発見
ボロアパートの一室、そこが僕の家。
招いたことを後悔しつつもうどうしようもないと思い、女性を家の中に入ってもらうよう言った。
女性と僕は靴を脱いで揃えて置いて、部屋の真ん中にあるちゃぶ台の横に座ってもらった。
客人用のプラスチックのコップにお茶をついで出すとすぐに飲み干してしまった。
「すみません、こんな見ず知らずの人間を助けてもらって…」
「いえ、こんなボロ屋に招いてしまって申し訳ないです…」
一言それだけ。
部屋は沈黙、目も合わせられず時は過ぎた。
僕は頭の中ではいろんなことがグルグル回っていたのに言葉にはならなかった。
いつのまにか夜の8時になり、お母さんが帰ってきた。
「葉ただいま…?あら、お客さん?」
「あ、おかえり。あの…アーケードで困ってる人がいて…」
「お邪魔してます…」
「あら!こんなところでごめんなさいね!」
「あ、お母さん、今日この人泊めていい?」
「ええもちろん、ちょっと待っててね、ご飯用意するから。」
お母さんが部屋の隅にあるキッチンに歩いていき、晩御飯を作り始めた。
「あの…私名前…遊佐見茉莉って言います。」
「あ、ぼ僕は佐竹葉って名前。ようって呼んでくれれば嬉しいです…」
「あ…あの、年齢は多分16歳なので敬語じゃなくて大丈夫です…」
「あら!2人とも同い年じゃないの!よかったわね!」
「あ…うん…」
そしてその言葉以降部屋の中に聞こえる音はお母さんが料理している音だけになった。
「ささ、出来たわよ」
そういってお母さんが持ってきた料理は豚のしょうが焼き。我が家ではご馳走レベルの料理だ。
「いっぱい食べなさい。」
お母さんは二人分しか用意せず、僕とまつりさんの食べる姿をずっと見ていた。
「「ごちそうさまでした。」」
その言葉を聞いたお母さんはすぐに皿などを片付けて僕は布団を敷き、お風呂の準備をした。
「あ、まつりさんは着替えどうする…?」
「…服はこれしかないです…」
「葉!あなたのタンスの奥に昔のパーカーあったわよね!それ貸してあげなさい!あとズボンも」
「わかった…」
言われたとおりにした。他のことは突っ込まないでいた。
まつりさんがお風呂に入り、上がった後に僕が入ってその後お母さんが入った。
時間は午後10時を回っていた。
歯磨きを済ませ、目覚ましをセットして布団に入る。
「「おやすみなさい」」
3人同時に布団に入って電気を消した。
朝、まだ目覚ましがなっていない時間。5時を過ぎたあたりで今日は目覚めた。なにかいつもと違って声が聞こえる。
その声の方向を見ても、玄関しかない。しかし声はどうやらその奥から聞こえるものらしい。少しくぐもっている。
「誰?」
そういって玄関を開けるとアパートの下の空き地で茉莉さんが歌っていた。
「おはよう、葉くん。」
ショートカットの髪の毛を揺らしながら振り向く茉莉さんに少しときめいた。
「あ、おはよう」
少し見とれて返事が遅れた。
「ごめんね、起こしちゃって。」
そう言いながらアパートの階段を登ってくる。
僕はその姿に見とれている。
「?どうしたの、葉くん。」
「あ、いや、なんでもない」
今日は珍しく夢を見た。その夢は今でもはっきりと覚えていて、とあるショートカットの歌姫と一緒にバンドをしていたという夢だった。多分歌姫は茉莉さんだと思う。はっきりとと言っておきながらその部分だけはどうしてもぼやけている。
「葉くんは学校行ってるんだよね?」
「う、うん」
「えらいね…私は親から捨てられてから行ってないから少し羨ましい。」
茉莉さんはなにか悲しそうな顔をして話す。
ただ僕は何も言えない。
「ははは…ごめんね、こんな辛気臭いこと言っちゃって。今のなしね、聞かなかったことにして。」
そんな事言われても忘れれるわけがない。頭の中はいつものようにグルグル回っていて、ただ考えをまとめきれずにいた。
7時50分くらいにアパートを出て学校に行く、歩いていく道の途中ずっと茉莉さんのことを考えていた。
「よーう!」
「おわっ!」
ボーッと歩いている途中でいきなり名前を呼んで飛びついてくる人間が1人。わかる、こいつは加藤梨央。バンドのメンバーでベースをしている。
「どした?なんか考え事?」
「いや、なんでもない」
「隠し事すんなってー言ってみー」
「いやほんとなにもないから」
「あっそ、あ、そんでさー昨日さー
毎日こんな感じで学校に通っているわけだが、今日はなにも頭に入ってこなかった。
結局今日の会話で覚えているのは
「バンド次いつするー?」
「あー、タカに聞いとこうぜ。」
「わかったありがとう。」
これくらいだ。
結局次のバンドでの集合は明日らしい。
しかしどうもよく分からない。夢の中に出てきた歌姫は誰なのか、そしてなんで茉莉さんがあんなにテンションが上がったのか。
帰り道でもずっと考えていた。
次の日の朝、また5時過ぎくらい。今日は夢を見ることは無かったが、歌ははっきり聞こえる。
聞いたこともない歌、だけどなにか心に響く歌。
急いでドアを開けるとそこには茉莉さんがいた。
「お、おはよう!」
今日は僕から声をかけれた。
「おはよう!葉くん!」
笑顔が眩しい。
「あ、あの…今歌ってたのは茉莉さん?」
「…うん、そうだよ。あ、それと茉莉さんじゃなくて茉莉とかでいいよ!」
「わ、わかった。」
ここで歌姫の正体は茉莉さんなんだな、と小さな確信に変わった。
放課後のバンドにて。
「よっしゃ、全員揃ったな。」
「久しぶりやなー、まあ2日空いただけやけど」
「?おい、葉、どした?」
「あ、いや、なんでもない」
「いやなんでもないことないぞ?昨日もボーッとしてたからな。」
「へーどしたよ、葉。好きな女子でもできた?」
「いや…」
茉莉さんのことを言おうか、言わまいか。
「ボーカル」
「「ん?」」
「いや、このバンドってボーカルいないじゃん?」
「まあたしかに…でもまあ今までそれでやってきたわけだし?」
「そうだよな…今更って感じもあるし」
「でもまあ俺はボーカルいると思うけど?」
3人からのコメントに少し打ちのめされそうになる。が、ここはひと踏ん張りして
「あの、うちに今すごく歌上手い女の子いるんだけど」
「「は?」」
「いや、こないだ困ってたから助けたんだけどそのまま家にいて…」
「「はぁぁぁぁ!?」」
「朝に歌ってるとこ見て…すごく上手かったから…」
「お前早く言えよ!」
「いまからお前ん家行っていい?」
「その女の子かわいい?」
三者三葉の反応を聞いて、
「別にいいけど…」
あっさり了承してしまった。