55 緊急要請
「悠人君、ごめんね〜。折角の夏休みなのに面倒な事させて〜」
「いえ、玲奈さん。これは俺の自業自得ですので、気にしないで下さい。それに夏休みは大体時間空いているので平気です。後、グラウザーと呼んでください」
「え〜? まだいいと思うんだけど〜」
「いえ、徹底的に隠し通します。せめて高校生になるまでは正体を晒したくありません」
(徹底的にやった結果、どうしようもない失敗しているんだけど〜。まぁ、黙っておこうかな〜)
今回の俺はグラウザー。
木下悠人? そんな奴知らん、俺はグラウザー、誰が何を言おうとグラウザー。
俺はグラウザーの格好で楽園逃走に出演した。そのおかげもあり、グラウザーが登場するホラゲの売上がうなぎ登りとなった。
しかし、俺は楽園逃走にてペラペラと喋ってしまったので、声が違うとクレームが入ってしまうのではないかと心配になった。というか、Twi○terのトレンドで声優が違うと上がっていた。
その事については、リブシスの社長さんに事前にアテレコして欲しいとお願いされ、俺はそれに了承。
それをDLCとして配布したことにより収まった。
そして、現在夏休みに入り、リブシス兼玲奈さんから緊急要請。
内容は、グラウザーを出せ。
は?
一時的に思考停止に陥るのは無理なかった。
それだけなら俺が出る必要がない。しかし、問題なのがそれを言っているのが、男という事。それも多数。
楽園逃走のせいで、グラウザーに憧れや、対抗心を抱いたのだろう。しかも、またいつ出るか分からない。そんな中黙って茶の間で待つのも嫌だと。
下手に刺激して会社に凸られるのも困るというわけで、イベントを開催する事にしたらしい。
そんなこんなで、俺がリブシスが開催するイベントにグラウザーとして参加。
握手会と聞いている。男性限定ということもあり、数千人は集まるだとか。
えらく人気だ。
この時点で俺は察した。グラウザーとして活動はこの先も続くのだと。
負ければ辞めれそうだが、あの時既に本気見せた以上、手を抜いたら直ぐにばれるだろう。完全に詰んでいる。
因みに、このイベントはテレビで放送されるらしい。数千人の男が集まるイベントは、もうこの先無いくらいと言われているくらいらしいから。
「えっとね〜、悠人君。まずは、握手会からね」
「了解でーす。美雨さんもグラウザーで統一して下さい」
そして、休日で暇だからと美雨さんは保護者兼マネージャーとして来て下さった。
「ふふふ、何だかアイドル活動しているみたいね」
「えっ、グラウザーと木下悠人でメディア出たら俺過労死しますよ?」
「大丈夫、スケジュール管理は任せて!」
えっ、まぁ、うん、仮にその時が来たらよろシャス。
「しかし、普通ここまで人気になりますか? グラウザー」
「まぁ、あそこまで暴れといて目を逸らしてくれる程世間はあまくないわ」
さっさと俺を負かしてくれる相手が来てくれることを願おう。
握手会が進む。
来た人は、ほぼ10代やそれ以下ばかり。幼いボーイズ達は握手の代わりに肩車や。写真をお願いしてくる人が多かった。中には抱きついて良いですかと言われた。
……君はホモか?と疑いたくなった。
しかし、ふと考えれば、女性同士が抱き合うというのは、前世では全く不自然な事ではない。憧れの先輩や仲のいい同級生……俺の場合は憧れの先輩のようなものなのだろう。明らかに年下だが。
それに、断ろうとすると、捨てられた子犬みたいな表情をしてくる。
だから、OKした。
その後、美雨さんと玲奈さんの視線が何故か怖く感じたのは気のせいとしよう。
しかし、それだけで終わらないのが握手会。中には啖呵を切ってくる人もいた。
わざわざ会いに来てまで言いたかった事なのかという疑問を口には出さず、
「ふむ」
「そうか」
「努力しろ」
と簡潔に冷淡に。
相手の対抗心をより強くさせた方が相手にとって都合が良いだろう。
そして、
「グラウザー!! 来たよっ!!」
悟君との再会。
自分の番が回ってくると、俺に向かって飛んで抱きついてくる。
俺はそれを受け止める。躱すなんてとんでもない。
「まさかこんな形で再会とは」
「えへへ、お母様の言う通りになったね」
「というと?」
「グラウザーは優しいから、リブシスに問題が起こると直ぐに何かしら対策を取るって」
「そうか」
「後、僕良い子にしてたよ!」
「おお、偉いぞ」
彼の頭を撫でる。前から思っていたが、友達というより、弟ができた気分だ。
人懐っこさは優菜と引けを取らないな。
『時間です』
そうしていると、アナウンスが聞こえた。そろそろ、次の人の番へと回る時間となった。
「さあ、降りてくれ。次の人の番だ」
「ううう……、まだ一緒に居たいよ」
「なら、また俺が遊びに行く」
「えっ、本当!?」
「本当だ、約束する」
「うん、約束! 破ったら針千本だよ!」
「分かった」
指切りを交わす。
悟君は、一瞬沈んだ気分が上機嫌に変わっていき笑顔を見せる。
そして、そのまま手を振って別れを告げる。
「またねー、グラウザー!」
「ああ、また」
俺も手を振り返す。
彼が背を向けた後、俺は手を下ろし、次の人に対応する。
「グラウザー! 僕も抱っこして!」
「いいとも、よく来たな少年」
一応ホラゲのキャラだが、この対応で間違っていないよな?
『いや〜、大変なイベントとなりましたね。まさか、あの茶の間を驚かせたグラウザーの握手会だなんて』
『しかも、数千人もの男性がグラウザーに会うためだけに集まったというのも驚きです。ここまでの人気になるとは誰も予想はしないですよ』
『ですが、今回の握手会の中でも東堂春妃様の御子息であられる東堂悟君との仲は微笑ましいものでしたね〜』
『何というか、兄弟と思わせるような間柄でしたね』
『悟君はグラウザーの中身と既に知り合いなのでしょうね』
『まだまだ、謎のグラウザー。これからの活躍を期待したいです』
「やかましいわ」
誰も居ないリビングで、そう呟いた。




