学園【任地】に到着
紅~人が刀を選ぶのではなく
刀が持ち主を、使い手を選ぶ。
それが、古の妖刀といわれる所以である。
別名~意思を持つ刀『月紅刀』(げっこうとう)
月の輝きを刀身に取り入れ、それを蓄えることに依り
使い手が妖しの不思議な力を発揮することができる~
協会から、そういった説明を受けたのは
クリスが持ち手として『紅』に選ばれた時だった。
それを特別な儀式だとは誰も思っていなかった。
ただ骨董品である刀の鞘から刀身を抜くものだと。
これはパフォーマンスだ、位にしか考えていなかった。
多くのガーディアンは大げさに力を込めて引っ張ってみせた。
刀身をスラリと抜く事が出来なくて、一様に首を傾げてもいたし、苦笑いする者さえいた。
実のところ、そんなに難しいことではないだろうに、と。
けれど、皆は知っていたのだ。
これを抜くことなど、出来るはずがない・・と。
なぜなら、昭和の大戦後に使い手が現れて以降、一人も選ばれていないのだから。
ガーディアンに任命されるための認証式~程度にしか捉えていない。
ところが、である。
『紅』の前にクリスが進み出た時は、違った。
スルスルと勝手に刀身自身が浮き上がってきたのだ。
これには、協会組織員始め他のガーディアン達も驚いた。
何より、クリス本人が一番戸惑っているように周囲からは見えた。
事実、クリスは震える手で『紅』の柄を握ったのだが、一瞬ためらった。
・・いいんだろうか、私で?
けれど、迷っていても仕方がない。
混乱する頭の中で、決心した。
そうして、それを一気に引き抜いて、周囲に知らしめたのだった。
その瞬間のことを、クリスはもちろのこと
居合わせた者達も忘れる事が出来ないだろう。
刀身が放つ、まばゆい光に皆の目が一瞬眩んだ。
まるで月光が暗闇を照らすように、辺り一面を青白い輝きで包んだ。
それは、ほんの一瞬だったけれど。
脳内に深く刻まれた。
この世に再び、紅の刀身が輝いた瞬間であることを。
協会員が記録を知る限り、実に50年振りのことだった、と。
ロビー全体に差し込む西日が、その場に居合わせた人達を眩しく輝かせた。
なかでも、学生服の彼が持つ瞳は、その強い夕陽を反射しているかのように見える。
『彼だけが持つ特別な瞳??』
クリスが訝しげにジッと見つめていたせいか、彼の方でどうやらその気配に気付いたらしい。
「この小さな電話機を持つのは初めてなんですよ。皆さん、使いこなしているようですが・・。
僕らの学園では、必要のない代物でしてね。」
ニッコリと微笑みながらクリスの方へ近づいて来た。
目の前に立った彼の顔を真正面から見たクリスは、少し目を見開いた。
夕陽の反射だけではないようだ。
実際、彼の瞳は髪の色と同じで赤レンガ・赤褐色だったから。
いや、そうじゃあない。
普通の人には、彼の瞳はブルーに見えるだろう。
けれど、妖しの刀を持つクリスには本来の色が見えている。
「虹彩はレンガ色、ううん・・むしろ真紅に近いかも。
瞳はヴァイオレット、紫かな?どちらにしろ、不思議な色合いだし、珍しいね。
初めてかな、貴方のような瞳を見たのは。」
正直な感想を述べたクリスだったけれど。
それを聞いた彼は笑顔を消した。
「なるほど~、大した妖しの力ですね。探す手間が省けましたよ。
ガーディアン・クリス。
僕は、ピエール。貴女を迎えに来た者です。」
『バビロン諸島・ミケーレ学園島』
島民の8割は学生だと言い、ここの学園評議委員長だと、ピエールは自己紹介をした。
彼が口にした地名をクリスは知らない。
一度も聞いたことが無い。
本当にそんな学生主体の島があるのだろうか?
それも、自治領だなんて。
おまけに、島の領主が学園長を兼務しているなんて・・ますます怪しい。
怪しいと言えば・・この依頼が突然すぎて、クリスは困惑した。
ガーディアンの任務に就く際には、一通りの手順がある。
まず、依頼主はガーディアン協会へ警護要請を行う。
これは、各国に点在する協会支部へ要請文書を提出するか、
もしくはメールにて問い合わせを行うこと。
協会は要請内容を審査してから、それを受諾する場合のみ
相応しい警護人~ガーディアンを決定する。
例えば、女性・子供の警護には、依頼人を安心させるために女性のガーディアンが就く。
内容が複雑な場合(マフィア・テロ組織が絡む等)。また、
任地が自然環境の厳しい場所等へは複数人が派遣される~といったシステムだ。
クリスの場合は現役の高校生であるから、学業の妨げにならないように、休日~それも長期休暇中に任務を振られる事が多い。
今回はそれらを無視した任務要請だった。
何より、協会からの事前連絡を受け取っていないのだから。
こんな事は初めてだ。
けれど、協会が要請を受諾した旨の正式な文書を
ピエールが胸ポケットから出して見せた。
それも、ニッコリと微笑しながら。
彼の指先はしっかりと協会長の印章を指し示していたのだ。
疑う余地など、無い・・
大海原を群青色もしくは、紺碧色と表現したら良いのだろうか。
どこまでも、どこまも・・青い・藍い・碧い・・海だ。
そんな、広い海に点在する緑の島々の一つをピエールが見つめていた。
どうやら、その島が彼の説明してくれたミケーレ学園島らしい。
今回の強引とも言える任務を依頼してきた人物がそこに居るはず。
徐々に、ヘリは降下して行く。
島に近づくにつれ、膝の上に置いた~紅~が震え始めた。
暴走するとは思わないけれど、抑えておかなくては・・
これは・・
ピエールに出会った時と同じ状態だ。
何の飾りもなく、文字・模様さえ施されていない藍色の竹刀袋の中で
紅~は何を感じ取っているのだろう?
