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水に対する恐怖心

宙に浮かぶ感覚

~そんな言葉を聞いたことがある。

実際、目に映った物は

ただの空ばかりで。

この島へは何度も足を運んでいるのに

ここの空がこんなに青いとは思わなかった。

自分が目にするものは-

ひたすらに殿下・ファタミ皇子だけ-

であったから。

他のことには、全く関心が無かった。

そうか、一瞬のこととは・・

目にした物の時は止まっているのだな。

グロムは意識を失う前に

確かに高貴なる殿下の声を

聞いたように思った。


「ネス!! アリーシャ!!」

クリスが走り出すと、同時に

ピエール、メイシェも駆け出した。

「グロム!!」

ファタミは傍へ来て

彼が気絶しているのを知った。

「一体、これは・・何が、どうしたんだ?」

グロムが起き上がらないのを不審に思った

他の男達が剣を抜いてソロリと近づいて来る。

それも、かなり警戒しながら。


「ネスを刺激しない方が良いと思うけど・・

殿下、彼らに剣を仕舞うように

言って下さい。」

「どういうことだ?」

「気高き種族の方々の弱点を知っている・・

ということです。」

クリスの言葉に、ファタミだけではなく

ピエール・メイシェ・フランツさえも

首を傾げた。

「あれ・・言ってませんでしたっけ? 

彼は湖を護る生神<カミ>なのですよ。」

ニッコリとクリスが笑みを浮かべた時

『ザーッ!』と

いきなりの俄か雨かと驚いたほどに、天から大量の水が降ってきた。

一瞬で辺りがすっかり水浸しになり

残念なことに

ラベンダーの清々しい香りが消えてしまった。


剣を仕舞う余裕が無かったと見え

グロムの連れ達はしゃがみ込んで震えている。

ああ・・彼らは、本当に吸血族の末裔なのだ。

こんなに、水を怖がるなんて!!

あろうことか、高貴なる王族の一人である

ファタミが直ぐ近くに居たクリスに

しがみ付いている。

多分、とっさの事で守人・ライルと

勘違いしたのだろう。


メイシェはフランツに抱きついているし。

(彼の表情を見る限りでは・・

まあ満更、悪い状況でもないらしい)

驚いた事に・・評議委員長であるピエールは

広場に架かった大きな虹に見とれていた。

どういうこと?

おかしい~これほど大量の水を浴びながらも

動揺しないなんて。

何故・・彼は

水に怯えないのかしら?

ひょっとして・・

純粋な吸血族ではない?

~ハイ・ブリッド~なら・・

それなら、分かるけれども。

ちょっとの疑念を胸に生じさせつつ

クリスはファタミの頭をそっと撫でた。

見た目は自分と、さほど変わらない年齢に

見えるが、血筋ゆえに大事にされて

育ったせいだろう。

少し幼く感じる。

だから・か、長身を折り曲げて

肩に頭を載せている姿は・・

まるで母親に甘える子供のようだ。

「殿下、水は無害ですよ。

それに、もう・・降っては来ませんから。」

ファタミはクリスの静かな口調に

ホッとしたように顔を上げた。

「本当か?もう・・あんな・・。」そう言うと

目の前に誰が居るのか・・

初めて気が付いたようにクリスを見つめた。

~黒い瞳・黒い髪・

ここの生徒にはいない・・肌の色。

惹かれるものなど、何も有る筈が無い。

なのに・・彼女の唇は意志の強さを表すかのように

固く結んでいて・・

  潔い~

後々、ファタミはこの時彼女に慰められた事を

思い出しては、赤面してしまうのだった。


虹が、空に架かっている。

街でも、噴水が作る小さな虹は

よく見かけているが

これほどの大きさは初めてだ。

ピエールは直ぐ側で何が起きているのか

まるで気付いていないかのように

空を見上げたまま、大きな虹に見入っていた。


楽団の音楽はBizetのアルルの女

組曲第1番・前奏曲に変わった。


{おい、あいつ・・イカレちまったのか?}

ネスが気持ち良さそうに

アリーシャに抱かれたまま呟く。

{もう、派手にやってくれたよね。}

咎めるようなクリスの言葉に

ネスは知らん振りをした。

{フン、俺はフェミニストだからな。}

{へえ、そう。道理で顔がニヤケているわ。}

「かなりのダメージですよ。

貴方のお連れがした事は

ちょっと予想外でしたが。」

念話途中でピエールが割り込んだ。

どうやら、虹の魔力から解放されたらしい。

「私も、ちょっと驚き。

これほどまでに

水が苦手だは、ね。」

ただの言い伝え程度、ではなかった。

~バンパイアと水の関係については。

「ノアの箱舟・・

お話くらいは知っていますか?」

「ええっと、大洪水が起きて・・違うか・・

起きるからノアに船を作れと

お告げがあった・・とか言う・・あれ?」

「ええ、そうです。

BD族は・・

我々の祖先は、その洪水に巻き込まれ

飲み込まれて、9割方が落命したと伝えられています。

ですから、我々のDNAには水に対する恐怖・

計り知れない恐怖心が

染み付いているのですよ。」

まあ、彼の話も分からなくは無いけれど・・。

「でも、それって・・

BD(紀元前)のかなり前のことでしょ?」

「ええ、そうです。人間にしてみれば

いい加減それを克服しろ・・って

考えるところでしょうね。

長い年月を掛けて、進歩が無いと・・。」

「ちょっと、待ってよ。

そんな事、言わないわよ。

人間だって多少泳げたくらいじゃ

絶対に溺れないとは限らないし。」

「ええ・・まあ・・そのう

なんて言うか・・。

我々BD族は人間と違って長命ですので。

そのう・・生きている間に。

記憶が風化しないと申しますか・・。」

{なんか、凄く説明しずらそう・・。

    だよね。}

{お前も、わかんない奴だなあ~。

  察しろって事だろうよ。}

{ふうん。そうなの?

