60 再走 前
「ああ……」
気温の低い外の中、俺は例の格好をして準備をしている。
この日の為に学校を仮病で休まなければならないという事実に溜息を吐きながら。
まさか、こんな早くに達成してくるとは思わなかった。予定としては1年後くらいだと思っていたが、半年で達成されてしまった。
しかし、不幸中の幸いに今回は追う側ではなく追われる側だということ。つまり、逃走者。
少しは楽になるだろう。
とは思いつつも、ライバルが登場したことに、嬉しく思う自分がいる。
「にーちゃ、頑張ってね!」
家を出る時に、優奈が笑顔で応援してくれた。
テレビなどあまりには出ないと約束したはずだが、守れていない事に関して何も言ってこないあたり俺に気を遣っているのだろう。
帰ったら、うんとあまえさせてあげなくては。
「ああ、行ってくる。ちゃんと、煽って心をへし折ってくるよ」
「うん!」
「物騒な会話しないで」
明日香のツッコミを他所に俺は迎えの車へと乗り込む。
「悠人君〜、おまたせ〜」
「さぁ、行くわよ」
そして、今回も玲奈さんと、美雨さんが同伴です。
〇〇〇〇
会場に向かうと、
「あの、今日はこの衣装とこれ付けてもらえませんか?」
「えっ? あっ、これなんですね」
まるでこの日のために用意してきたと言わんばかりの衣装。
何処かで見覚えのあるような気がした。直感的にグラウザーに精通するもの。それもそのはず、それはゲームにおいてダウンロードコンテンツによる衣装及びアクセサリーの1つだったからだ。
コンセプトは、サイボーグ。
その為、全体的に衣装は機械仕掛けの様なデザイン。しかし、その中でも特に眼を見張るのは、右手だけに装着する長く細い五本の鉤爪。しかも、それは指にはめるタイプ。
「今回はグラウザー君には視聴者サービスで多数決に選んだ衣装を着てもらうということにしたんです」
「まぁ、事前に聞いて了承しましたけど、これ絶対重いですよね」
「大丈夫です、総重量は10kg以内にしてありますから」
何が大丈夫なのか聞きたい。
「とりあえず、付けてみましょう」
「まぁ、はい」
衣装は更衣室で着替え、鉤爪を付ける。
いざ着けてみるとあんまり重くは感じず、着け心地も悪くはない不自由なのは鉤爪のせいで指の第一、第二関節が動かせないことくらい。
周りに少し離れさせ、乱暴に腕を振るうがずれることはない。鉤爪にはめた指も問題はない。
「後、腕の部分に青のスイッチがあります押してみてください」
スタッフの人にそう言われ、試しに青のスイッチを押す、
鉤爪部分が青く発光した。
「いや、使いませんよねこれ」
「でも原作を忠実に守る為に必要なんです! 凄くかっこいいですよ!」
確かに原作でも光ってたけれども。
「でも、これ付けてたらフェンス登れないんですが」
「今日は逃走者なので、登らなくてもいけるかと」
「……まぁ、適当にしますよ」
「はい、よろしくお願いします」
一通りに今日の番組の流れを聞く。俺は前のように普通に最後に入場するだけでいいと言われた。
そして、番組の始まる時間に合わせ移動する。
「悠人君〜、凄く似合ってるよ〜」
「うーん、もうちょい身長が欲しいわね」
「玲奈さん、ありがとうございます。だが、美雨さん見てて下さい。身長なんてあっという間に伸びてみせます。目標は190越えですからね。 将来、お二人を余裕で肩に抱えるくらいにしてやりますよ」
「「まぁ、楽しみ」」
あっ、信用してねぇ。
「いた! グラウザー!!」
声をする方へと目を向けると、1人の少年と貴婦人が。言わずもがな、悟君と春妃さんである。悟君は、俺に向かって走りそのまま抱きついてくる。
相変わらず会ったらハグである。
「やっぱり来ていたのか?」
「当然だよ! あっ、その鉤爪ってもしかして!」
「そうだ、今回はこれらしい」
「わぁ〜、カッコいい!」
俺は鉤爪の付いている指を開いたり、閉じたり、不規則に動かしたりする。
それを見て、悟君は目をキラキラさせている。
「さらにこんなこともできる」
ボタンを押し、鉤爪を光らせる。
「うわぁ! すっごい!」
……やっぱり、この機能いるな。
「ありがとうございます。悠……グラウザー」
「いえ、春妃さん。俺も悟君には楽しませてもらっています」
「ねぇねぇ、僕もそれ欲しい!」
「重いぞ、これは」
ゆっくりと悟君の頭の上に右手を置き、重さを体感させる。
「ぎにゃ」
案の定、鉤爪の重さに耐えきれず少しずつ頭が下がっていく。
これは無理だな。
「まだ、悟君には早いな」
「うー」
悟君は不満そうな顔をする。
そんな彼の頭を撫でてやる。
「グラウザ〜、もうそろそろ時間〜」
「分かりました。じゃあ悟君、行ってくるよ」
「うん、頑張ってね!」
「ああ」
「期待していますよ」
「はい、お任せを」
さて、行きますか。
〇〇〇〇
『さて、お待たせ致しました! グラウザーの登場です』
番組を見ている者、実際に見に来ている者、逃走者として参加している者。そして、ハンターをする者。誰もがその姿を現わすのを待っていた。
男性でありながら、女性にも負けず劣らずの身体能力を有する。
そんな男が……
「……」
現れた。
今回は逃走者。
だと、いうのに終わった後はまたハンターをしてくれるのではないかと期待をする者もしばしば。
しかし、そんな事よりも、
「お前、俺を舐めてんのか!」
ハンターをする者が怒りの声を上げる。
彼が見たもの、それは右手に付けている地面に届きそうな長い鉤爪。
フェンスは前のように素早く越えることは難しく、それなりに重量もある。
ハンデ、舐めプ。そんな言葉が男の頭の中によぎる。
明らかに自分を舐めているではないか。
「さっさとやるぞ」
しかし、彼は気にする様子もなく話を進める。
子供には優しいが、それ以外には厳しい。
それがグラウザーのイメージである。
まぁ、中身を知ってたら、「あっ、悠人君が珍しくイキってる」くらいであるが。
「ああ、それとよろしく頼むぞ、綾瀬。見ていたが、それなりに鍛えているようだ。だが、俺は他とは違うということは……分かっているだろう。お前のナイスランを期待している」
「えっ? あっ、おっす!」
「俺はお前の先輩ではないんだがな」
しかし、急に態度を改め、今回ハンターをする綾瀬という男にグラウザーは好意的な対応を見せる。
舐めていると思いきや、自身の名を覚え、好敵手として扱い、且つ期待を抱いている。
「勘違いさせてすまない。これは今付けているだけでゲームでは外すつもりだった。俺も全力でやりたい。数分、10分、ゲームが終わるまで存分に」
「あっ、ああ、頼む。俺もそれなりに鍛えた。ゲーム終了まで諦めないからな!」
「良い、それでこそ来た甲斐がある」
そんなグラウザーの態度に男は先程の怒りを忘れる。対抗心、憧れを抱いた者と正々堂々の勝負ができる。それに燃えない男はいない。
周りを置き去りにしたまま、2人はお互いの健闘を祈るように固い握手を交わす。
そして、ゲームが始まる。




