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バトルフィールドに集う者達

空は青く、雲が一つもない。

遠くから聞こえる滝の水音。

泉の水面は太陽の光を反射して、煌めき。

周りには色とりどりのバラの花が咲く。

温室かと勘違いしそうなほど、香りまでもがローズで溢れ。

周囲の木々は濃い緑色の葉を揺らす。

足元には絨毯かと思えるような、密な芝生が敷き詰められ。

それはもうフカフカとして、気持ち良さげで。

キツネでなくとも、ごろごろと転がりたくなる。


これだけ眺めると、ここはシャングリ・ラなのかと見間違う。

それほどまでに、穏やかで美しい場所だ。

なのに、鳥のさえずる声が一つもしない。

ここには飛び交う蝶や昆虫がいない。

獣さえも、カウバー以外は存在しないだなんて。


本当に不思議な森。


いつもは立ち入り禁止になっているこの場所に、

多くの見物・立会人が集まった。

島外から招かれた貴族達。

学園の全生徒。

泉の前には、彼ら、〈人〉垣に因るバトルフィールドが作られた。


それぞれの皇子専属楽団員が楽器を手に控えている。

それも、両端に分かれて。

その片端には楽団員を背中にアスランが皇太子専用席に、

隣にはナタリ姫、ファタミが着席して、彼らの守人たちも傍らに控える。

昨夜、毒矢を受けたライルがいつも通りの表情で

ファタミの側に立っている。

脅威の回復力と言うべき?

当然よね。

まあ・・彼が、人間であれば。

ネスがアスランの膝元に座っているのが、少し気に障るけれど。

仕方がない。

いつでも、【紅】を使えるよう

目立つところに居て貰わないとならないから。

実際は体に装着したクナイだけでコト足りると良いんだけど。

今までの任務ではそうだった。

相手が銃でも出さない限り(正確にはマシンガンか)

【紅】を煩わすことのないレベルの相手が多かったし。

けれど、今回はやっかいな、いや・・強力な術者だと分かっている。

ネスもかなり警戒しているだろうな。


フィールド内に向かう時、アスランに声を掛けられた。

「君の【紅】はちゃんと、彼・ネスの足元に置いたよ。

他に何か希望が有れば聞こう。」

まるっきり緊張なんてしていないような口調で、

それより誰のための演武だか・・興味もなさげに訪ねられて、

クリスはカチンときた。

「それは、それは!

お心遣い有り難うございます。

望みを聞き入れて頂けるのなら。

お約束通り演武が終わり次第、人間世界へ帰りますので。

直ぐにヘリが飛び立てるよう、待機させて頂けますか?」

「ああ、もちろんだよ。」

言葉とは裏腹に、曖昧な表情を浮かべた彼を見て、

クリスはちょっと腹が立った。

大体、なんで私が・・!!

もう!!

ガーディアンの仕事なんてもんじゃないでしょ・・これは。

ええっと。

そうね。

依頼主を護るには、違いないって?

本当に、そうなのかな?

単に、お家騒動に巻き込まれているだけじゃないの!?

大体アスラン・彼には王族としての力があるんだろうから。

見たことはないけれど~それがどのような力かも。

私は知らないけれど。

街やヘカテを護ることなんて、彼にとっては造作もない事では?

こんな大事なことを、ただの人間に任せようってこと自体が。

なんだか、胡散臭いのよね~・・

全く、協会は依頼内容をしっかり調査したのかしら?

{おいおい、意識が飛んでいるぞ!

 協会だってな~

慈善事業やってんじゃないことぐらい、お前だって分かっているだろ。

きっと、てんこ盛りの金が振り込まれたに違いないぜ!}

ネスがのんびりとした口調で脳内にテレパスを送って来た。

{フン・・キツネはお気楽でいいわよね。}

不機嫌な顔付きのクリスにアスランは窺うような笑顔を見せた。

「寝覚めが悪かったようだね。もう少し、泉の水を飲ませてあげようか?」

「はぁ?」

とんでもない!!

2回目に目が覚めた時、確かに寝覚めは良くなかった。

彼に抱かれていたし、(いえ正確には保温されていただけのことよ!)

なんだか、ひどく暑くて、つい「水・・」と言ってしまった。

まさか、アスランから口移しで泉の水を飲まされるなんて!!

驚いたせいか、全身の機能が突然スタンバイOKになった・・わけで。

勿論、充分に休んだからだろうけれど。

たぶん、そう!

まあ、これで闘えるわけだし・・。

まあ、ん、いいのか。

うう~ん。

「いいえ、充分です!」

なんだか混乱してしまい、クリスはプイっとアスランから顔を背けた。


そうしてこの時、フィールドの反対側に立つマルセルの姿を認めた。


ピアノの鍵盤を静かに押さえる音が聞こえてきた。

楽団員が演奏を始めたらしい。

少ししてから、ピアノを追いかけるコンチェルト。

~ラフマニノフ・ピアノ協奏曲第2番第一楽章~


{なんだか、嵐の前の静けさを表現していないか?}

ネスがヒゲをピクピクさせている。

{ふう・まあ、仕方が無いわね。

演武で、時期王・王位継承権者を決めるだなんて時代錯誤だとは思うよ。

でも、彼ら一族にとっては、重要な儀式みたいなモノでしょうから。

そういった心象を良く表しているんじゃなくて?}

フィールドの向こうに立つマルセルから目を離せないでいた。

こちら側へ仕掛けてくるモノは何だろう?

