも・・。」
ピエールが慌てて追いかけて行く。
「ハイブリッドって、何の事ですか?」
クリスも後を追いながら、ピエールに聞いた。
えっ!?という表情でクリスを振り返った彼は、気まずそうな顔をした。
「それは、そのう・・両親のどちらかが人間ということで、つまりBD族と人間との間に生まれた・・混血という・・まあ、高貴な一族に存在する~雑種~と位置づけられます。」
「フーン。それって、蔑称ってことだよね?」
「ええ・・まあ・・あまり普段は使いませんが、競技会で興奮しておられるようで。」
「言い訳はいいんだけどさ。そんなに特殊なダンス競技なの?」
「ああ~・・ですから、さっきご説明しようと思っていたのですが・
けっして、これはですね。
この競技会の種目は、ある?ダンスなどではありません。
エンブとはいかに華麗・優雅に戦うことが出来るかを競う武道なんですよ。」
「ええ~、そうなんだ。円舞・演舞は演武だったの・・。
でも、華麗・優雅に戦うってことがイマイチ、分からないなあ。」
それって、遊びってこと?
戦うって・・そんな中途半端なもの?
「ああ、まずいですねえ。貴女には殿下の側に居てもらわないと。」
そうか・・あの時、ピエールは聞いていなかったか。
聞こえていなかったんだ。
2人の背を追いかけるように。
アスランが言った言葉を。
「君なら、彼の力になれるね。」と。
「エディルがいるから心配ないでしょ。ほら、フランツを見てよ。」
彼は、とうとうフィールド内に進み出てしまった。
円形状に人壁がぐるりと囲んで出来た、バトル・フィールドだ!
どうやら、フランツへは周囲から野次と、激励の言葉が飛ばされているらしい。
「おお~い、ハイブリッドごときが一人で何をする気だぁ?」
「ハハ・・見ろよ、剣さえ手にしていないぞ!」
「誰か、木刀を貸してやれよ。」
「全く、武器の一つさえ所蔵していない平民以下が出場するなんて!」
学生達が騒然としている。
フィールド内のフランツの元へ、一人の茶色い髪の女子生徒が走り寄った。
そこへピエールと共にクリスも駆け寄る。
「ああ、アリーシャ駄目ですよ。危険ですから、フィールド内から出てください!」
「お願いピエール、兄さんをここから連れ出して!」
「アリーシャ! おい、勝手なことを言うな。俺は、戦うために出場するんだ。」
「何を言っているの? 相手は第3王子殿下なのよ?
ファタミ殿下の守人・ライルに殺されたいの?」
兄妹の口論を黙って聞いていたピエールは、ギョッとすることを言った。
「アリーシャ、心配御無用ですよ。
決してライルは剣を持たない相手に武器を使ったりはしませんから。
それに・・フランツのペアとして、クリスが一緒に戦ってくれます。
ええ、ええ。きっと!」
一瞬、耳を疑ったのはクリスだけではない。
唖然とした顔でフランツとアリーシャの2人が
澄まし顔のピエールをまじまじと見つめたのだった。
「な・・何を・・!」クリスが抗議する前に、フランツが反発した。
「馬鹿にするな! ハイブリッドだって、人間よりも能力は上だぜ。
俺にガーデイアンだかなんだか知らないけれど助けなど必要ない!
第一、こいつは女だろ!」
「兄さん、やめて! 失礼な事を言わないで!
彼女が強いことは、ピエールが以前教えてくれたじゃあないの。
この人は、特別な人なのよ。」
{そうね、トクベツ~か・・それは、<紅>のことだけど・・}
{ふ~ん、こいつらなんだかんだと言っていて、誰も彼も人間は嫌いなんだな。}
キツネとしてはいささか面白い気分らしい。
{アタマきた!
なんだって、人間だってことがいけないの?
人間の血が入っているって事がそんなに悪いこと?
そんなの、不条理だよ。}
ピエールの勝手な提案に抗議するはずが、何処かへ吹き飛んでしまった。
「分かった、じゃあ、その何とか殿下の剣でも奪えば良いわけ?
ああっと。それと、守人の分も?」
クリスの低い声は、戦闘心剥き出しの感情そのままだ。
「ええ・・まあ、相手を戦闘不能にすれば、若しくは、降参させれば勝ちです。」
ピエールが少し後退りしながら、そう答えた。
「じゃあ、これを持っていて。」
クリスは左手に持ったままだった、歓迎花束をピエールに押し付けた。
「いいわ。早いとこ、済ませましょうか?」
「ハッ? おいおい、こいつ、何言ってんだ?」
目を丸くしてフランツは、慌てた様子でピエールに助けを求めた。
「ふざけていないで、このニンゲンをどこかへ連れて行ってくれよ。」
ピエールはフランツの言い分を聞く気はないようだ。
「ええと・・資料によると、彼女は守人同様の使い手らしい・・から。
なんなら、フランツが見学している、というのは、どうかな?」
さすがに、この言葉にはフランツが激昂した。
「クソ! なんだってそうなるんだ! これは、俺達・ハイブリッドの戦いなんだぞ。」
「まあまあ、ここは一つ。
ハイブリッドと人間、双方のプライドを全学生に示す良い機会となるでしょうから・・・」
今度はクリスがカチンときた。
「ちょっと、やめてくれない!?