『グゥエ~』
妙な声がして、見るとキツネの尻尾が膨らんでいた。
{ネス、酔ったの??}
{フン、空を飛んでいる間中、前の席の奴に噛み付きたくてウズウズしていたわ。}
一人と一匹は声を出さないで、会話をした。
~テレパス~念話に依るものである・・
別にクリス自身が、エスパー(超能力者)というわけではない。
多分これも~紅~の持つ力の一つだろう。
{もうすぐ、着陸らしいよ。}
{グゥエー・・お前、気付かないのか? 嫌な空間に。}
{嫌な・・何??}
クリスは急いで窓の外を見た。
けれども、目に映るものは空と海と緑の島ばかり。
真下の島には建物がひとつも見えない。
何より、怪しい何かなんて、ここからじゃ見えやしない。
{どうやら、ジャングルが彼らの学園みたいだね。}
{おいおい、勘弁してくれよ。こんな所でサバイバル生活なんて出来ないぞ。}
なおもジッと見ていると、徐々に緑色が薄れてきて赤褐色の建物が浮かんできた。
それも、複数並んで建っている。
それらは、周りを深い森に囲まれている集落のよう。
緑の真ん中に太陽光を受けて輝く、赤レンガ色の街並み・・。
{まるで、赤い瞳に見えるよ。}ポツリとクリスは呟いた。
{俺には、悪魔の舌に見えるぜ。}ネスは尻尾で、座席を打ちつけた。
どうやら、そこがここでは一番高い建物らしい。
ヘリポートに到着すると、プロペラがまだ廻っているうちに
慌しくピエールは外へ飛び出した。
ヘリのドアを開けながら、「さあ、ここが僕等の学園です。」
そう言って手を差し出されたら、降りないわけには行かない。
さっさと降りてくれと言わんばかりの性急さにネスは不満そうだ。
『こいつ、いつか・・絶対に噛みついてやる。』
クリス達が降りると直ぐにピエールを残して、ヘリは上昇して行く。
ヘリが巻き起こす風をもろに受けて、1人と1匹は吹き飛ばされそうになった。
実際、足元を見るとネスの姿がない。
驚いて見廻したけれど、どこにもキツネの姿はなかった。
代わりに、目の前には3人の男子学生達が立っていた。
どうやら、出迎えの学生達らしい。
いつから、いや、いつの間に、そこにいたんだろう?
「ようこそ、われら高貴な種族の学園へ。
僕は、第2王子マルセル。
ここへ空から来た女子学生は、君が初めてだよ。
まあ・・とりあえず。歓迎しよう。」
『高貴な種族??』・・おかしな言葉ね。
クリスはちょっと、首を傾げた。
すると、マルセルから離れて立っていた
もう一人の学生が「どうぞ。」と小声で言い、小さなバラの花束を差し出したものだから。
クリスはギョッとして、もう少しで後ずさりするところだった。
任務に就くのに、花束で歓迎される~なんて。
変な気分だ・・いや、どちらかと言うと『気持ち悪い。』
それでも、ニッコリと笑って(それもかなり無理やりに)花束を受け取った。
一応のマナーだしね。
けれど、この時に気がついた。
けっして、彼らは~私を歓迎などしていない、と。
なぜなら・・誰一人、微笑みを浮かべてなどいなかったのだから。
王族の一員らしい、マルセルという名の王子~その髪・瞳も虹彩も赤褐色だ。
無表情にじっと、クリスを見つめている~まるで値踏みでもしているかのよう。
そういう瞳はこちらを落ち着かなくさせるものだ。
けれど、ちっとも有り難くないことに
クリスは、そんな表情には慣れていた。
<ああ・・なんだ。女のガーディアン、か。>
初対面の依頼者は決まって落胆するものだから。
マルセルの後ろに従うように控えている学生は、カイルと名乗った~剣を腰に差している!?
この時代に、学校内で剣を携えているなんて。
騎士クラブとか・・かもしれない。
何より、彼の放つ気が鋭い。
髪と瞳はシルバーで、それらは太陽の光を受けて白っぽく輝いていた。
花束を渡してくれた学生は、髪も瞳も薄い褐色。
「フランツだ。」と短く、ぶっきらぼうに言い放った。
どうしてか、怒っているようで。
そっぽを向いているし、ここには居たくない様子だ。
まあ、花束はともかく・・普通、握手くらいはするけどね。
ピエールは3人をチラリと見てから、「皆の所へ案内しよう。」とクリスを手招きした。
そうして、フランツを側へ呼び「彼も学生評議委員のメンバーなんですよ。」と
紹介してくれた。けれど、困った事にクリスには評議委員が何か分からない。
仕方ないから、日本の学校で言うところの生徒会みたいなもの~と勝手に解釈した。
それはそうと、この建物にエレベーターはないのかな。
螺旋階段をグルグルと、それこそ目が廻るほど降りて行くのは・・・。
ちょっと、ね。
楽しいのは、最初の数段だけだし。
さすがに、ここにネスが居なくて良かった。
絶対、文句を言うだろうから。