少女の訣別
あら、もう来ていたの? 呼び出された時間よりも早めに来たつもりだったけれど、待たせてしまったかしら?
ふふ。十分前には来ていたなんて、わざわざ言わなくていいことを正直に答える所は変わらないのね。懐かしいわ。ええ、本当に。
久しぶりね、あなたとこうして二人で会うのは。しばらく前までは、いつもお昼の休憩時間にここで待ち合わせをしていたのよね。異世界から聖女様が召喚されてから、すっかりなくなってしまったけれど……。
別に責めているつもりはないわよ。聖女様の護衛は騎士の名誉だもの。下働きの私でも、それぐらい理解しているわ。ただ、あなたが来なくなったこの場所で、私は一人待っていたと知っていてほしかっただけよ。もちろん、今は待ってないから安心して。
それに、あなたが誰と付き合おうと、あなたの自由だもの。ましてや、私はただの幼馴染み。そんな私が聖女様とその護衛騎士であるあなたの恋を邪魔できるわけないじゃない。
え? ただの幼馴染みじゃないって? だったら、ただの知り合いかしら? それとも、ただの顔見知りでもいいわね。
ひどいと非難する前に、よく思い出して。あなたが聖女様に言ったのよ。「鬱陶しい幼馴染みでしかない。両親の付き合いで仕方なく仲良くしている」と。
身に覚えがあるようね。たまたま通りかかって聞こえた時、とても悲しかった。悲しくて悔しくて、その夜はいっぱい泣いたわ。
二人であちこち遊び回ったことも、一緒にいたずらをして叱られたことも、寒い夜に手を繋いで流れ星を見たことも、どれも大切な思い出だったわ。でも、あなたにとっては全部どうでもいい思い出だったのよね。
……話が逸れてしまったわね。本題に戻りましょう。大切な話があると手紙に書いてあったから来たけれど、それは二人きりにならなければ話せないことなのかしら?
はぁ? 寝言は寝てから言うものよ。今はまだ寝るような時間じゃないわ。そもそもの問題として、告白する相手を間違えていないかしら? 私は地味な下働きの幼馴染みであって、可愛らしくてお優しいと評判の聖女様ではないのよ。
そんなに大きな声を出さなくても聞こえているわ。私の勘違いや聞き間違いでもないし、質の悪い冗談でもない、と。つまり、嘘偽りなくあなたは私が好きということ?
確認よ、口に出して確認しているだけ。で、それに気付いたのはいつかしら?
あら、教えてくれてもいいでしょう? あんなに聖女様にべったりだったのに、どういう心変わりでそうなったのかぐらい、知りたいものだわ。
はぁ? たったの一週間前? 私が知らない男と楽しそうに歩いている所を見て、ようやく気が付いた?
ふざけないで! 私の初恋を粉々に壊しておきながら、よくそんな簡単に好きだなんて言えるわね。
ええ、そうよ。あなたは私の初恋だった。けれど、今は違う。聖女様と出会ってからのあなたなんて、正直言ってどうでもいいわ。もう顔も見たくないぐらいだもの。
真実の愛に目覚めたと言われても、今さら信じられないし、何より信じたくないの。分かる?
……だんまりね、まあいいわ。それより、聖女様はどうしたのよ? まさか、聖女様と付き合ったまま、私に告白したなんて言わないでしょうね?
この前別れてきたって、ずいぶんあっさりしているわね。聖女様、今頃は泣いていらっしゃるんじゃないかしら? あなたに猛アタックされて付き合い始めたというのに、いとも簡単に捨てられてしまったんだもの。聖女様もお可哀想に。
気持ちが伴わないまま付き合うのは不誠実、ねぇ……。だったら、仲が良かった幼馴染みから一方的に距離を取った挙げ句、本人のいない所で悪口を言うのは、とても誠実なことなのね。それは知らなかったわ。
違うでも、そんなつもりはなかったでも、一度離れて初めて分かったでも、口で言うのは簡単よ。ええ、喋るだけだもの。
さっきも言ったと思うけれど、何度信じてくれと言われても、もう無理なのよ。
そこを何とかって、何とかできるできないの問題じゃなくて……。……そうね、もしもの話をするわ。もしも、私があなたと付き合ったとしたら。
もしも、と言ったでしょう。話はちゃんと聞いて。その状態で、あなたにまた新たな好きな人ができたら、あなたはどうするの? どうせ、また聖女様と同じように振るんでしょ?
一生私だけを好きでいる? そんなことできるわけないじゃない。こんなにも簡単に心変わりする姿を見せられたのよ。断言するわ。絶対に無理よ。
これからの態度を見ていてくれと言われても、お断りよ。だって、私には既にお付き合いしている人がいるもの。
ええ、この間の彼よ。あなたに失恋した私を癒してくれたの。彼なら私だけを一生見てくれると信じられるわ。私は彼が好き。これからも彼だけを想い続けていくの。
だから、あきらめないと宣言されても困るのよ。迷惑そのものなの。これから先、私があなたへ恋することは絶対にないわ。天地が引っくり返ろうともありえない。
幼馴染みとして、最後に一言だけ。もう私に関わらないで。