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51 少年と会った

 

 約束の日曜日、天皇であられる東堂春妃さんの息子、東堂悟君に会う。


 グラウザーとしてなので俺の素顔は一切彼が知る事はないだろう。春妃さんにもそう頼んでいる。だが、春妃さんが知り得ることが出来たのだから彼もいずれ知る時が来るかもな。


 いや、もう知られている可能性があるかもしれないな。


 しかし、考えてみると世界一の貴族、世界二位の貴族、果ては天皇か。


 俺の人脈がヤバいことになってる。



 そんなこと考えている時間じゃない。



 現在、俺は東堂春妃さんが迎えに来た車に乗らせてもらっている。

 そして、俺の正面に座っている婦人、基、東堂春妃さん本人がいる。聞けば、俺の安全の為に自らお迎えに来て下さったのだ。


 その事に関して俺は感謝を伝えるが、春妃さんは今回のお願い事は自分の我儘でもあるのでこれくらい当然、と仰って下さった。


 春妃さんの自宅に着くまでの間、俺は春妃さんに色々質問された。


 どうして番組に出ようと思ったのか、どうやってあそこまで鍛えたのか、腕の筋肉触ってもいいか、など。


 最後ちゃっかり触ろうとしているのは笑ってしまった。


 断る理由もないので触らせた。春妃さんはまさか触らせてもらえると思っていなかったらしく動揺していた。でも、やっぱり普通に触った。


 ふぉぉ、これが男性の筋肉……と面白い反応が見れた。


 その後、俺の存在は政府も認知済みだということを聞いた。

 やはり俺の応募が届いた時、待ってましたと言わんばかりに運営は俺を採用したらしい。



 では何故、政府に俺の事が知られているのか?



 考えれば直ぐに分かる事だった。それは俺が学校に通っているからだ。


 忘れてはいないだろうか、男性の義務教育は中学から。だが俺は小学校に通っている。


 教育委員会が知らないはずがないのだ。

 教育委員会からの連絡により、直ぐに政府は俺に目をつけた。そして、俺の身の安全や行動調査をするよう学校に命令を下したらしい。


 貴重な男性。しかも幼い子供が襲われるかもしれないのに黙ってそのまま放置とはいかない。


 更に問題起こせば即退学とされていたが、俺の素行は良過ぎたらしく俺が2年生の時にはその話は水に流されてしまったとか。


 俺はそれ以上は聞かなかった。というか聞きたくなかった。それよりも凄く胃が痛くなった。


 そして、最後に春妃さんは、



「そういえば、……総理もお知り合いになりたいと言ってましたわね」



 爆弾を放った。



「そうですか、機会があればお会いしましょうと伝えておいて下さい」



 俺は唯、社交辞令を言うしかなかった。






 東堂さんの自宅に着き、グラウザーの格好に着替える。

 その後、春妃さんに悟君まで案内される。


 てっきりサプライズするだろうと思っていた。だが、もう会う事は確定しているから、勿体ぶらずに直ぐに会わせた方がいいと春妃さんに言われた。



「悟、グラウザーを連れて来ましたよ」



「わぁぁ! ほんとだ! 本物のグラウザーだ! ねぇねぇ抱っこして! 抱っこっ!」



(何故一目見て分かるのでしょうか? やっぱり視線? 視線なの?)

