歓迎されて・・いない?
暗く、長過ぎる螺旋階段というのは、人を不愉快にする。
~まして、皆が無言だなんて・・まるで苦行僧にでもなった気分。
やっと、1階に着いた時には、明るい光を見て幾分ホッとした。
「中庭に全学園生が集まっているようだね。」
ピエールがフランツに問いかける。
「ああ、エンブの決定戦を行っている最中だから。」
「そうかい、じゃあ君も行かなくちゃならないね。」
「そうなんだけど・・。」
他に何かを言いたそうなフランツの言葉を大歓声が消してしまった。
エンブ~?演舞・円舞・って・・・ダンスが盛んな学校ってこと?
それで、こんなに派手な制服なのかもしれない。
クリスは心の中で頷いた。
中庭は、多くの学生で溢れていた。
緑の木々に囲まれ、隅々には小さな噴水がある。
噴水?・・でも、水の飛沫は見られない。
塀の向こうには、高い尖塔。
あれは、オベリスクか。
それも、2本。
天に近づくにつれ何やら極彩色の輝きを放っていた。
中庭の歓声が収まると、今度は音楽が聞こえてきた。
生演奏?・・これは、タンゴかな・・・
クリスが、曲に耳を傾けようとした時、
「では、失礼するよ。」
突然マルセルはそう言って、仲間たちと学生が群れる向こう側へ行ってしまった。
彼も、ダンスの参加者なのかもしれない~クリスが思うに・・
愛想はないけれど、結構クールなイケメン学生に見えなくもないし。
案外、女子生徒に人気があるのでは?
う~ん~全く、任務とは無関係な事なのに・・女子高校生って面倒だな~
つい、いつもながら。
周囲の反応を読んでしまうのだから。
まあ、仕方ないか。
習慣みたいなもので・・
学校の友達に合わせているうちに余計な事まで目に入るようになったらしい。
ふう・・
ため息が出る。
「他の王族達を紹介しましょう。こちらへ。」
ピエールはマルセル達とは別方向へ足を向けた。
フランツは一瞬足を止め困った表情を見せた。
「俺は、自分の席へ戻るよ。」
「そう言うだろうと思った。いいから、君も来たまえ。」
ピエールに促されて彼は肩をすぼめたけれど、黙ってついて来た。
「ピエール、聞いてもいい? さっきの言葉、種族ってどういう意味?」
クリスが声をかけると、彼は足を止めずに振り返った。
後ろを歩いてくるフランツをチラリと見てから、ニコリと笑った。
「あれ、言っていませんでしたっけ?僕らは、人間ではない・・・者達です。
つまり・・民族と言えば人間の~所謂、種のグループとなるのでしょうが。
それとは全く違います。異なるんですよ。
僕らは、BLOODーDEAL~BD族。
血を扱う者達の末裔・・分かり易く言うと、祖先がバンパイア種族なんですね。」
{おお~驚き・桃の木・ココナッツの木だな、こりゃあ。こいつら、吸血鬼ってことか??}
何処からか、ネスの声が聞こえてきた。
{ネス・・何処へ飛んじゃったかと思った。大丈夫?}
{フン、お前らはトロいからよ。お先に失礼したまでさ。
それより、クリス~気をつけないと、血を抜かれるぜ。}
{う美しさん、でもさ・・どう見ても人間・・・だよね。
何が、・・えっと。何か、違うのかな?}
ただ、これで『紅』が震えている理由も分かる気がする。
得たいの知れない何かに反応しているってことだろうから。
小刻みな振動を右手に感じつつ、クリスは初めて出会ったモノ達に
緊張するよりも、鳥肌が立った。
「そうそう、それと忘れずにここでのルールを言っておきますね。
ハハ・・大丈夫ですよ。人間社会と違って、規則尽くめでは有りませんから。」
ピエールはまるでクリスの反応を確かめるように、ニッと笑った。
「たった一つです。それは・・学園外の森へは勝手に出歩かないで頂くこと。
これだけです。案内人がいる時は、構いませんがね。
毎年、新入生の何人かが規則を破って迷子になるんですよ。
それで、帰ってきた時には全員の記憶がなくなっています。」
何やら恐ろし気な森に関する注意事項を述べた後
{本当のことかどうかは、ともかく}
あれ?・・といった顔をしてクリスの足元を見た。
「う~ん、君のペットは早速・・行方不明のようですねえ。」
それほど心配している風でもなく、サラリと言って歩き続ける。
{ペットですって!! 聞こえた?}
吹き出しそうになりながら、頭の奥で話かけた。
{ったく、何が嬉しくて、人間のペットなんぞになるかっての!}
ビン、ビ~ンとクリスの頭の中にネスの怒鳴り声が響いた。
{あいつ、絶対噛みついてやる!!}
{はいはい、わかったから静かに。ここは、バンパイア種族の楽園らしいからさ。
あんまり騒ぐと、キツネのフライにされるかもよ。}
