77 再開とトリオ
お呼ばれした、貴族のパーティー。
しかし、今回は男性のみ参加というものであった。
俺だけ場違いではと疑問に思うのも束の間、ルナさんに仕立ててもらったドレス、化粧をして会場入りを果たすと、直ぐに人に囲まれる始末。
「色々大変そうだが、死ぬなよ?」
そうして言われた一言。
明らかに、気を遣われているのが分かる。
「いえ、これも人気があるということで、納得しています」
「いや、その、家に居て急に拐われたり、人助けをしたのに勘違いで自宅に攻め込まれて病院送りとか、正当な入院にも拘らず風評被害で女性から嫌われたり、番組の下準備をきっちりしたのに、いきなり戦闘始まったりしているとな。心配にもなる」
「なんか、すんません」
周りからすれば、拉致、襲撃、風評被害、戦闘の四拍子。しかも、その中の2つは家で行われてしまったものだし、穏やかで安全な生活を望む者からしたら、絶望しかない。
「でもまぁ、その様子を見ていれば、大丈夫そうだな」
「お気遣い感謝します。何かあれば、相談できる相手もいますので、こちらで解決できます。なので、ご安心を」
「……次は、監禁か軟禁かな?」
「おっと、それは勘弁」
洒落にならないのでやめてほしい。
「あと、一つ聞きたいのですが、男性貴族のみ参加のパーティーに何故私が呼ばれたのでしょう?」
「彼が呼んだのさ」
そう言いつつ、手をある方向へと向ける。その方向に視線を移すと、アグリウスが小走りでこちらに向かって来ていた。
「悠人、久しぶり」
「お久しぶりです、殿下」
「むう」
「すまんすまん、元気そうで良かったよアグリウス」
この場にいることに驚き半分、元気そうな姿に嬉しさ半分である。悩みを抱えていた彼に対し、俺なりに明るく、軽い感じで返答し、深く考えないよう促したのが、上手くいったのだろう。
しかし、アグリウスが俺をパーティーに呼んだのか。唐突に、絶対参加しろと言われただけだったので、疑問があったが、納得がいった。
「上手くいった。悠人のとっておき、凄い」
「それは良かった。しかし、焦るなよ、もっと大きくなってから。小さいことからコツコツと」
「うん、昨日はお皿洗いした」
「良いじゃないか」
「1人でお風呂に入れるようになった」
「そうか、1人で入れるようになったか!」
「……」
「ああ、ごめんな。つい、撫でてしまった」
「嫌じゃなかった」
「ん?」
「もっと、もっと撫でて」
「おお、分かった」
「ん」
頭を差し出すアグリウスに対し、俺は気が済むまで、頭を撫で続けた。
俺と話していた男性貴族は、邪魔しちゃ悪いなと言い席を外した。
悠人は、疑問のままにしておいたことがある。どうして、隣国の王子であるアグリウスがあんな場所にいたのか。
出会いは、浅野町の公園。
そう、浅野町。悠人の住む町。その町に、彼ら2人が出会う前、それはそれは大きな施設が出来たらしい。
言わずもがな、その施設こそ、エリナとアグリウス、そしてその母親であるアドリアナが居たのである。
浅野県浅野市浅野町。
都会であり、人の出入りが激しい。そして何より、何処よりも安全な場所。県よりも市、市よりも町。よって、浅野町に、地域住民だけでなく、貴族のパーティー用にも使える施設を建てるのは、当然と言えよう。
そして、今回利用するにあたり、悠人は大体理解した。
「アグリウス、君の母上は何処に?」
「パーティーが終わるまで、別の部屋で知り合いとお話ししてる」
「そうか」
「グラウザー!!」
「ん? おっとと! 悟君、君も参加していたのか」
「そりゃあね! でも、グラウザーが来てるのは意外だったよ。何せ、断られたからね!」
悠人の背中に強い衝撃と共に、偽名を呼ぶ声。
貴族というのだから、参加して当然といえば当然の東堂悟。
悠人は今回のパーティーに参加するから、悟君の誘いを断っていたのだが、同じ場所での予定だったとは思わなかった。
「でも、グラウザー。アグリウスと知り合いなんだね」
「何だ、2人とも知り合いだったのか」
「偶に会う程度」
「そうそう」
「それより、悠人。グラウザーって、あのグラウザー?」
「……そだよ」
「おお、凄い。悠人、少ししゃがんで」
「ん、どした?」
「よしよし」
悠人は疑問を感じながらもアグリウスと目が合う程度にしゃがむ。すると、アグリウスは悠人の頭を撫で始めた。多分さっきのお返しなのだろう。悠人は、年下に頭を撫でられるというのは、何とも複雑な感情を抱く。
それに便乗したのか、悟も頭を撫で始める。
隣国の王子と天皇の御子息に頭を撫でられるという、微笑ましい光景が生まれているのだが、周りは野郎のみ。奇妙な光景だ、と珍しそうに周りは眺めていた。