 と東堂春妃は思った。


 悠人も、警戒もせずに何のためらいもなく近付いてくる東堂悟に驚いていた。しかし、直ぐに対応する。


「ああ、それより申し訳ない。俺の我儘で日にちをずらしてしまって」

「ううん、ちゃんと来てくれたもん! 僕良い子にして待ってたよ!」

「そうか、なら今日はたくさん遊びに付き合うぞ」

「えへへ、やったぁ! じゃあ早速外に行って遊ぼっ!」


 悠人は東堂悟を抱っこしながら外へと案内される。





 そして俺は悟君と羽根突きをしていた。


 うん、羽根突き。正月にやるやつ。形式はバトミントンに近いかな。


 悟君は羽根突きが好きなんだって。だから直ぐに羽根突きをする事になった。


 羽根突きは基本的にラリーが主なので、危ない遊びではない。



 そう、ラリーであれば。



「てあ!」



 なのに、悟君は思いっきりスマッシュ打ってくる。なら俺もとはいかず出来るだけ山なりに打ち返して、悟君が打ちやすいようにするだけ。


 言っておくが、羽根突きの羽根はバトミントンのシャトルよりも先端が硬い。



 生身に当たったら凄く痛いのだ。



「悟君、羽根突きはラリーをするゲームだぞ?」

「えっ? ラリー出来てないの!?」

「出来てはいる。でも羽根はもう少し優しく打つんだ。下から掬い上げるように打つ」

「ヘぇ〜、お母様や皆何も言ってなかったからこれでいいと思ってた!」


 多分、楽しそうにしている君を見て違うと言えなかったんだろうな。


 しかし、今の俺の話を聞いて直してくれ……


「でもグラウザーなら平気だよね! 本気でいくよ!」



 なかった。



「俺以外の男の人にはするなよ? 凄い危ないから」

「うん!」


 返事だけは良い。


 しかし、大丈夫だろうか。羽根を返す時の羽子板から発せられる音のせいで、使用人の人達が俺と悟君の周りを囲っている。しかも、目線が俺と悟君に向かっている。


 大丈夫だろうかと心配しているのだろう。だが、貴女方が心配している原因は、彼にちゃんとしたルールを教えていないからですよ。


 俺が山なりに返しているお陰で俺が全てのスマッシュを打ち返す羽目になる。



「俺の負けだ。流石だ、悟君」

「わぁーい! グラウザーに勝ったっ!」



 しばらくラリー?を続けていたのだが、俺のミスにより羽根はあらぬ方向へ飛んでいく。


 当然ラリーを途切れさせた俺の負け、それを悟君に伝える。


 喜びのあまり悟君は何回もジャンプしている。その反応を見ていると、将来女性嫌いになってしまうとは微塵も思えない。


「ねぇねぇ、次は肩車!」

「ああ、任せろ」

「あっちに庭園があるから次は散歩しよ!」

「案内を頼む」

「うん!」


 肩車をしながら俺は歩を進める。



(生まれた時からお仕えしている私でさえ、肩車をねだられなかったのに……)



 何処かでジェラシーを感じている召使いの事など知る由もない。






「グラウザーは女の人怖くないの?」

「……どうしてそんな事聞くんだ?」


 肩車をしながら庭園を案内されながら散歩をしていると悟君が急に聞いてきた。


「お母様が言ってた。女は狼だって、僕は狙われる存在だって。最初はそんな事ないと思ってたけど、沢山の人が僕を見た時お母様の言ってた事は本当なんだって思った」

「……」

「凄く怖かった。僕どうしたらいいのかな?」


 女性に対する恐怖から嫌うパターンか。怖いからあえて距離を取らせるようにする。


 なるほどな。だが、それに関してはどうしようもない。それが出来ればこの世界の男は苦労しない。


「酷な事かもしれないが、それに関しては俺にも分からない。極端に少なく貴重な男性、異性を求めるのは女性としての本能だから仕方ないのかもしれない。俺も女性に囲まれている生活を送っているが、数年一緒にいてもそういう目で見られることは多々ある」

「そうなんだ」


 襲ってこないよりましと俺は思えるから気にしてはいなかった。しかし、それは俺が前世の記憶を持っているからこそ。


 普通なら怖いと思って当然なのだ。



「……悟君、君のお母さんは何故女性は狼と、君は狙われる存在だと忠告したと思う?」

「えっと、危ない……から?」

「そうだ、俺達男性は女性よりも力が弱い。君と同い年の子でもその気になれば無理矢理にでも押さえつけることができる。じゃあそうならないようにどうするか。まず君が女性を警戒することだ。君のお母さんはそれをして欲しいんだろう」

