64 そうして、首を絞める
「お兄さ〜ん!」
「おお、早苗ちゃん。いらっしゃい」
「はい、来ちゃいました!」
学校であまり会えない分、家に遊びに来てあまえ倒そうとする早苗。
早苗は家に上がると、ダイブするように悠人の正面に抱きつく。それが来るのが分かっている悠人は、倒れることなく受け止める。
「またか」
困った様子で言っている悠人であるが、満更でもない。その間にも、早苗の頭を撫でている。
抱っこするような形でリビングに運ばれていく早苗。
「優菜、早苗ちゃんが来たぞー」
「あっ、早苗ちゃんいらっしゃ……ずるい!」
「へっ!」
「フシャア!」
優菜は、早苗が抱っこされているのを見ると、相手を迎える態度から相手を追い出す態度へと変貌し、早苗を悠人から引き剥がそうとする。
それを見て満足した早苗は悠人から離れる。
「早苗ちゃん、全く懲りないねぇ」
「だってそこにお兄さんがいるから!」
相変わらず屈託のない笑顔を向けてくる早苗。悠人は何も言えず笑みがこぼれる。
「今日も、恋愛ゲーム持ってきたのでやりましょう!」
「いや、なんで持って来るの?」
「お兄さんとやりたいからです!」
悠人は、恋愛ゲームではほぼ必ずヤンデレルートに直行するので、あまりやりたくない。しかし、断るのも悪いので一緒にやることにした。優菜と早苗も一緒にやれば、通常攻略ルートへと行くはずだと思ったために。
だが、
「おい、刺されたぞ」
「うーん、この!」
「ヤンデレ製造機!」
運命は変わらなかった。
「そういえば、今日はお兄さんのグラウザーの特集があるらしいですよ?」
「そうなのか、まぁ見ておくよ」
「スパアマ持ち」
「いくぞ、屑ども」
「やめれ」
2人にからかわれながら、テレビをつける。
俺は胡座をかき、その右膝には優菜、左膝には早苗ちゃんが頭を乗せて、テレビに顔を向けている。
前に活動したのは、去年の冬辺りだな。
確か相手は綾瀬だったな。中々に体は鍛えられていたし、終わりまで諦めずに追いかけてくる執念もあった。最初こそ、面倒と思っていた俺も楽しく、来てよかったと思えたからな。
これが更にレベルが上がってくれればいいとは思う。
『今回は、グラウザーについて色々情報を持ってきましたよ!』
『そして更に、グラウザーといえばこの人!東堂春妃様と悟君です!』
「「「はぃい?」」」
『今回は、ご出演していただきありがとうございます』
『いえいえ、お気になさらないで結構ですよ』
いや、春妃さん。あまりメディアに映りたくない俺の気を知ってはくれませんでしたの?
しかも、よく見たらリアルタイムの放送。なおさら笑えない。
『悟君もありがとう』
『別にいいけど、グラウザー今日いないの?』
『残念ながら断られてしまいまして』
『連れてくる?』
『えっ?』
『うん、連れてこよう! あれ、電話……グラウザーからだ!』
『えっ?』
『もしもし、グラウザー?』
「拉致るのは遊びに誘う時だけにしろな?」
『もしかして見てるの?』
「バリバリ見てる」
『何で出ないの?』
「面倒」
『もう〜いつもそればっかり!』
このまま放っておくと悟君の召使いが家に突入し拉致されかねないと判断。俺は優菜の頭を撫でるのをやめ、すぐさま電話をかけた。
優菜は、撫でることを辞めたことに、不満に持っているようで、頰を膨らませた。
ちょっと待っててな。
「だが、電話越しならいいぞ」
『だって!』
『良いんですか?』
「このままだと召使いが自宅に凸ってくるからな」
『えっ、それって犯罪じゃ……』
「黒幕が弟分だと許したくなるものだ」
『……そういうものですか。では、急遽グラウザー君にも聞かせていただきましょう』
「まぁ、よろしく」
(ごめんな、少し我慢しててな)
((はーい))
話の分かる2人に感謝しつつ、俺は質問に対応する。
「あの我儘皇太子君め」
「悠人君も大概だけど、悟君に悪態を吐く真夏も異常よね」
「しかし、社長。休日、いきなり遊びに家に来たと思ったら、息子拉致られた現場目撃したらそうなるのよ」
「なんか、すんません」
「分かればよろしい」
今でこそ慣れたもの。だが、初犯の際には、通報だけにとどまらず、金属バット片手に追いかけたもの。
そのせいで、悟には少し苦手意識を持たれてしまったが。
まぁ、真夏は息子以外興味ないので問題はない。
「麻酔銃撃たれた時は少し焦ったけど打ち返してやったわ」
「やっぱ、あんたの血受け継いでるわ」
「うちの子ですから。ところで、皆仕事しないのかしらね」
「悠人君じゃ飽き足らず、悟君まで手を出すのはね……。私は悠人君一筋だから。でも、カップリングとしては悟君は美形だしOKね」
「何の話?」
「……まぁ、貴女は知らない方がいいわ」
「?」
話が分からない真夏を放る社長。
視線の先には先程から悟が出ると聞いて、仕事そっちのけでテレビを見ている聞き分けの悪い大人達。更に、電話越しとはいえ悠人も出ると分かったならば、離れることなど絶対にないだろう。
悠人と悟の日常的ワンシーンは尊い。
それは、一部を除けば皆が納得する事実であった。
「でも悠人君、ボロ出さないといいけど」
「悠君じゃなくて、悟君じゃない」
「あ〜、自慢気に色々言いそう」
『テレビの出演はこの先無いんですか?』
『ない、とは言いきれない。けど、基本的に自分の時間が欲しいから断る』
『中の人の趣味とか』
『えっ、それ聞くのか? 筋トレ』
『マラソンじゃないの? グラウザー、この前フルマラソン走ったって言ってたじゃん』
『馬っ鹿!』
『本当ですか? では、今度走りません?』
『……趣味で嗜む程度だから、お見せできるものじゃない』
「早速、やらかしたわね」
「はぁー」
『しかし、楽園逃走でグラウザーを相手にする場合、どの程度鍛えるなどの基準にもなるのでは?』
『一理ある。よし、今度記録測ったら発表するからそれまで待て』
『いえ、せっかくですので視聴者様自身に証人となってもらいましょうよ』
『そっちの方が面倒事も少ない……か。分かった、視聴者に証人になってもらう。後日、また連絡する』
『おお! ありがとうございます!』
『……もう、切る。またな』
『えっ、グラウザー? ……切られちゃった』
『しかし、彼は確かにフルマラソンを走ると言いました。これはこれで大きな収穫ですよ!』
『でも、悟。グラウザーはトレーニングに集中すると思うから、しばらく拉致ったり、遊びに行くのは止めなさい』
『あっ! ……グラウザー、グラウザー! やっぱり、走らなくていいよ!』
まーた、首を絞めてしまった。いや、今回は絞められたというべきか、何だが複雑な心境の真夏。
家に帰れば、「やっちゃったZE!」と言って、少し困った顔をして言ってくるだろう。そして、誰もが想像する以上の結果を出そうとするのだ。
しかし、そうやって振り回される毎日を楽しそうに過ごしているもまた事実である。
それを近くで見ているのも悪くないと思う真夏であった。
(でも、拉致るのはどうしたものか)
しかし、文句もある。
慣れたくもないものを慣らされたのだから。




