祭りの生贄
街に入ると、通りを歩いている者はいなかった。
それどころか、一人の姿も見当たらない。
昨日、噴水の周りを廻ってはしゃいでいた子供達はどうしたのだろう?
第一、噴水からは水が出ていないし。
{おい、ナンだって水が噴き出していないんだ?}
{う~ん・・誰かが止めたのかな?}
あの細やかな泡の飛沫が作り出していた小さな虹も
今日は見えない。
ただの置物となった噴水。
{この坊ちゃん殿下が止めさせたのか?}
{まさか、彼が来るって決まったのはつい、さっきだもの。}
ファタミも街の異変に気付いたらしい。
きょろきょろと辺りを見廻す。
「なあ、ライル・・僕は別に歓迎して欲しいわけじゃあないけれど。
そのう・・静か過ぎないか?」
「ええ、確かに。」
そう答える、守人の目が少しきつくなった。
人気の無い所では自然と身構える。
~殿下は狙われているのかもしれない~
その思いが頭の隅に張り付いたままだ。
眉を顰めて辺りを窺う。
{気付いているか?}
{ウン!? 正門を出てから、ずっとだね。}
頭の後ろがチリチリする。
昨日と同じだ。
{ナンだろうね。}
{大方、街に入る者を見張っているんだろうよ。}
そうかもしれない、何かに、誰かに見られているよう。
取り合えず、広場へ向かう事にしたのだけれど。
シーンとした街の中を歩くのは、なんだか奇妙な感じがする。
昨日、あれだけ賑やかだったのに。
皆は何処へ行ったのだろう?
建物の中で、隠れているのだろうか?
でも、何のために?
「誰も居ないのかな?」
街で誰かに聞けば、フランツとアリーシャのどちらかに会えると思っていた。
それどころか、誰にも出会わないなんて。
「台風でも来るの?」
家の中で息を潜めてやり過ごそうとするものなんて、島では台風くらいなものかと。
「はあ~? 何言ってんだよ。
台風なんて、この島に来たことは無いぞ。
大体、台風って・・見たこともないし。」
{フン、温室育ちの坊ちゃんが。ったく、威張るとこかよ!}
「じゃあ、どうして誰も居ないんだろう・・?」
クリスが首を傾げると、ネスが急に走り出した。
{アリーシャちゃん、見~っけ!!}
凄い勢いで、ファタミの側を走り抜けていくキツネを見て皇子殿下が苦笑した。
「あの生物は、何が楽しくてあんなに興奮しているんだ?
単細胞な動物は楽だよなあ。」
実際、興奮していたであろうネスがこの言葉を聞いていたら
間違いなくファタミに天からの大洪水を浴びせただろう。
澄み渡る青い空に、無機質な歌声が高く広がっていた。
彼女の歌からは、感情と感動が伝わってこない。
何かが、まるッと抜け落ちているようで。
これは、賛美歌?~らしくない。
輪の中にナタリ姫を見つけたファタミが、目を見開いて驚いた。
「姉様がここで何をしているんだ!?
この、状態を止めずに・・」
また、ライルは眉を顰めて辺りを見回している。
「ターシャがお側に仕えているはずなのですが、見当たらないなんて!」
おかしい・・守人が姫の側にいない?
いや、それよりも、ここに貴族達が集まっている事が不可解だ。
それも、音楽会を楽しんでいる様子には見えないし。
第一、皆の顔には表情がまるでない!?
目は開いているのだけれども、何も見えていないのか・・見る気がないのか。
うつろな目をぼんやりと開けている。
瞬きもせずに。
そうだ、この場で表情がある者といえば・・アリーシャとフランツの2人だけ。
彼女はとても怯えているように見える。
フランツは妹と共に彼らの輪からは少し離れて、柵に寄りかかっている。
酷く怒っているのだろう、口をへの字に曲げていた。
クリスは、ファタミから離れて2人の所へと急いだ。
「何があったの?」
アリーシャは、クリスの姿を見るとホッとしたように抱きついてきた。
「ああ・・クリス。良かった!
もう・・怖くて・・
でも、それ以上になんだか・・
もの凄く・・気持ちが悪いの。
こう・・何ていうのかしら?
体中がもやもやして・・締め付けられるような感じ?」
そう言いながら、震えている。
クリスは隣に立つフランツを見た。
さすがに震えてはいないが、少し苦しそうだ。
「あいつら、いきなり噴水の所に現れたんだ。
そうして、姫がこう言ったのさ。
『噴水の水を直ぐに、止めろ!』 とね。
『祭りの儀式をするから』と
俺達二人をご指名でサ。
ここへ、彼らの案内をさせられたんだ。
<人間とハイブリッド生徒>他の者達・は
『家から出るな』とかって。横暴だよな。」
フランツは怒りの表情のままで、一気にまくし立てた。
「それでね・・ここで儀式を始めるからって・・
フェステイバルに必要なんだって。
姫が・・言うの。
するとイライザがあの・・
歌・・人間の神を讃えるとか言う?
~賛美歌を歌い始めたんだけど・・
少し聞くと、もう直ぐに・・なんだか具合が悪くて。
そりゃあ、そうよね。賛美歌は・・
BD族の血を苦しめる・・ものなのだから。」
アリーシャはそう言うと、立って居られなくなったらしい。
その場にしゃがみ込んでしまった。
{血を苦しめる?どういうこと?}
{ふうん。多分それは、ここの吸血族の弱みって
ヤツじゃあないのか?}
{弱み?でも、彼らは吸血族の末裔ではあっても
今は血を欲する一族ではないでしょう?}
{それは、どうかな?