彼がニヤリと首を傾げた時、背中がゾクリとした。


~立ち去れ!! 人間如きに、用はない。~


何やら揺らめく暗い陰が頭の中に広がる。

{ねえ、聞こえた?}

{ああ、いやに黒いな。}

{これって、テレパス?}

{いいや、ただの思念だろう。【紅】を通して奴の強い闇が伝わったんだな。}

{ふうん、よっぽど人間が嫌いみたいね。

まあ・・自分が第1皇太子に選ばれなかったやっかみも

有るんでしょうけれど。男の嫉妬って、怖いわね。}

{はん!? 俺に言わせれば、女も男もないだろさ。

感情に乏しい~何て言うけど、奴らも、人間達と同じってことだ。}


ザザ~ッと、森の中を強い風が吹き抜けていった。

目を開けていられないほど。

泉の水面がざわざわと波立つ。

気づくと水面上にバジルスが立っていた。

突然、どこから現れたのだろう?

集まった皆が不安げに泉の主を見つめる。

多分、初めて彼の存在を認める者が多いのだろう。

スルスル~とフィールドに近づく姿を見て、

女生徒達が小さな悲鳴を上げた。

男子生徒達でさえ、顔を強ばらせている。

それはまるで、歩くというよりも滑ると言った方がぴったり。

バジルスは、音もなくフィールドの中央に来て立ち止まった。


「さああてねェ~・・アタシの決めた時期王が不服らしいわねェ~

人間を相手にする演武を見る時がァ、来るなんてェ・・

ウフフ・・長生きはするモノよねェ。」

高く、低く一定の抑揚を持たない声を聞いていると、

人間でなくとも、鳥肌が立ってくる。

ニタァ~と鋭い刃を見せて笑ったようだけれど、

その瞳は縦長に見開かれたまま表情を変えなかった。

その不気味な姿に、集まった者達ばかりか、森全体が凍りつくよう。


ピアノとオーケストラが静かな響きを重ね合う中で、

誰もが息をすることさえ忘れ、目はバジルスに釘付けになっている。

その異様な姿~長い緑色のローブを被り、そこから出ている顔と手は

所々鈍く光る薄緑色だ。

全くこの場にそぐわない、異形の者。


「バジルス、君らしい個性的な挨拶だけれどね。

君とは初対面の生徒達が大勢居ることを忘れないでくれ。」

笑顔を浮かべて、アスランが席から立ち上がった。


「皆に紹介しよう。この森の住人であり、泉の主であるバジルスだ。

歴代、王になるモノの演武を見守り、また審判を下してきた。

誰一人、〈彼の決定に異議を申し立てることは出来ない〉と心得てくれ。」

バジルスを見つめる者達は、アスランの言葉を聞き、更に沈黙した。

この島に住む者達はもちろん、BD族であれば

知らない者など、一人もいない。

森にまつわる噂を。

森に隠された・生命の泉を棲み家とするモノ。

それ・モノは~サプリを製造するために必要な存在だということを。

サプリ~吸血族でありなが人間の血を求めずとも生きていける

~時と共に簡便なる必需品として普及した・

まるで人間が用いる栄養剤のように。

~バジルス・泉に住む者の協力無しでは完成しなかったと。


ただし、森が異様で、神秘的だから。

あくまで、噂なのだと。

それも奇っ怪なモノが居るらしい、くらいな。

誰かが森へ近づかないよう~間違っても泉で溺れることのないよう~

流された根拠不明の作り話に過ぎない~何百年と時を経るうちに、

真実はあやふやなまま記憶となる。


けれど今、目の前に立っている者を見て、〈噂は事実なのだ。〉と知った。


「あらァ、いやあねェ。そんなこと言ってェ。皆を驚かせているわよォ、

アスラン。あたしはァ~、ただ見物するだけよォ。フフ。」

{いや、どう考えても。皆がこいつ・主・の存在に驚いているだろ!!}

尻尾を膨らませながら、ネスが呟く。


バジルスが、フィッと視線をクリスに投げかけて

「うふふふゥ。」と笑い声を出した。

それはどうやら、彼独特の親しみを込めたものだったらしいが

(アスランが後から弟・ファタミに説明したところに因ると)

 クリスには獲物を前にするワニが、ほくそ笑んだとしか見えなかった。

{ううん~、食ってもまずいと思うがなあ。

人間の中でもこいつは特別に肉がついてないし。色気もないしで。}

{な・・何、言ってるの? それって、緊張感に欠けてるわよ!!}

ネスを横目で、睨みつけた。


次に、バジルスはスイーっとマルセルに近づいた。

「あたしィ、あなたと同じでェ、感情ってのが無いからァ。

同情は無しねェ。せいぜい気概ってモノをォ、見せてちょうだァい。」

そう言うと、フィールドの中央へ戻り、ぐるりと体を一回りさせた。

ニタァーと黒く光る鋸歯を見せてから、

「じゃあ、始めてちょうだいなァ~。」

歌うように言って、突然姿を消した。


途端に、ざわめきが広がっていく。

それは、緊張が解けた瞬間だった。

まるで金縛りの術から解放されたかのように。

そこ、ここで、生徒達が噂の検証を始めたものだから

ピアノ協奏曲の音が、かき消されてしまった。


見回したところ、泉の上には姿が無く。

~一体何処から、このバトルを観るのだろう?~

彼は・・とクリスは思った。       

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