そんな、そんな、良夜(あたらよ)に。
あの日と、今夜は、同じ天気だ。
偶然だろうか。
~In that GOOD NIGHT that I got a BAD DEAL~
恋とは、幻想か。
例えばそのひとを想っては寝られずに朝を迎えて、或いは授業中にその横顔を追っては鼓動の高まりを感じる。そんな「感情」、そう、感情。
思い上がり。
たんなる自己完結か。
そんな風に問われたとき、わたしは何と答えられるだろうか。自分の感情に自信がない。自己中心的な勘定で中ったり砕けたりすることは、恋だと思い込めて愛とまで昇華されない、ただの――。
「もう、師走かぁ……」
うしろのテーブルからそんな呟きが漂って、目の前に落ちた。あの日の失恋から、もう何年かが経とうとしている。わざわざ指折り数える気力も湧かない、風化された「恋」にいつまでも囚われているようで、しかし目蓋を閉じればすぐにその冬が、その情景が明滅する。
救いのない幻想だ。
あの時にはあの時なりに悩んだ。例えば倫理の教科書だか資料集だかに印字してあった「プラグマ的恋愛」なんてのを真に受けては、自分の感情の根源を分析しようと試みた。
冷えてかたくなった米を弁当のぺらぺらなプラスティック容器から毟り取り、口に運ぶ。片耳に挿したイアフォンからは、わたしとは違って、クソみてえな社会を謳歌している声が聞こえる。もう片方の耳には雑な「師走トーク」が不時着を繰り返すばかりで、もうどうしようもない。
どうしようもなくて、寒空の下に自ら足を延ばす始末だ。よく言えば殺風景な、またよく言えば「ものも無いのに」きたない、小さな川を見下ろす石橋でライターを摺る。そういえば今年の夏には、いや、ぎりぎり秋だったか、ずっと隠してきた喫煙が親にまでバレた。涙目での説教は数時間続いたけど、ついぞ「こんなわたし」にした社会にも、「そんなわたし」に育ててきた自分たちにも、話題は移らなかった。反省はしないが後味の悪い。
胸いっぱいに吸った煙を吐き出すと、少しだけどうでもよくなって、火を消した。
手持ち無沙汰になり、仕方なくバイトに向かった。シフトの交代まではどうして時間をつぶそうか。薄曇りにぼやける太陽が、意味もなく腹立たしい。
温度のないアスファルトがざりざりと鳴く。
夜闇に消されてしまう三日月のような心でレジを打っていると、右耳に「わ、」と聞こえた。見ると大学での顔見知りがいた。昔は同じ班だったりで話もしたが、声を聞くのは本当に久しぶりだった。とはいえ、他のバイトのように「突如エンカウントした知り合いとレジを打ちながら、或いはレジを半ば放棄して談笑する」だけの対人スキルを持ち合わせていなかったので、そのまま何とも言えず神妙な心持ちでレシートを作業的に渡した。
マニュアルに従えば「アリガトウゴザイマスマタオコシクダサイマセー」と言うところを「お疲れ様、」と言い換えて見送ったところで思い出した。
わたしはいつか、あの人を好きだったことがある。
特段、もっと話しておけばなんて後悔もなく、どうして好きになったっけか、だとか、いつから好きは風化したのか、だとかを数秒考えただけで感慨もなく、次に並ぶ客に買い物カゴを勢いよく下ろされて「アッスミマセンオマタセイタシマシタオアズカリイタシマスー」と思考の糸を断った。
こんなわたしでも人を好きになったことくらいあるのか。それもそうか。
じゃなきゃこんなわたしにもなってない。
出会いを使い捨てて何にも還元できない自分の「無感動さ」に改めて呆れるようだった。
ある種の確信めいたものが胸の内に渦巻いていた。強い衝撃で五感すべてが遠くなるように、わたしもいつからか誰かしらと関わることに鈍くなってしまったのだろう、と。これが一過性のものなのか、はたまた生涯付き合っていかねばならない「障害(少なくともわたしは現状そこまで悪しく思ってはいないが)」なのか。
すべてが遠い。
誰もが謳歌する「フツウの」感傷を、遠くから眺めて無感動を装って「ふうん」と吐くような。
Unfortunate ‟Uh-huh‟
寒くて。
なにひとつなくて。
汗が流れた。
あの人たちはまた泣くのだろうか。
こんなわたしで。
一転すべてが近づいて、遠くを走るトラックのエンジン音が耳元に聞こえた。
風はうるさく鳴り響き、室外機はしつこく唸る。
当然の結論がわたしを包んで、逃げ出したくなって、叫びたくなって。
こんな時代にぴったりな閉塞感。
ありふれたこたえ。
わたしも「それ」だった。凡百がわたしだった。当然だった。簡単で、明瞭で、ひとつの「結果」に収斂したこたえが、わたしには良夜の霹靂だった。
それ、か――。
なんて難しいんだろう。生きるのは。
そんなこと考えもしない連中がのうのうと「人並み」目指して流れてゆく。
自分が乗ってるベルトコンベアーに意識を向けたが最後、虚像を知覚して、おしまい。
「ないもの」に載っているんだ。
霧雨の坂道を叫びながら駆け下りて、煙草が三本だけ入った箱を握りつぶした。
身体の芯はカッカと燃え盛って、手足は死体のように冷たくて、まるで同じものとは思えなかった。乾いた空気が肺を出入りして、目には汗が染みた。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!
乾いた毛布が手のひらにきゅう、と刺さるようだった。
自分は異常者なんだ、と諦観交じりに、いやそれを装って、嘯いて。実はただの凡百であると気付いた。陳腐なヒツジとなんら変わりなかった、と!
残酷だ!
惨めだ、惨めだ!
わたし自身が絶望だった!
霧と消えてしまいたいと思っては負けだった。
癪だ! 絶望を叩きつけられて、野垂れ死んでやるもんか、わたしは!
授業を抜け出ては保健室のソファに寝そべっていた、あのわたしにはさよならを告げるべきだった。
失恋して消沈して呆然とした、そんな自分をそのままに許していた、あのわたしに。
下らない自尊のために煙草を揉み消せど空を睨むだけだった、さっきのわたしに!
訣別だ。
朝は近い。 Vow!
ダジャレばっかりになってもうた(反省)