80 にちじょー
木下悠人の朝は早い。
朝6時に携帯のアラームが鳴ると同時に目が覚める。しかし、そこに優菜が仰向けに寝ている悠人の上に乗っかり抱き枕のようにしている。まずは、それを剥がすことが朝の始まり。
手慣れた手つきで張り付いている優菜を剥がし、自分の布団へと寝かせる。
洗面所に行き、顔を洗い、口を濯ぐ。そして、自室へと移動して、外出用の服装に着替える。そのまま、髪の毛を整え、終わり次第キッチンへと向かい朝食と愛する母の弁当の準備を行う。
朝食は、胃に優しいものを常にチョイス。ジャパニーズであるが、今日はパンを。
(そういえば、パンサラダ最近食べた覚えがないな)
という、単純な理由で献立が決まる。
そして、朝食と弁当の準備を終える頃には、
「おはよ〜」
「おはよう」
2人が起きてくる。まだ、眠気が取れていないのか、目を細めており、体がふらふらしている。悠人が挨拶を返すと、そのまま2人は洗面所に向かう。そして、目が覚めた2人が戻ってきて、3人揃って朝食を食べる。
我ながら美味い、完食。
悠人は、真夏に弁当を渡し、真夏は自室で会社に行く準備を。優菜は、着替えた後、悠人に髪型を整えてもらう。
「今日は、どんな髪型がいい?」
「ツインテールの三つ編み!」
「OK」
「にーちゃはストレートなんだね」
「原点回帰、だ」
未だ髪色が金髪であることに不満がある優菜。元々、悠人と同じ髪の色だったものを、変えてきたのだ。嘆くのも無理はなかった。
「はい、終わり」
「ありがと!」
「どーいたしましてー」
髪を整えるくらい優菜に出来ないわけはない。やろうとすればどんな髪型にも自分で可能。しかし、早く大人になりたい、兄離れ、などという世間一般的な下らない考え方を持たない優菜。
わざわざ一緒に過ごせる時間を捨てるようなことはしないのだ。
しばらくすると、真夏が先に家を出る。その後に、悠人と優菜は一緒に登校する。
優菜の些細な願いであった一緒に学校に行くことは、彼が5年生になる頃には叶っていた。
仲良し兄妹、手と手を繋ぎ(恋人繋ぎ)、会話に花を咲かせ笑顔で道を歩く。全くありふれない日常を謳歌している。
学校へ着くと、2人は別れてそれぞれの下駄箱に。
そうして、身内の時間は終わる。
悠人がクラスに向かう間に、多くの知人と挨拶を交わす。自分の机に座れば、自宅から持ってきた本を広げ、物語の世界へと入り込む。
周りはその邪魔をしないように、話しかけない。
(悠人君は65、66ページを読んでいる。確か妹が彼氏を連れてきた内容のはず――あっ、眉を顰めた。優菜ちゃんに彼氏ができたことを想像したんだね。さすが優菜ちゃん、愛されてる。本を閉じた。物語より想像の方を優先したのね。そして、頷き3回で溜め息。……そう、認めたのね悠人君)
今のは、とあるクラスメイトの女子の考察。ストーカーの柳田程ではないが、悠人をよく観察している1人だ。そして、ある程度、行動パターン、行動理由をほぼ正確に当てられる。
(本を開いた。そうだよね、想像は終わったもんね。あっ、驚いてる。そう、今の彼氏はフェイク。本当は、兄に嫉妬して欲しかったから連れてきただけなのよ。あっ、さっきよりも深い溜め息。想像では認めた手前、実は違いますーなんて言われたら、拍子抜けしちゃうよね)
「悠人くーん!」
「はい」
「これ、今日の日誌。確か悠人君が日直だよね?」
「あっ、忘れてました。あざっす、ミキT!」
「いいの、いいのー!」
(本当に忘れていたね。あっ、本を読むのを止めてしまった。流石、真面目な悠人君。日直の時は、書ける所は先に書いておこうとしている。今日の時間割を確認して、担当の先生を書いて、天気を……ふふふ、上手く描こうとして失敗してる。やっぱり絵はまだ下手なのね。あっ、小さくガッツポーズ。上手く描けたのね。今度見ておこう)
そして、この女生徒は、時間がある時、常に悠人を見続けている。
「聞いて、クレイジーボーン」
「何だね、マイストーカーガール?」
「春妃さんとの1on1。案の定、これがきっかけで、世間は、バスケ、バスケ、バスケ」
「そうだな」
「マラソン、格闘、スポーツ。挑む種目が増えているわけだけど、平気?」
「まぁ、何とかなるべ」
「テキトー過ぎるわ」
放課後、ある空き教室にて、柳田と悠人は、2つの机を挟んで対面していた。
今回は、ファンクラブの運営、新聞等に関する相談ではなく、柳田が悠人がやらかしたことでの世間の影響を簡潔に伝えていた。
わざわざ空き教室でやる必要はない。家で話せば良いものの、折角だから2人っきりで話したいという柳田の我儘。
「来るなら鍛える。それで解決」
「前は、水の泡にされたけどね」
「掘り返すなや」
「でも、私はあのことは許してないわ」
「き、傷は治ったんだからな? な?」
悠人は、あの日以上に身内に対して、恐ろしいと思ったことはない。
帰れば、全員勢揃い。その時、悠人は仮面を外した。そして、彼女らの目についたのは、下唇につけられた切り傷。血が固まっていて、更に目立っていた。
悠人は指摘され初めて、唇に傷があることを気づく。
よって、笑顔で「勝ったぞー」なんて言える状況ではなくなり、悠人のやったことは、全員が見える位置で正座し、首を垂れることだった。そして、真夏から優しく頭を上げるように言われて、頭を上げる。上げた次に待っていたのは顎クイ。決して強く引っ張られる事はなく、柔らかな手つきだった。
少女漫画でも見たことがあるそれ。本来ならば、ときめくはずのそれ。全くそんな事はなく、傷を彼女達全員にマジマジと見つめられるのは、かなり心臓に悪かった。
彼女達にとって傷をつくってきた時点で、罪以外何物でもない。責められて当然の事。そして、きっちり怒られた後に、見かねたエリナが褒めたという訳。
「ぶっちゃけ、俺悪くないよね」
「は?」
「すみませんでした」
「よろしい」
悠人はもう彼女達に頭が上がらなくなったらしい。




