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69 目が覚めて

 


「息子は今どうなんですか?」

「現在も、昏睡状態です。頭部に強い打撃を受けてしまっています。その為、意識が回復しても記憶に障害があるかもしれません」

「……」

「今は起きることを待つのみです」

「……悠君」


 ベッドに静かに横たわっている悠人。軽い出血もあったのか頭には包帯が巻かれている。


 何も悪い事はしていない。ただ、偶然会った少年の身を案じて、家に保護しただけ。それなのにこんな仕打ちを受けなければならないのかと真夏は内心ごちる。



 あれから、3日。



 唐突の出来事に誰もが(一部を除く)思考をやめた。

 身内も、知り合いも、学校も、社会も、景気も、暗く悪い方へ変わり、笑顔が絶えなかった世界が、笑顔を失った世界へと変貌した。

 おまけに、天気も晴れと事前に予報されていたのにもかかわらず大雨が降り続けている。一部では、神が泣いておられると言われているが、確かな話ではない。



 閑話休題。



 病室にいる真夏は、意識が戻ることを祈りながら、悠人の手を握りしめることしかできなかった。



「ふえっきし!」



「ふぇ?」

「……うーん、白い天井?」

「悠君!」

「あっ、おうおう、どうした? あれ、ここ病院?」

「ずっと寝てたんだから! もう、心配したんだからぁ!」

「……うん、ごめんなさい」


 ドラマチックではない起き方ではあったが、結果的に起きた悠人。いきなり涙を流しながら抱きしめてくる真夏に驚きながらも、自分の状況を把握。自分は生きてる、と真夏を安心させる為、力一杯抱きしめて謝罪を口にする。


 その間、側にいたナースは直ぐに病室を出て、何処かへ連絡をしていた。





「何があったんだっけ?」

「覚えてないの?」

「んー?」

「男の子を保護した覚えは?」

「…………あっ!」

「思い出した?」

「蒼い瞳に空色の髪の少年だ。その子を家に保護して、寝かせて、リビングのガラスが割れて、目の前が真っ白になって、頭を思いっきり殴られた」

「そう」

「その子どうなった? やっぱりその人達に保護されたのか?」

「ええ、保護されたわ。でも、悠君を女性と勘違いしたようで、容赦無く攻撃したようね」



 連絡は誤って伝えられていた。早く保護しなければという感情に襲われたために、かなり説明を端折ってしまったのだ。そのため部隊に伝えられたのは、場所と男がもう1人いるという点のみ。


 重要な「保護されている」という点は完全に除かれていたのである。


 そして、部隊は少年ともう1人拉致られていると勘違い。強行突破、奇襲として突入できる窓ガラスを全て破り、拉致したと思われる長髪の女性を発見し、即座に私怨を含めて無力化した。


 しかし、部隊がその後発見したのは、ある一室にすやすやと寝息をたてながら安眠していた少年。情報にあった、もう1人の男性が見当たらない。


 そして、エリナから怒鳴り声を上げながら伝えられる驚きの情報。



 もう1人は長髪の男性である、と。



 えっ、じゃあ今無力化した女性は……。



 という具合である。


 これを聞いた真夏、ここ毎日のように来る謝罪を完全スルー。訴えることなく、何もせず、無関心を突き通している。

 だが、悠人が起きた以上それもここまで。何故なら、真夏の知る愛する息子は、簡単に許してしまうだけに留まらず、




「まぁまぁ、あの人達もそれが仕事だし、長髪の男なんてそうそう見ないだろ」




 弁護するのだから。


「……分かった。今回はっ!」

「あざっす!」

「次は訴えて社会的に処す」

「うっす」

「でも、周りがどうするか」

「そん時は俺がそいつを処す」

「うっす」


 その後、3日間の空白を埋めるように、真夏は悠人に構いまくった。頭を撫でたり、また抱きしめたりとスキンシップはもちろん、この3日間の周りの様子を話した。


 悠人は絶句した。





 しばらくして、病室を訪ねて来たのは、実妹の優奈であった。


「にぃぃーぢゃぁぁぁ!」

「ごめんな、心配かけた」

「あぁぁぁぁぁ!」

「もう、大丈夫だから」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 一向に泣き止まない優菜。真夏と同じように力強く悠人を抱きしめて胸に顔をうずめる。悠人は優菜の頭を撫でて、気が済むまで抱きしめ続けた。



「もう、駄目だかんね。人に優しくしないで! 自分の為に生きて!」

「最初から自分の為に生きてる。その結果がこれだよ」

「バカバカバカバカバカバカぁ!」

「殴らないでくれ。一応、入院中だから」

「バカにーぢゃ! もう退院して一緒に帰るんだがら〜!」

「いや、しばらくは入院生活だ。精密検査を毎日受けて、早ければ1週間、長ければもっと」

「うううううっ!」


 多少は泣き止んだというのに、また号泣してしまった優菜。悠人は、いち早くいつもの日常に戻れることを祈った。




 次に病室に訪れたのは、あの時保護した少年とその母親と部隊の人達。訪れた理由はもちろん、今回の謝罪。

 俺と真夏は今回については水に流すと決めていたので、謝罪を受け取り、今回はこれで無かったことにしようとした。しかし、相手方はそれを良しとせず、医療費、家の修繕、改装費、今回の迷惑金を払うと頑なに言い続けた。