真実は分からん。
とにかく、長年人間達との攻防の中で奴らのDNAに染み付いた
苦手意識ってやつじゃあないのか?}
{苦手意識・・ていうより。
拷問でも受けている・・って表情だと思うけど。}
そうか・・それで貴族の皆は
既に意識が飛んでしまっているのかもしれない。
血がアリーシャたちより濃い分、ダメージも大きいはず。
「・・ということは。」
クリスはファタミを振り返った。
彼は白い顔を更に白くして
必死に姉・ナタリに話しかけている。
「姉様・イライザが歌うのを止めさせてください!
姉様!!」
しかし、ナタリは聞いていなかった。
いや、聞こえていないのか?
「クソ・・どうなっている?」
舌打ちしたファタミが、イライザの側へ行って
彼女の肩を強く揺さぶった。
「今すぐ、口を閉じろ!!」
イライザは、そう命令したファタミを見て
ニッコリとした。
「祭りの生贄が、ここにあります。
海へ、捧げてフェステイバルの成功を願いましょう!」
「なっ・・。何を・・?」
イライザの言葉を聞いて、今まで意識が無い様子だった
皆がソロリ・ソロリと動き出した。
じりじりと近寄ってくる貴族の者達。
ファタミを目指して群がって行く。
後退りするファタミは少しずつ柵へと押されてしまう。
「一体、どうなっているんだ!?」
なんだかワケの分からない恐怖が胸に広がり
思わずライルの姿を探す。
その時、輪の中から取り残されたナタリを見つけた。
「姉様!」
叫び声に返事は無く。
彼女はただ立っているだけで
意識の無い様子だった。
「殿下!」
守人・ライルの慌てた声と
彼の動きを封じるターシャが見えた。
なぜ・・?
ターシャが同属の守人・ライルに剣を向けているんだ?
そう思った途端、体が宙を舞った。
それは貴族の者達の無数の手が
腕が~皇子殿下を捧げ物~
として扱った瞬間だった。
飛んだ!?
今、ここに居た。
隣に立っているはずのクリスが?
アリーシャは具合の悪い中
何だかぎこちの無い可笑しな動きをする
貴族達をぼんやりと見ていた。
ふらふらと、第3皇子殿下に近寄っていき・・
皆が皆、わらわらとファタミ殿下に
まとわり付くとどんどんと彼を柵へと追い詰めたのだ。
抵抗らしき事を一切何も出来ずに
殿下の体が断崖絶壁を落ちていく。
アリーシャは思わず悲鳴を上げた。
その瞬間
直ぐに、クリスがアリーシャの側を離れた。
いきなり、柵を登ったかと思うと
何のためらいも見せずに
『タンッ!』と音をさせて、手すりを蹴ったのだ。
窓の外には2対のオベリスクが
いつものように陽光を浴びて輝いている。
その向こうに広がるのは、人間とハイブリッド達が暮らす街。
彼の意識は少しの間、そこへ飛んでいた。
「殿下、ご心配ですか? 何か気がかりな事でも?」
チェロを弾く手を止めて、守人・エディルがアスランを見上げる。
「いや・・なんでもない。彼女なら、大丈夫だろうと思ったまでだ。」
アスランは振り返って、彼に弾き続けるよう片手で促した。
天から落ちてくる雨は
半意識下にある己を目覚めさせる。
ネスが降らせたものは天気雨にしては、かなり激しい。
まるで集中豪雨のごとく、大粒の雨が
夢遊状態に陥っていた者達の体を容赦なく叩いた。
彼らが目覚めたのはこの雨のおかげなのか、
または悲痛な叫び声を耳にしたからなのか。
それは、分からない。
守人・ライルがターシャの剣を弾いて、柵へ走り寄った。
「殿下は、泳げないんだ! 泳いだ事など、一度もないのだから。」
{おおよ、勿論そうだともよ。これだから、軟弱な奴はよ~}
ネスがフン!と尻尾を振った。
{人魚姫が助けてくれるだろうさ。あんな奴のことでもよ。}
少し前、ライルが走り寄るより早くにクリスが柵を飛び越えていた。
「クリス!!」
側に居た~クリスが飛び降りて行くのを見た~アリーシャが
ふらつきながらも立ち上がり、かろうじて柵にもたれかかる。
その遥か下の海に、海面にクリスの姿を探す。
見下ろす海は、ただ碧いままだ。
その眩しさと、海からの高さに目眩がした。
「ああ、どうしよう・・クリスが海へ・・。」
「アリーシャ、大丈夫だ。あいつは人間だ!泳げるさ。」
「ホントに、兄さん?」
「ああ、その証拠に・・ほら、見ろよ。」
妹の肩を抱いて、振り返らせた。
そこに
口に妖刀【紅】をしっかりと銜えているキツネがいた。
空から落ちる!?
風を切って飛ぶ~とはこういうものか。
いや、違うな。
そんなのんびり感心している場合じゃない。
更に、落ちる、落ちていく。
どんどん、下へ、下へと。
全身にかかる風圧は勿論経験した事など無く。
ただ、ただ・・息苦しい。
手足をばたつかせ、じたばたしてみたけれど
それが何の役にも立たないと
気が付いてやめた。
落ちながら、何故自分は落ちたのか~と空を見上げた時
何かがこちらへ
真っ直ぐに向かってくるのが見えた。
なんだ?
鳥か?
遊び相手の仲間とでも思ったのだろうか?
それとも、縄張りを荒らす敵だと?
多分、それが鳥でも
<いや、ここではカウバーしかいない>
追いつきはしないだろう。