{まあな、俺はプライドの高いキツネだから。クリスと違って美味いはずだ。}
{クス~相変わらず、ピントがずれている・・。}
確かにネスは普通の野生動物とは違う。
彼に遇ったのは~正確には、見つけたと言うべきだろうけど。
春休みに修行者として時代を遡り、200年前のスコットランドを旅した時だ。
いや、普通の旅~というより、人探し・・か。
その旅の終わりに、ストーン・サークルと近くのネス湖での出来事。
精霊が存在すると恐れられた湖の中島で、石室の奥に横たわる石棺と、その中で眠るキツネを見つけたのだ。
それは、本当に奇妙な偶然で。
{やれやれ、やっときたか・・}彼を見つける前に、クリス頭の中へ彼からの呼びかけがあったのだから。
石棺の蓋がずれていなければ、クリスは中を覗きはしなかったろう。
『何か・・いる?』そう思ったときには、クリスの手が石棺の蓋を持ち上げていた。
月の光に照らされたキツネは、やがて薄く目を開けた。
てっきり、大昔の祭祀に捧げ者となったキツネの供物か何かだと思った。
{俺は、湖の主だ!}
その言葉が頭に響いた時は、驚いた。
それが~テレパス(念話)だと気づくのに少し時間が掛かったほど。
~超能力を使う動物~Anpsi・アンプサイが存在する!?
このとき以来、まるで~ペット~のようにクリスが行く所へは必ず付いて来た。
ここへ来る前、太平洋島サミット北海道会場の湖にはご機嫌だったのだけれど。
そんなキツネに出会ったときのピエールは、ギョッとして固まっていたっけ。
まあ、普通の人間も大概が同じ反応をする。
場所が場所なだけに、彼にはうまく誤魔化せた。
『キタキツネ~ここの土地に多く棲息する、尻尾が太い種類のキツネですよ。
餌をくれると思って何処へでも付いて来るんです。』
な~んてことを、土地の人に話しても、まず信じないかもね。
けれども余所者の彼には充分だった。
人間がペットとして飼う、犬・ネコの類と解釈したらしいから。
学生達の集団に近づくにつれ、彼らが興奮状態にあることが分かった。
「ほうら、しっかりしろよ、平民!」
「お前達にプライドはないのか?」
「そうだ! 仮にも高貴なる種族の一員なんだろ。」
嘲笑するような大声が聞こえ、叫び声や歓声が同時に上がった。
「クソ!」
フランツが低い声でうめき,足元の芝をガツっと踏みつけた。
前を歩くピエールが、学生達の背に大きな声で呼びかける。
「評議委員長のピエールです。客人をお連れしたので、道を開けてくれたまえ!」
今までの彼とはまるで違う。
低くて、威厳のある声だ。
いや、むしろ冷たいような・・蔑む・・と言うべきか。
サッと人波が割れて、一本の道が出来上がった。
道の両脇は、緋色の髪を持つ者が座る椅子までと続く人壁ともなった。
ピエールの後ろに続くクリスを見て、ささやき声がやがて漣となっていく。
『おい、見たか・・あの髪の色を。』
『もしかして・・外界人じゃあないの?』
『まさか、外界から・・ねえ。』
『人間の生学生を見るなんて・・』
『ねえ、瞳の色を見て・・ちょっと~黒いわよ。』
『やあだ、気持ち悪い~』
『あれあれ・・委員長さ、アスラン殿下の所へ連れて行くみたい。』
『人間のくせに~、信じられない!!』
『それにしても・・へんてこりんな格好よね。』
『聞いたことあるぞ。人間の学校にも制服があるって。』
『ウソ~・・あれってば、制服なの? センス悪う~い!!』
こそこそした笑い声など、気にするクリスではないけれど。
さすがに、不愉快だ。
けれどもハッキリと分る。
ここでは~人間は歓迎されない存在なのだ、と。
けれど。
確かなことは。
実は、ここに限ったことではない。
他でも歓迎されることはあまりないのだから。
ガーディアンの任務に就く時、クリスを見た者は必ず失望する。
少女であることに対して、不満を抱くのだ。
果たして、護れるのか・・と。
ただ、ここでは。
そういうこととは、次元が全くが違う~人間であること・・が
彼らとは種族が異なる者の存在が
高貴なる種族の彼達にとって許し難い事実らしい。
燃えるような緋色の髪~
~それを持つ者が、ここの学園長兼領主~
彼が座す場所からは、ゆったりとした曲が流れてくる。
学生達の人壁が途切れて開けた場所に、屋根付きのステージがあった。
小さいながらも、野外音楽堂のようだ。
その中央に、確かに緋色の髪をした学生が椅子に腰掛けている。
珍しく、クリスは緊張していた。
今まで、依頼主に対して臆する事などなかったのに。
それが、今回は、相手が人間ではないと聞かされて・・異様過ぎる世界に、興奮していた。
ひょっとしたら、これは~紅~が警告を発している、ということ??