その~プライド~って言葉が、私は大嫌いなの!!」
クリスの剣幕に怖気づいて、ピエールは大げさな仕草で肩をすぼめ
アリーシャを伴ってフィールド外へと急いだ。
フランツは呆気に取られている。
「お・・おい、お前。まさか、本気なのか?」
「クリス! 私はクリスよ!
いい加減、私の名前を覚えてよね、フランツ!」
諦めた様子で彼は首を横に振り、両手を肩の高さまで挙げてから、大きくため息をついた。
「ああ、わかった。よお~っく分ったぞ。
ええ~と、それで。クリスはどう戦うつもりなんだ?」
「フランツはどうしたいの?」
「ファタミ殿下の剣を奪えば勝ちだから・・。
俺が、ライルを足止めする。クリスは剣を持っているのだろう?」
フランツはそう言って、クリスの右手のモノを見つめた。
{おいおい、マジかよ。何のスイッチが入ったかは知らんが・・。
この状況で、<紅>を発動させるつもりか?
ったく人間てのは・・くれぐれも感情に走るなよ。}
{フンフン、大変良い忠告を有難う。キツネのネス様。
いつだって、ガーディアンは冷静沈着ですよ!}
{おお~、その言葉を聞いて安心したぜ。
まあ、せいぜい運動がてら体をほぐすことだな。
お前の目の前。
フィールド中央に大木があるだろ?
俺は、その樹上にいる。}
{O.K。わかった!}
「じゃあ、フランツ、殿下の剣を吹き飛ばすから、後は宜しく。」
「ハッ!? あ、ああ・・わかった! 走るぞ!」
2人は対戦相手へ向かって飛び出した。
実際、フランツはクリスが殿下の剣を吹き飛ばす事など出来る筈がない~と思っていた。
そんなことを言う奴は。
『こいつはきっと、人間でも狂人の部類に入る輩に違いないぜ。』と。
「クリ~ス!」
と、背中にピエールの声がした。
「何か、リクエストはあるかい?」
そうか、戦いの曲をリクエストできるんだっけ!
『うん』と、一瞬足を止めて後ろを振り向いた。
「じゃあ、Maksimで
Wonder Landを!」
音楽とは、人の心を癒すモノではなかったのだろうか。
それが、ここでは別モノらしい。
観戦者を興奮させ、場を盛り上げるための戦闘曲と位置づけられている。
それはそれで、
全然嬉しくはないけれど。
まあ、今は仕方がない~か。
早いところ、終わらせよう。
「3分40秒以内にケリを付けようよ。」
クリスの言葉に、フランツは「そんな無茶な・・」と反論しようとしたけれど。
突然、大音量の音楽が頭上から降ってきて、足が縺れそうになった。
ワンダーランドのオープニングにはフランツだけではなく
優雅・華麗に合わせた曲調に慣れた学生達に、驚きをもって迎えられた。
「俺的には、チャールダッシュが良かったんだけど・・。」
ブツブツ言うフランツに
「テンション揚げなきゃ勝てない相手じゃぁないの?」
と、クリスは容赦ない。
始めの1小節が終わった途端、学生達が歓声を上げた。
どうやら、フランツ以上にこの曲を受け入れてくれたらしい。
一方で、苦々しく思いながら
この曲を聞いている者もいた。
『ハイブリッドと人間がこの大会に参加するだって?
そんなの僕は認めないぞ! 彼らは種族の血を汚す元凶じゃあないか。
人間なんて弱いくせに尊大で、傲慢・欲深く、いつだって我々の邪魔をする者達だ。
長年に亘って種族の血を忌み嫌っていながら、金儲けのためには利用しようとするんだから。
あんな奴らは大嫌いだ。』
第3王子・ファタミは人間をこの島へ迎えることを猛烈に反対した。
ガーディアン~という。それは、人間界での謂わば守人みたいな者だと~
そう聞いた時に
なぜ、そんな者をアスラン兄様の側におく必要があるのか?