しばらく撫で続け、満足した2人は、悠人の手を引き、食事が置いてあるテーブルまで連れて行く。
悠人に食べてもらおうと、皿を持ち、見栄えを気にしながら料理を選ぶ2人を見て、悠人は確かな幸福を感じた。
そして、ふと思う。
悟君が来てるってことは、春妃さんも来てるはず。後で、挨拶しておこう。
そう考えた悠人、ふと視線をアグリウスに向けると、いきなりデザートに手を出していた。なので、一言入れてく。
「あっ、アグリウス。甘いものは苦手なんだ」
「悠人、好き嫌いは駄目って母上が言ってた」
「甘いのは別にいいだろう?」
「駄目、食べる」
「……」
お皿に盛り付けられたプリンを差し出すアグリウス。
受け取ったはいいが、苦笑いをするだけで食べる気がない悠人に対し、アグリウスは強引な行動を取った。スプーンを持ち、プリンをすくい取り、無理矢理悠人の口に突っ込む。
一度口をつけたものを残すというマナー違反は出来ない悠人。残さず食らおうと奮闘するが、練乳以上の甘いプリンを相手には苦虫を噛み潰したような表情になり、度々腕が止まる。その隣で、アグリウスは全部食べるまで逃さないと睨みつけ、悟は同じプリンを美味しそうに食べていた。
それは、とても奇妙な光景、だったという。
「アグリウスの成長が尊い」
「私もです。悟の成長が喜ばしいのです!」
別室にて、息子の帰りを待つ2人。その最中、自分の息子の良さについて語り合う姿は、何処にでもいる普通の母親と変わらない。
1つ違うといえば、息子が悠人の影響を大きく受けているということ。そのおかげで、彼らは女性に対して寛容になった。しかし、あくまで日頃から一緒にいる者やお世話になっている者に対してのみであり、初対面の相手に対しては警戒心は強い。
だが、それはともかくとして、彼女達は語り合う。
アグリウスが1人で服を着るようになったが、ボタンがずれていたりや、1人でお風呂に入れるようになってからは一緒に入る機会が無くなって悲しい、とか。
悟が悠人に感化されて鍛え始めて、腹筋がついてきたことを喜びながら報告してきたり、動画投稿者として頑張っている姿はたくましさを覚えるが、一緒に過ごす機会が少なくなって辛い、とか。
我が子の成長を喜ぶ反面、寂しさを覚える2人。これも親としての宿命である。
そうして、語り合っている2人の部屋に、ドアノックの音が響き渡る。しかし、返事をする間を与えずに、部屋のドアが開けられる。
「お母様!」
「母上」
「えっ、ちょっ、お前ら! せめて、返事聞いてから入れ!」
お見えになったのは、悟、アグリウス、悠人のトリオ。マナーがなっていないと注意する悠人は完全無視。
「えーと、アドリアナさん、春妃さん、こんにちは」
無視されたので、悠人は当初の目的である挨拶を。実にまめな男である。
「ええ、ご機嫌よう、悠人さん」
「ご機嫌よう、悠人様。その節は、お世話になりました」
「いえ、気になさらないで下さい。この通り、ピンピンしてますから!」
あの件については、全て丸く収まったと思っていたが、アドリアナはまだ負い目を感じている。察した悠人は、笑顔で答える。
それを見て、もう気にして欲しくないという意図を汲み取り、微笑みを浮かべるアドリアナ。
「でも、別件で唇に傷ができましたね」
「いや、あれは事故ですよ」
「でも、思いっきし入ってたよね。お母様も悲鳴上げてたよ」
「あら、悟の悲鳴の方がもっと大きかったですよ?」
「そっ、そんなことないもん! 絶対勝つって信じてたもん!」
「おうとも、そう簡単に負けてたまるか」
「でも、痛そう」
「痛いんだよ、アグリウス」
「じゃあ、キズパゥワーパッドあげる」
「唇だよ? つけられないだろ」
「悠人、男は顔が命。それに最強の男ならこの程度我慢するべき」
プリンを食わせる時のように、強引に悠人の唇にキズパゥワーパッドをつけようとするアグリウス。逃げようにも、春妃と悟、そして何故かアドリアナが身体を掴んで離さない。
結構、悠人弄りを楽しんでやがる。
「分かった自分でつけるから」
「人につけてもらったほうが、剥がすのを躊躇うらしい。だから、僕がつける」
こうして、無理矢理つけられたキズパゥワーパッド。決して外れないように、数日に一度張り替えを行うように言われた。また、ちゃんと治療している証拠として毎日アグリウスに自撮り写真を送ることを義務付けられた。
直ぐ治ると言われても悠人は半信半疑。しかし、それを続けた結果、1ヶ月経たずに傷が無くなり、アグリウスに謝罪の電話をするのであった。




