58 雪と男と女 中
猛吹雪のため皆が泊まることになった。
今回で2度目になるが、前とは違い明日は学校がある。しかし、この吹雪が続くのなら明日の朝に休校の連絡が来るだろう。
前回のお泊りの違いは、仕事を早上がりしたため真夏がいるということ。
まぁ、前回も何もなかったし、何も起きないだろう。
しかし、だが、まぁうん。
「あぁ……こたつ。温かいですぅ」
マリアにはカルチャーショックだったみたい。
マリアは、こたつの魔力に侵され、だらけている。チャームポイントである縦ロールはそのだらけさを表しているのか真っ直ぐに。そして、へにゃあ、という効果音が聞こえそうな程に顔を緩ませながら、両腕を枕にして上半身をテーブルに預けた。
「あっ、悠人君は初めて見るよね。マリアちゃんは、こたつに入るとこうなっちゃうんだよ?」
「へぇ、そうなのか」
いつもしっかりしているマリアが、今はぐうたれている。こういう一面もあるのかと少し微笑ましい気分になる。
「……すぅ」
そう思っていると、マリアは目を閉じて寝てしまった。
寝てしまったマリアを直ぐに起こすというのは、さすがに気がひける。なので、しばらく放置しておく。
「顔に落書きしよ!」
「やめなさい」
いたずらしようとする優奈を止める。
しばらく時間は経ち、
「これが赤ちゃんだった頃の悠君!」
‘’可愛い!!’’
恥ずかしいので、俺が居ないところでやってくれませんか?
リビングのテーブルの上には、真夏が持ってきた俺の幼い頃の写真。俺以外の皆はそれを取り囲み、俺の幼い写真を見るたび黄色い悲鳴をあげながら見ている。
一応、まだマリアは寝ているまま放置している。
「悠君は、ただの可愛い赤ちゃんじゃない。本当に他よりも頭一つ以上も抜けた可愛さがあった赤ちゃんよ!」
あの頃のことは全て今でも思い出せる、と自信満々に言う真夏。 言ってしまえば、真夏と俺だけの思い出話。それは、自慢話にもなる。
「俺、自分の部屋行ってるから」
全員に一声かけてから、自室へと向かおうとするが、誰かに服の背中部分を掴まれた。
「お兄さん、何処に行くんですか?」
早苗ちゃんが微笑みながら言ってくるが、その中に絶対に逃がさないという意思を感じる。
どうやら逃げることは出来ないようだ。
更には、優奈が服の中に入ってきた。妹の特権だからね特権、と自慢げに言いながら。
「ふがふが、……ふごぉっ!」
息を詰まらせた。
なので、諦めて輪の中に入り、俺の幼い頃の写真を見る。自分で言うのもなんだが、可愛い顔をしている。
赤ちゃんは誰だって可愛いと思える。だが、それだけしかない。
「悠君、生まれた時は体重が足りなくて、夜もおっぱい飲んでたんだよ〜♪」
おい、皆してこっち見んな。
しかも、それが原因か!と何か納得しているし。違うからな、それのせいで巨乳好きになったんじゃないから。
ていうか、そもそも巨乳が好きってわけじゃないからな?
でも、仕方ないだろ。飲まなきゃ死んじゃうんだから。
そして、写真を一通り見終わった後、
「ついでに、ムービーもあるのよ! 悠君の可愛い姿をバッチリHDで!」
おお〜!! と場は盛り上がる。
しかし、見られるのは当然俺の赤子や幼い頃であるので、複雑な気持ちを隠せない。
『まんなー』
『まーな』
『まんまー』
『違うよー、まーな』
『まーなー』
『そうよ! まーな!』
『まーな』
『ああ、さすが私の悠君! 天才!』
懐かしいな。喋れるようになった時、ママと呼ぼうとした時に、真夏と呼ぶよう言われた時か。いきなり、真夏と呼ぶのは不自然と思ったので、何回かわざと間違えたんだ。
まさか、その光景を撮られていたとは。結構離れているし、真夏も少し映っているので、看護婦の人に頼んだのだろう。
pipipi!
