72 そして日常へ
本日、木下悠人。
2週間という長い入院生活を過ごし、
「帰ってきた」
ついに自宅へと帰宅いたしました。
ぱっと見では家はすっかり元通りになっている。窓全てがライフルも通さない防弾ガラスにしたということ以外は。
その間は、鮫島家で居候していたらしい。
「しかし、毎日遊びに来たのに、遊び足りないとは、年頃の子供恐るべし」
にしても、親しいとはいえあれが一般的な男性の我儘であったりするのだろうか。そうなら、俺のグラウザーとしての活動は終わらすことが不可能では?
下手をすれば、貴族階級の者達からの圧力もかけられる可能性もあるわけだ。ああ、詰んでるね、いや詰んでたわ。もう、昔っから詰んでたわ。
今はインターホンを鳴らす。今日の退院祝いとして自宅ではパーティーを開くそうな。なので、いきなりドアを開けるのはナンセンスだと思ってしまった。
不慮の事故とはいえ、自分の身を心配してくれていた。そして、今も自分の帰りを待ってくれている。そう思うと嬉しくもあり、何処か緊張してしまう。
そして、ドアを開ける。
‘’おかえりなさい’’
「ただいま」
男の退院は瞬く間に広がった。そして、男はまた前と変わらない日常に戻った。
身内にとって不満であった生放送は、幸いにも見舞いに行けない者にとっては不安を取り除く種になっていた。仮面をしたとしても、馬鹿やって笑い声を出す姿を見れば、次第に不安も勝手になくなり、毎日行われる生放送を楽しみにするようになったのだった。
して、彼がいつもの日常に戻り、最初にしたことといえば、
「1番良いものを下さい」
「凄い使い込んだというか長持ちしたわね〜。とりあえず、持ってきた自転車はこっちで預かるから新しいのに乗って帰りなさい」
「ありがとうございます」
「良いのよ。ご贔屓してくれてるおかげで、うちも商売繁盛してるし」
自転車の買い替えであった。
そして、一番良いものと言ったくせに、電動でもギア変更もできない昔懐かしのママチャリを購入。
「電動じゃなくても良いの?」
「無駄に多機能なのは、好きじゃありません」
「そうなの?」
「選手でもないのに、走行速度分かったからって何なんですかね?」
「でも悠人君、いつかトライアスロンしそうだから」
「……」
彼は強く否定できなかった。
その後、悠人の買った自転車は大量生産され、一部地域で電動自転車等の需要が無くなったが、彼が知る事はない。
(あっ、悠人君だ)
(悠人君、元気そうで良かったわ!)
(何だろう? 前よりも大人っぽくなったかもしれない)
木下悠人の住む、浅野県浅野市浅野町。
都会でありながら、交通事故、犯罪、どの県、市、町よりも少ない数字を叩き出したどこの場所よりも安全な地域である(特殊事例あり)。
そんな町では、娘持ちの母にある一つの共通点が存在する。
【絶対に青色のランドセルは買わないし、買わせない】
小学校に通うにあたり、絶対に用意せねばならないランドセル。
くどいが木下悠人は目立つ。それは男性だから。しかし、男性というだけでも目立つ、とにかく目立つ。だが、彼のランドセルは青。
ランドセルの色は女子は基本赤、それが世間一般的であるのにも拘らず、青。
周りは赤だらけの中、青。
しかも、帰り道スーパーに寄る時も身に付けている。
見つけられない訳がない。
女装しようが何をしようが、青のランドセルを身に付けた奴が木下悠人である。
ご丁寧に、浅野町にあるデパートでは青のランドセルを取り扱っていない。
(……視線を感じる。まぁ、いつもの事だったな。何か懐かしい感じがするな)
視線には慣れっこだったので、そのまま普通に過ごす奴であった。
「あら、ゆっちゃん! 元気になって良かったよぉ」
「はい、心配かけました。ミチコさんもお身体に気をつけて下さい」
「いつもありがとうね。はい、退院祝いに雲丹サービスしたげる!」
「おお〜、ありがとうございます!」
ゆっちゃんとは、あだ名である。決して、似合わないなどと言ってはいけない。
(今日は刺身なのね……)
(いや、寿司を握る練習をしていたから寿司も微レ存)
(散らすかもしれない)
見守り隊は、久しぶりに目の保養をしたとか。