 だが、その様子を居心地の悪そうにしている少年。

 それを真夏は気遣ってか、少年を俺の病室に残し、別室へと席を外した。


 因みに、優菜は泣き疲れて俺の隣で寝ている。


「悠人、ごめんね」

「大丈夫、生きてるんだから。それより、君の方が心配だ」

「……」

「でも、その前に君から名前を聞きたい。自己紹介のやり直しだ。俺は木下悠人。君は?」

「……アグリウス。アグリウス=フィリア=ブレジン」

「そう、良い名前だ。こんな形になったけど、よろしくな、アグリウス君」

「うん、よろしく。あと、アグリウスでいい」

「そうか、じゃあアグリウス。悩みは解決したか?」


 それを聞いたアグリウスは、何も言うことなく黙る。その様子でまだ解決していないことが分かった。


「俺でよければ、話を聞かせてもらえないか? 君の力になりたい」


 年頃の悩みは母親には話しにくいもの。その問題が身内ともなれば誰に相談すればいいか分からないのだろう。だから、俺が何とか力になりたい。


「……僕は、いらないから」

「えっ?」

「皆、男が欲しくて、僕はいらないから」

「……」

「皆、何もさせてくれない。僕は優しくしてくれる皆の為に何かしたい。僕の為に何かをしてくれる皆に。でも、母上も皆もいらないって言ってくる。居てくれるだけでいいって。そこに居るだけでいいって言う。皆は僕が何もできないから、やってもできないからだから僕は必要ないと思った。それでテレビで見かけた。女の人は男の人を求めるって。だから、皆は男が必要なんだって思って。なら、その男の人は僕じゃなくてもいいって思った。だから......外に出た」

「……大切な人の、役に立ちたかったんだな」

「うん」


 男であるがゆえの悩み。周りが過保護過ぎて何もさせてもらえない。それも幼い子供であるならば尚更。

 でも、勘違いしてはいけない。


「なら大丈夫だ、問題ない。君はちゃんと愛されている」

「うん?」

「気持ちが先行しているだけだ。大きくなって色々学んでいけば、知らずとその人達の為に行動できる」

「そうなの?」

「まず、周りの人の仕事は君の世話だ。だから、君がスクスクと健康的に育ち、色々なことを学び、そして大人になる。その時に、その人達の為に何かしてあげれば、この上無く喜んで貰えるだろう」

「……」

「だから、今君が大切な人の為にできることは健康に成長すること。それは、他の男にはできない事だ」

「本当?」

「そうさ。それに君だからこそ、周りは行動するんだよ。あと、今どうしても何かしたいなら俺のとっておきを教えてやるぞ?」

「何?」

「それはな……」







「子供の前で、お金の話はやめてもらえます?」


 別室には、真夏と少年アグリウスの母のアドリアナ。部隊は2人で話がしたいと真夏のお願いで先に帰らした。


「はい、申し訳ありません」

「今回は私もあの子も許すともう決めました。それでいいじゃないですか」

「ですが……」

「私だって、このまま平行線の話をしていたい気分ではないんです。今でも煮え返るんですよ。あの子は適切に保護したのに、暴行を受け、意識不明に陥った。どんな気持ちだったと思いますか?」


 想像できない、想像したくない。

 数日前も居場所が分からずもう会えないのかと身が引き裂かれるような思いであったのだ。

 それが暴行を受け、意識不明となれば……。いや、アグリウスの場合、更に酷いことがあった立場だろう。


「……」

「でも、許します。私もあの子も。それがあの子の決断なんです。だから、これ以上貴女方を責めることは致しません。ですから、お引き取りを願いませんか?」

「はい」


 アドリアナは、それ以上何も言うことはせず、部屋を出て行こうとドアの取手を掴む。その時、真夏の声がかかる。


「あと、……息子さんと仲良くして下さいね。あの子は、それを気にしていました。なので、親子円満の姿をいつかあの子に見せてあげてください。それがあの子にとっての最大の謝罪になります」

「えっ……」

「うちの子が息子さんぐらいの年は、私の役に立ちたくて色々と模索していました。貴女の息子さんはどうですか? 何もしなくていいとは言ってはいけませんよ。それは、貴方は必要ないと否定していることになります。私達は、男性の形をした人形を育てているんじゃないんです。人を、育てているんです」


 我ながら余計な事を言ったかもと思いながらも、言葉を繋げる。もしそうなら、何とかなって欲しいと。


「心配なのも分かりますが、何もさせてくれないは相手からすれば自分には信用がないと捉えられてもおかしくないんです。......お節介が過ぎましたね」

「いえ、ありがとうございます」


 息子に危害を与えた立場であるのに、親子事情を心配して助言をくれる真夏。

 アドリアナは今の話を肝に銘じた。


 実際、過保護に接していたがために何もさせていなかったからだ。



「アドリアナさん。次は加害者、被害者の立場ではなく、母友として会えることを期待しています」



 そして、アドリアナは目の前の偉大なる母の名を忘れないだろう。







「あっ……あの、母上!」

「何、アグリウス?」

「かっ、肩揉みしてあげる!」

「肩揉み?」

「うん、肩揉み! とりあえず、座って」


 手を引き、椅子に座らせられるアドリアナ。アグリウスは背中に回り肩を揉みはじめる。


 初めてのためか、力加減はあまり良くはない。けれど、何かしてあげたいと、役に立ちたいと、その気持ちが何より嬉しかった。


「母上、いつも頑張ってる。今はこれくらいしかできない。けど、大きくなったらもっと母上を支えられるようになりたい。だから、今は健康に成長する。色々学んで、大人になる。だから、母上、待ってて」

「……ええ、ええ待つ。いつまでも」

「うん、待ってて」

「愛してるわ、アグリウス」

「僕も大好きだよ、母上」



 どちらにも不運は訪れた。



 けれど、その不運はその後、一つの親子円満を作り出した。



 それは、それは、とても幸運なことだったのかも。




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