「ん? あ、俺だわ。ちょっと出てくる」
皆から了承を取り、席を外す。
話し声でうるさくならないように、リビングから出て自室へと向かう。
相手は、夜々ちゃん。
『こんばんわ、ゆーとさま。いまなにしてた?』
『こんばんわですわ、悠人様! 』
夜々ちゃんだけかと思っていたが、珍しく花香さんも一緒にいるらしい。多分、あちらではスピーカーにして聞いているのだろう。
「こんばんわ、夜々ちゃん、花香さん。今は、俺の幼い頃のムービーを見てた」
『……』
「どうした?」
『ゆーとさま、もしかしてマリアさんとかいる?』
「いや、皆いるよ」
『悠人様! 何で私も誘って下さらなかったんですか!?』
「いっ、いや、遊びに来たけど猛吹雪だからしょうがなく泊まりに……」
『ゆーとさま、わたしのこときらい? だから、まいかいわたしだけなかまはずれ?』
なんたる失態。夜々ちゃんにそんな心配をさせてしまうとは情けない。
電話越しに鼻をすする音が聞こえる。俺としてはそんなつもりは全くなかったのだが、ここまで重なるとそう捉えざるを得ない。
「そんなことないさ! 俺は夜々ちゃんのこと大好きさ。ただ、偶然が重なっているだけだから。そ、そうだ、冬休みに泊まりに来ればいい。一緒に食卓囲んで、遊ぼうじゃないか!」
『ほんと? いっしょにおふろにはいって、ねてくれる?』
「ああ、いいとも! 夜々ちゃんのしたいことをさせてあげよう」
『やった!』
『ずっ、ずるいですわ! 私も、私も泊まりに行ってよろしいですか!?』
「もちろん、来るといい」
『やりましたわぁ!』
ここで花香さんを仲間外れにするのも、また別の問題が起きそうだからな。
「泊まりに来る日を決めたら連絡して欲しい。ちゃんと空けておくから」
『ん、おせわになります』
『お世話になりますわ』
「まぁ、毎度のことながらうちにはあまり面白いもの置いてないぞ?」
『ゆーとさまが居れば、まんぞく』
『そうですわ! 悠人様が居て下されば何の問題もありません!』
「そうか、それは男冥利に尽きるな」
嬉しいことを言ってくれる。
彼女達が泊まりに来た時満足出来るよう俺も頑張らないとな。
「じゃあ、今夜は誰から話をしようか」
『今日は悠人様から話を聞きたいですわ』
「ん〜、何の話をしようか」
『悠人様、風の噂で聞いたのですが、甘いものが苦手なのですか?』
「……まぁ、そうだな」
『どうして苦手なのかお聞きしたいですわ!』
「言っておくが、誰にも言うなよ? 広めて欲しい話じゃないから」
結局のところ、自業自得だった訳だしな。
『分かりましたわ』
『ん、わかった』
「あれは、俺が小学1年の時……」
〇〇〇〇
「お兄さん、遅いですね」
「まぁこの時間帯だと、夜々ちゃんからだと思うよ」
早苗の発言に、里奈が答える。
基本的に夜々との電話は、早ければ数十分で終わり、遅ければずっと話しているというのが当たり前。
彼女達は、運良く猛吹雪に襲われたため、彼の家に泊まれた身である。なので、彼の日常の妨げにならないようにするというのが、彼女達の総意。
「悠君は、昔も今もアイドルしてるのよね」
しかし、今は真夏の話に耳を傾ける。
「にーちゃが赤ちゃんだった頃も?」
「そうよ、視線に鈍感だったのか誰に抱かれても笑っていたから、私が病院に居ない時はいつも誰が抱くか争っていたらしいの」
「へぇ、今とあんまり変わらないんですね」
「そうなの、明日香ちゃん。でも、あの子は私が居るのが分かると、私の元へ来ようとするの」
‘’なるほど、今も変わらずマザコンなんだ’’
全員の心の中でそう思った。
「そうよー。愛されるよう頑張りなさい〜」
真夏は、自分が1番愛されていると自信があるので余裕がある。
「私も、私もにーちゃに愛されてるよ!」
張り合うように、自分もと名乗り出る優奈。
他は大事にされているのは分かっているが、好きや愛しているなどは言われていないので、羨ましいという気持ちでいっぱいだった。
「ふえへへ、悠人様の体は温かいですぅ」
1人を除いて。