   要するに、水の話題は避けろってことね。}

周りでは、ハイブリッド生達が

身動き不能になった男達を介抱していた。

ファタミはグロムの側に膝をつき

必死に何やら話しかけている。

そんなファタミを横目で確認しつつ

守り人・ライルが

クリスのところまでやって来た。

預かり物の【紅】を返すために。

チラリと守人はネスと瞳を合わせる。

【紅】を受け取りながら

「有難う。

【紅】は貴方を信頼しているようね。」

と礼を言った。

「我々はそろそろ、学園へ戻りましょうか。」

ピエールの言葉に頷いた。

「フランツ、ネスが雨を降らせて仕舞って

ゴメンね。

すっかり、みんなが濡れちゃったみたいで。」

「いやあ、ここでは雨なんてモノ

初めてだからさ。皆は喜んでいるぜ。」

彼は肩をすぼめながらニヤリとした。

それから小声で

「ホントは海で、泳ぎたい気分だけどな。」

と付け加えた。

そうか、遊泳禁止なのは・・

海が、ハイ・ブリッド以外の者達にとって

単に危険だからだ!

何かがあっても

学園としては救助の者を出せないだろうから。


「きょうは、ありがとう。楽しかった。

ここは素敵なところだね。」

「おおよ、また、来てくれ!」

「ネスは、まだ・・いい?」

アリーシャはすっかりキツネが

気に入ったみたい。

{じゃあね、ネス。先に帰っているよ。}

水平線をもう一度見渡してから

その場を離れた。

メイシェもついて来る。

「殿下とは、ご一緒でなくても

 宜しいのですか?」

「ええ、彼にはカ-バリエ家の従者達が

おりますから。

ほうっておいても大丈夫です。」

いとこ同士なのに。

ちょっと、冷たいような気がするけれど?

心なしか、

フランツにしがみ付いていた余韻かな・・

彼女の頬が、ほんのりと赤く色づいているように

見えた。


学園のオベリスクが

夕暮れの陽光を浴びて

様々な色に輝いている。

尖塔部分に埋め込まれた

色とりどりの貴石が光を四方へと

放っていた。

街の方を振り返って

耳を澄ませてみたけれど

ここまでは楽団の音が届いてこない。

「気になりますか?

彼らのことが。」

そんなクリスの仕草に気付いて

ピエールが問いかける。

ただ、首を横に振った。

何をどう、気にする・・

と言えば良いのだろう。

~かれら~ハイブリッドの生徒達が

閉ざされた社会で生きなければならない

ことを、不憫に思っている、とか。

部外者である人間が一時の感情で

正論じみた抗議でもしてみるか~

なんてこと?

まさか、協会から派遣された

一人のガーディアンでしかない人間になど

何も出来る筈が無い。

そんな権利も無い。


ただ、海の青さと

アリーシャの悲しそうな笑顔が

胸に残っているだけ・・そう、多分。

それだけだ。


「まあ、ファタミだわ!」

メイシェが

従者達と駆けるようにしてやって来た

殿下に気付いた。

「早かったわね。

街でゆっくりしてくれば良かったのに。」

少し息遣いの荒いファタミに向かって

容赦が無い。

「まさか、カーバリエ家の者が

街で寛いでいる、なんて事を

母様達に知られたら・・

後から何を言われる事やら。」

「まあ、それは勿論

良い顔はされないでしょうね。

特に、貴方のお母様はね。

第3皇子殿下。」

メイシェに殊更強い語調で言われて

ファタミは不愉快そうな顔をした。


バラバラと

続けざまに

ヘリが上空を通過して行く。

これ以上ないほどに

騒音を響かせながら。


学園に着陸するであろう

それらを目で追いつつ

「明日には、皆さん方が

お揃いになるのでしょうねぇ。」

そう呟いたピエールの言葉に

メイシェが「多分・・」と

憂鬱そうな顔で頷いた。

「まあ、何処の貴族にとっても長い間

待ち続けた一大イベントですから。

無理も有りませんね。」

「フン、どこの娘が正妃・夫人になろうと

同じじゃあないか。

要するに

世継ぎを生まない事には話にならないしさ。

第一、演武の勝負だってこれからだろ。」

ファタミは面白くなさそうに

先に立って学園へ戻って行った。


どうやら、輝煌祭・フェステイバルとは

全学園生が単純に楽しめる

~〈学園祭〉~とは言えないらしい。



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