・・と。
まったく、評議委員会の提案には理解できなかった。
<人間との融和を掲げる>第1歩~だと、説明はしてくれたけれど。
融和だって? 必要ないだろ。
でも・・あのマルセル兄様まで・・何も言わなかった。なぜだろう?
結局、ジュニアクラスの反対意見は却下されてしまった。
たかだか人間のガーディアンじゃないか、守人と同じ位には強いはずがない。
ギリリと奥歯を噛んだ。
守人ライルはいつも通りファタミを護るために、彼の前に立った。
右手は腰に下げた剣に添えている。
ライルは剣士の家系であるため、幼い頃から一人前になるための訓練を積んできている。
エディル、カイル、ターシャ達と共に。
今まで守人を相手に立ち向かおうとする者など、ただの一人もいなかった。
なのに、こちらへ近づいてくるあの者はナンだ?
今日到着したとか・・まったく人間だなんて~人間?~弱い存在だと聞かされているが~
予想外、とはこういうことを言うのか・・
得体の知れない感覚~そんなモノとは無縁だった、この時までは。
警告音が頭の中に響きだす。
~殿下を護らなくては~本能がそう告げた。
けれど、ファタミには分かっていない。
守り人の本能を無視した。
「ライル、あれは人間だぞ。僕が相手をするから除けてくれ!」
「殿下、しかし、あの者は計り知れません。」
「ハッ!? 馬鹿にするな。しかも、女だし!!
お前は、ハイブリッドの方を相手にしろ。」
ライルの気遣いは、鬱陶しいだけだ。
「ですが、殿下・・。」
なおも、安全策を取ろうとするライルを
視界の前に立ちはだかる守り人を
苛立ち紛れに、横へ押し退けた。
「いい加減、子ども扱いはヤメロ!」
兄様を始めとした周囲に、強さを認めさせるいい機会<チャンス>なんだ。
ファタミは剣を抜き放つと、ライルに構わず走り出した。
「あっ!」
守人は呆然と、彼が護るべき王子の後ろ姿を目で追う。
「こ・・これは。無茶だ・・」
ありえない事態に動揺してしまい、ライルの足は
その場に釘付けになった。
守人を振り切って、転げるように走り出たファタミにクリスは気付いた。
相手は王族だもの。
ニンゲンを見くびった結果の。
まあ、当然の行動だわよね。
守り人には困った事態でも
対戦相手のこちらとしては、好都合というもの。
「ライルが動けないでいるわ。
フランツ、守人のところへ!」
クリスから離れ、フランツはライルが呆然と立ち尽くす場所へと走る。
観衆は予期せぬ展開に、どよめいた。
ファタミとの距離を縮めつつクリスは、途中にある大木を見上げた。
{ネス 準備O.K?}
{おおよ、スタンバイだぜ。}
ファタミと、あと数歩で剣を交えるというところで、クリスが思いがけない行動に出た。
なんと、右手に持っていた剣を空へと放り上げたのだ!
これにはファタミも呆気にとられ、
思わず剣の行方を目で追ってしまい
足がもつれそうになった。
剣は、弧を描いて大木へと落ちていく。
するとバサ・バサッと音がして、枝葉の間から茶色いモノが飛び出してきた。
そのモノはタイミング良く、空中でガバッと剣を口に銜えた。
そうして、ストンと地上に着地して大木の根元まで行き、ゆっくりとそのまま座り込んだ。
な・・なんだあれは?
人間が島に奇妙な動物を持ち込んだに違いない。
これだから、人間は嫌いだ。
何故、勝手な事をするんだ。
それより、何より!
「だいたい、僕はこの曲が嫌いだ!!」
ファタミからの最初の一撃をクリスは両手に持ったクナイで受け止めた。
真っ直ぐな性格そのままに、剣を打ち込んでくる。
応用を知らない、つたない所作。
およそ、基本とはかけ離れた
我流の太刀筋。
「おまえなんか、人間なんか大嫌いだ!!」
ただやみくもに打ち込んでくる~支離滅裂とはこのことか~彼の言葉も剣も。
クリスにはファタミの動き、息遣いが手に取るように分かる。
だから、間合いもこちらの思うがままだ。
一方、周囲の者達からはヒラリ、スルリと攻撃をかわすクリスが
まるで軽い運動を楽しんでいるように見えた。
この様子を見たフランツは首をひねった。
『あいつ・・いつの間に、あんな物を手にしていたんだ?』
剣を放り上げたのは、見ていた。
『武器を手放すなんて。やっぱり、おかしな人間だと思った。』
けれど、あれは・・なんだ?
小刀とも見えるが、やけに細い刃だ。
あれが武器といえるのか?
「どうですか?彼女は。」
真後ろに立つ守人が、そっとアスランに声をかけた。
「ああ、いいね。やっぱり、彼女が適任だよ。」