右手にしっかりと握った『妖刀』は、震えるばかりで何を伝えたいのか~
クリスには分からなかった。
オーケストラをバッグに指揮者の如く、アスランがステージの中央に陣取っていた。
いや・・そこに居るのは、彼・一人だけではない。
大体座っているのが、ただの椅子ではなく
何処かの客間で見かけるような立派なソファだ。
ソファの両端には、カイルと同じように剣を持つ騎士らしき学生も立っている。
「アスラン殿下と妹君のナタリ姫がいらっしゃる。
お二人に紹介しよう。」
「ピエール、ここのブラスバンドは本格的だね。」
「ああ~、王族専属の楽団ですよ。
人間達のコンクールに参加して、金賞を受賞した者達です。」
「へえ~、凄いね。」
「競技大会中には、彼らが参加ペアのリクエストに応えてくれます。」
「なるほどねえ、どんなジャンルのダンス音楽にも通じているってことなんだ。」
「えっ・・・ダンスですか?」
ピエールは、立ち止まって振り返った。
怪訝な表情を浮かべて、クリスを見ている。
「ええ~っと、エアロビ・・フラメンコ・・ヒップホップと・・あとは・・」
後ろで、フランツが疲れたようにため息をついた。
{よさこいに盆踊りもあるぞ。フォークダンス・・かもな。}
{ネス、茶化さないで。}
{フフン、お気楽なガ-ディアンだぜ、全くよ!}
{えっ、どういうこと?}
{ここからは、何でもお見通しってことだ。}
{そういえば、何処にいるの?}
{大木の上だ。気持ち良い風だぞ~}
コホンとピエールが小さく咳払いをして、ソファの中央に座る者に声をかけた。
「お待たせしました、アスラン殿下。ガーディアンの・・人間を連れて来ました。」
ピエールにアスラン殿下と呼びかけられた者は、ソファから立ち上がり
ステージを降りて来た。
「やあ、やっと会えたね。間に合って、良かった。」
初対面の相手からこのような挨拶を受けるのは初めてだ。
・・間に合うって、どういうこと?
そんな緊急事態なら、他のガーディアンを要請すれば良いのに・・
「ガーディアン協会から派遣されたクリスです。
本日からの3日間、もしくは学校祭が終了するまでの間、宜しくお願・・・」
言い終わらないうちに、ステージから駆け下りてきた女子生徒に抱きつかれた。
「まあ、人間なのね! 本当に、人間の学生なのね。」
興奮気味に話す彼女は、なかなか離れてくれない。
右手に~紅~、左手には花束。
両手がふさがっていて、身動きが取れない。
同姓にこうも熱烈歓迎されるとは思わなかった。
でも、緊急事態の割りには緊張感にかけているような・・気がする。
「ああ、ナタリ姫落ち着いてください。マルセル殿下は冷静に歓迎してくれましたよ。」
「兄上が・・お出迎えしたの? まあ、私もご一緒すべきでしたかしら。」
そう、言いつつ彼女はやっと体を離してくれた。
間近に見る彼女の顔はマルセルに良く似ている。
髪の色、瞳も赤褐色だし・・
いや、彼女だけではない。
この場にいる他の学生達も皆一様に似た雰囲気を持っている。
濃淡はあるけれど、髪の色、瞳の色~そうして青白いけれどすっきりとした顔立ちまでが
何処となく似通った印象だ。
種族という言葉を使うくらいだから、皆が血族・親類なのだろうか?
ただ、騎士らしき2人は別のようだけど。
ナタリ姫の付き人は女性のようだ。
太陽の光を受けたシルバーの髪と瞳がキラリと輝き、
射るような眼差しがカイルにそっくり。
彼らは、また、異なる種族のモノ達なのかもしれない。
太陽の光が眩しい。
それなのに、あまり暑さを感じないのは何故だろう?