「でも、何で?」

「召使いの人やお母さんはいつも君の側にいるわけじゃない。自分の身を守るのは結局のところ自分なんだ」


 俺は初めて人前に出た時を思い出させるように悟君に言う。


「人前に出た時、君は怖い思いをした。だから、その恐怖を忘れず安易に女性を信じない事だ。人はその気になれば、容易に良い人を演じられる。まぁ、君が怖いと思った人達は既に行動に出ていたから分かりやすかったろう。だが、頭の良い人は顔に出さず、君の心に付け入り、言葉巧みに誑かす」


 それを聞いて、悟君が震えている。

 悪いとは思うが、何も知らないでいる事が本当に恐ろしいのだ。だから、今のうちから言っておく。


「でも君には大事に思ってくれている人達がいる。君のお母さんや召使いの人達がそうだ。今はその人達の話を聞き、行動してみるといい」

「……」

「……お母さんやその人達が嫌いか?」

「そ、そんな事ない! 僕は皆大好きだもん!」

「なら、信じるんだ。警戒することも大事だが、信じることも同じくらい大事だ」

「分かった、僕皆大好きだから信じるよ!」

「ああ、それが一番だ」


 ふむ、俺が出来ることはこれくらいかな。後は、あの人達次第。


「後知ってるか、今の大人の男性って家にずっと引きこもっているのが大半らしいぞ。女性が嫌いだから」

「ええ〜! ずっと家にいるのってつまらないじゃん! 外で遊んでた方が良い!」

「そうだよな」

「でもグラウザーのお陰で運動する人増えたらしいよ!」

「マジかよ」


 ああ、手を抜くべきだったかな。




「ねぇねぇ、グラウザーの素顔ってどうなってるの?」




 夢がない少年だこと。


「お母さんに教えてもらうんだな」

「ええ〜! 僕はグラウザーに見せてもらいたい!」

「はぁ、じゃあ降りてくれ」

「わーい」


 俺は悟君を下ろす。そして、仮面を外す前に一言言っておく。


「あまり期待するなよ」

「大丈夫! 片目部分に傷があるとか、オッドアイとか全然期待してないからね!」

「期待してるじゃねぇか」


 仮面を外し、悟君に素顔を見せる。


「ほえ〜、あっ! 直ぐ被んないで!」

「駄目だ」

「なら僕が外す!」

「なら俺は逃げよう」

「ずるい! 僕勝てないよっ!」

「じゃあ諦めるんだ」

「よしっ! じゃあ皆を呼ぶねっ!」


 あっ、女性呼ぶとか汚ねぇ。






「グラウザー、今日はありがとね!」

「どういたしまして。君が楽しめたならこちらとしても嬉しい」


 あの後、普通に5、6人くらいの召使いの人達に追っかけられて、捕まえられて仮面を剥がされました。

 ていうか、剥がしたんならもう本名を名乗った方が良いのではないかと思った。だが、悟君が聞いてこなかったので言わなかった。


 そして、もう家に帰る時間。


「ねぇねぇ、また会える?」

「会えるさ」

「テレビに出る?」

「出たくないさ」

「何で?」

「面倒だし、まだ知り合いとランニングしている方が充実するからな」

「ええ〜、出てよ!」

「誰かがあの条件を満たしたらな」

「でも、もし出たら僕絶対見に行くね!」

「そうか、じゃあその時は頑張らないとな。……またな」

「うん、またねっ!」


 俺は悟君の頭を軽く撫でて車に乗る。車窓を覗くと悟君が笑顔で手を振っている。俺は手を振り返す。




 悟君、良い子だったな。




 車窓から見える景色を見ながら、俺はそう思った。












「ねぇねぇ、お母様! グラウザー凄く良い人だった!」

「そう、良かったわ」

「あとねあとね、僕女の人は怖いけどお母様と皆が大好きだよ!」

「そう、ありがと。私も悟が大好きよ」

「じゃあ、将来結婚しようね!」

「……」

「お母様? お母様!? 誰か、お母様が!」

「……ふにゃあ」



 後に、彼は自分の信頼のおける女性達と結婚して幸せな生涯を送るのだが、それはまた別のお話。




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