閑話 バレンタインで
「グラウザー! はい、チョコレート!」
「……悟君、バレンタインデーでは、女性が男性にチョコレートをあげるものだぞ?」
「えっ、そうなの? でも、そんな小さいこといいじゃん! 僕は大好きなグラウザーにあげたいんだ!」
「うぉ、おお」
拝啓、何処かの誰か。友チョコというものは、中々に甘いものを感じさせてくれるものなのですね。しかし、優奈や真夏以外にストレートに好きと言われるのは、なんだか照れてしまう。
本日は、土曜。
悟君が痺れを切らして、家まで俺を拉致……連れて来られた。ええ、玄関開けたらささっと召使いさんと悟君に車にぶち込まれました。
度々遊びに行っているのだが、それでも足りないと文句を言われる。平日は、学校。日曜は、エリナとトレーニング。よって、フリーな日は土曜のみ。けれど、本日遊びに行くという約束は無かったので、拉致られたが。
悟君が言うには、サプライズ。けれど、毎回連れて行かれるのを見る真夏と優奈のことを思って欲しい。
いや、最近は慣れてしまって、溜息を吐いていたな。
「グラウザーも僕のこと好きだよね?」
「ああ、俺も悟君が大好きだ」
「ほんと、やったぁ! じゃあ、相思相愛だねっ!」
「いや、愛ではないから相思相好だな」
「じゃあ、相思相好だね!」
「そうだ、相思相好だ!」
「では、お返しはホワイトデーということでいいだろうか?」
「うん!」
2月14日、誰が何も言わなくても分かるバレンタインデー。俺にとってトラウマ(自業自得)の1つである。
今世では、もう甘いものは口にしたくない。
しかし、悟君がせっかくくれる物を受け取らない、食べないは俺が許さない。ここは我慢して食べるしかないだろう。
「グラウザーは甘いものは嫌いって聞いたから、カカオ100%のチョコにしたんだ!」
「悟君、君は天使だ」
俺は目の前にいる天使の頭を撫でる。まさか、男で天使が存在するとは思わなかった。
「ええ!? そうかなぁ?」
「ああ、保証する」
目の前の天使は、照れながらも笑顔になる。
「悠人さん」
「春妃さん、どうした……んですか?」
「いえ、これっぽっちも気にしていませんよ。えぇ、何も問題はありません。私のよりチョコが大きいなどと大人気ない事を考えていませんから」
「めっちゃ考えてるじゃないですか」
悟君のことになると、嫉妬の念を露わにしながら微笑む春妃さん。いつかこの人に刺される日が来るのではないかと思ってしまう。
「グラウザー、グラウザー! ほら、今日はゲームに付き合ってもらうからねっ!」
「分かった、分かった」
「さあさあ、早く早く!」
悟君に強引に引っ張られ、家内へと案内される。
悟君がわざわざ俺の手を引くのは一度迷ったことがあるからだ。今の俺は東堂家のトイレの場所ぐらいしか把握することが出来ていない。
そして、ある一室に案内され、テレビの前に座る。俺が座ると、悟君は俺の膝の上に座り、背中を預けてくる。
「グラウザー! 僕はゲームも得意だからね!」
「俺も得意だぞ」
「大した自信だね! その言葉、粉砕するよ!」
「……ふーん」
結果、
「グラウザー、嫌い」
「まぁ、うん。接待しないからね、しょうがないね」
「鍛えてるだけかと思ったら、意外とゲーマーだった」
「悪かったな、脳筋じゃなくて。だからって、腹パンするのやめてくれ」
負ける度に、悔しさを含んだ無言の腹パンを数発打ち込んでくる。子供の可愛い行動と思ったら、結構強く打ち込んでくる上、狙いが全て水月。
相手が俺であることから、加減も躊躇いもない。
結構痛い。
「ぬぬぬ、悪は滅ぼさないと」
グラウザーは敵サイドではあるけれど、悪ではない。
「では、私が敵討ちを」
「よしっ、お母様! やっちゃえ!」
「悠人さん、貴方を潰して差し上げます」
「春妃さん、根に持ってますね」
「ええ、もちろん」
結果、
「嘘、強すぎ」
「まぁ、愛の力には勝てません」
いや、どう考えても私怨でしょ?
敗北者となった俺。
結構やり込んでいたので、負けると普通に悔しい。そう思っていると、悟君が顔を上げて、こちらを見ていた。てっきり、喜んでいると思ったのだが。
聞いてみると、
「グラウザー、何で僕と会う時は仮面つけてるの?」
と、質問される。
「悟君がグラウザーと呼ぶからだよ」
「あっ、そっか。中の人バレちゃうもんね!」
「いや、悟君が名前を呼んでくれるなら付ける必要ないんだよ」
仮面を付けようが付けまいが、悟君はグラウザーと呼ぶ。彼は外出しているところをよくパパラッチされる。そんな中グラウザーと呼び、過ごす者がいれば、確実に正体が世間にバレる。それは避けたい。
「木下も、悠人も、僕からしたらしっくりこないんだよ」
「なんて失礼な。悪い子だな」
「そだよー!」
無邪気で屈託のない笑顔で言うものなので、手に持っていたコントローラーを置き、悟君の両頬をつねる。
「いひひひ!」
それでも悟君は笑い続ける。俺はそれにつられて、仮面の奥で笑みを浮かべる。
そして、春妃さんはそれを微笑ましく見ていた。
親子か、兄弟か、はたまた夫婦とその子供か。知らない者がその様子を見たならば、誰1人として疑うことはないだろう。