ここは、赤道に近い場所だと
初めに行き先を尋ねた時、ピエールは言っていた。
なのに・・まるで島全体を空調管理しているかのように快適だ。
温度と湿度のバランスが取れている。
何よりも不思議なのは
大量の紫外線を浴びているにも関わらず、彼らの肌が白すぎること。
むしろ、皆が一様に青白い。
彼らは、日焼けとは無縁な体質なのかも?
そういえば、バンパイアは昼間は就寝中で・・夜行性だったっけ?
いや、いや・・今は昼間でしょ。
そんな事を考えていると、カチンと~紅~の鞘が音をたてた。
さほど大きな音ではなく、クリス以外は気付かない程度のものだったのに。
キュッと改めて竹刀袋を握り締めたせいか、アスランの注意をひいたらしい。
彼は、じっとクリスの手にあるモノを見つめている。
「やっと、会えたね。」
彼は、唇を動かさずに呟いた。
まるで、クリスにだけ聞こえるように。
緋色と表現するのだろうか、深くて赤い色を。
それとも、真紅に染まっていると・・。
アスランの体全体から放つオーラは、燃え立つ髪と同じ彩色。
彼の瞳も単に赤いという訳ではない。
真紅の虹彩に囲まれた、金色の瞳。
他の誰も持ち得ない、特殊な瞳は王族にふさわしい威厳を彼に与えているように見える。
なにより、同じ王族でもマルセルにはなかったモノを彼はその額に浮かばせていた。
紫色のあざに見える、それは良く見ると花の形をしていた。
「このバラは気に入ったかい?」
少しの間見入っていたせいか、アスランはクスリと笑った。
「ヴァイオレット・ブルーのバラ、これが王位継承者の証なんですよ。
生まれながらに皇太子であることを証明するもの。そうですか、貴女には見えるのですね。
普通、人間には見えないのですが・・」
ピエールは満足気に頷いた。
クリスは、『あれ?』と思った。
そういえばピエールの瞳だって、アスランが持つ色・ヴァイオレット・ブルーだ。
わざわざ、コンタクトで隠すのはなぜだろう?
顔立ちだって他の生徒達以上に良く似ている。
「この高貴な紅い色は身分を表しているのよ。王族・貴族・平民と身分が下がるに
従って薄くなるから。判断がつき易いってこともあるわね。」
ナタリはそう言ってから、チラリと後ろに控えるフランツを見た。
「最下層の者達は、ほとんどブラウンなのよ。」
わかった? というように、クリスを見て頷いた。
{身分だって!? おいおい、ここは中世の時代に取り残されたままかよ。}
{しい~っ。 ネスは黙ってて。}
それから気が付いたように、
「守人達は種族が違うの。私達に似ていないでしょう?」
と後ろに控える、女子学生を振り返った。
「彼女は、ターシャ。そちらはエディル。マルセル兄様の守人、カイルにそっくりでしょ。」
確かに、同じ顔だ。
腰に差した剣よりも、鋭い目線が相手を怯ませる。
「それで、私はここで誰のガーディアンを務めれば良いのでしょう?」
クリスの問いに、ピエールはのんびりと答えた。
「あれ~、それもお話していなかったですか・・?
輝煌祭が終わるまで
貴女には、アスラン殿下のお側にいて頂きます。」
「・・はい?」
クリスは返答に詰まった。
既に守人がいるのに・・それも、かなり腕がたつと思われる・・
アスランの後ろに控えているエディルだけでは、不充分なほど
危険な相手が大勢いるのだろうか?
ここが血族だけの島なら外敵など上陸させなければ済むこと。
いや、だいたい、島外から侵入する物好きな人間が居るとは思えない。
ただの、ジャングルにしか見えないこの島に。
「それは、こちらの守人が承知済みということですね?」
一緒に殿下を護る~と聞かされていなかった、知らなかったでは
これからの任務が少々やり難い。
「ああ、全然~気にしなくて良いよ。君はただ、殿下の側に居てくれれば良いのだから。」
ピエールはクリスが引き受けることは当然だという態度だ。
それは、『君は、何もするな』と・・言われたようで
クリスには不愉快だった。
「もちろん、協会が承認した事ですから。ご期待に応えるよう務めましょう。」
表面上は、サラリと応じた。
けれども、心中は穏やかではない。
こんな納得のいかない、不可解な依頼など断って欲しかった。