閑話 彼の苦手なもの
ある日、木下優菜は1人のクラスメイトにある事を聞かれた。
「にーちゃが苦手なもの?」
「うん、優菜ちゃんなら知ってると思って」
彼女の兄、木下悠人。
異常な価値観を持っている男。その価値観は優菜や彼の母、木下真夏にも理解出来ないことが多い。
しかし、整った顔、非の打ち所がない性格と社交性。それらによって、絶大な人気がある。
現在は、メディア出演しているアイドルよりも人気となってしまっている。
彼女のクラスメイトが知りたいのはそんな男の苦手なもの。
ファンクラブにも苦手なものは載っているが、夏の暑さと蜂と書かれているだけ。
いや私も苦手だわ、と思った人は大勢いたそうな。
彼の公式ストーカーである柳田。一部の人が彼女に聞いても、「この話題は触れない方がいいわ」と返されたらしい。知っているが答えたくはない、そんな感じだったと聞いた人は言っていた。
だが、知りたいと思った以上、その好奇心を抑えることは出来なかった。なので、妹である優菜なら知っているのではないか。そう思いクラスメイトは彼女に聞いていた。
「うーん」
聞かれた優菜は頭を悩ませる。
本当に苦手なのかな? と。
優菜は兄の苦手なもの、それは甘いものではないかと思っている。それは兄がまともに甘いものを口にしている事は見た事がなかったから。
自分にケーキやクッキーを作ることはあったけれど、一緒に食べるのではなく、食べているところを見ているだけ。食べるとしたら自分が兄に「あ〜ん」と食べさせる時。後は誕生日ケーキだけだった。
そういえばあの日以来見た事がないな。
……あの日は確かバレンタインデー……あっ!
優菜は答えを得た。
「ごめん、ちょっと分からない。聞いてみるね!」
しかし、仮に間違えていたら嫌なので、とりあえず返事は保留にしておく。
優菜は後日柳田へ聞きにいく。ファンクラブを管理しているかつ、ストーカーである彼女なら知っているのではないかと思ったからだ。
この話を兄にしないのは、聞いてもはぐらかされるだろうから。
放課後、優菜は新聞部に行き。柳田に兄の苦手なものを聞いていた。それも、ストレートに甘いものが苦手なのでは?と。
柳田は少し考えて話し出す。
「バレンタインデーが原因なのは間違いないはずよ」
柳田は語る。
バレンタインデー、世界各地のカップルが愛を誓う日とされている。しかし、日本では女性が友人、憧れの人や好きな男性にチョコを贈るというもの。
もちろん、男性との出会いが極端に少ないこの世界の女性はバレンタインデーが訪れたとしても「あっ、チョコ安い買っちゃお」程度くらいの反応。しかし、男性が居れば別。その気合は青春の全てをかける勢いとなるだろう。
木下悠人がその対象となるのは必然であった。
学校中の乙女達は全員が彼に対して日頃の感謝や自分の気持ちを込めてチョコを贈ろうとした。
そう、全員が。
ここまで聞けば分かるだろう。木下悠人の負担は大き過ぎた。
あまりの多さに彼は引きつった笑みを浮かべていた。
当時1年生、大量のチョコを受け取った彼は何を思っただろう。
もちろん、全てが彼に対する感謝の気持ち。それを彼が無下にできるだろうか。
出来なかっただろう。
じゃあ、チョコはどうしたのだろう。それを捨てることは出来ない。なら彼はどうしたのだろう。
当時、柳田はありとあらゆるコミュニティを使い調べていた。そして、あるファンサイトのスレである事を呟いていたのを見つけた。
燃えるゴミの日、可愛いリボンやバレンタイン用の包み紙が毎回入っていた、と。それを知った人全員は食べきれなくて捨てたんだと思っていた。
しかし、柳田は直ぐに違うと否定した。
彼は全員から受け取っていたのだ。あまりに受け取っているものだからその中には渡しづらそうな子もいた。それでも彼は「いっぱいあっても良いくらいだよ!」と笑顔で返事していた。無理を通さなければならないと彼は思っていたはずだ。
それをずっと遠くで見ていた彼女は気づいていた、だから思う。
彼は食べたのだ。
中身を残さず、捨てず、平らげた。
平らげたものの空を捨てただけ、と。
そんな彼が甘いものを欲するだろうか。腐る程あった甘いものを口にした彼が。
欲する筈がない。
彼は決して甘いものが苦手なのではなかった。どちらかといえば好きな方であっただろう。ただ、嫌になる程味わったから甘いものが苦手になったのだ。
「……これで話は終わりよ。これを知ってる人は少ないわ」
「にーちゃ……」
そんな事があったなんて知らなかった優菜は兄を心配する。
「柳田さん、ありがとう! 私帰ります!」
「ええ、また明日」
そして、優菜は直ぐに帰宅する。
「お帰り優菜。今日は遅かったな、おっと?」
家に着くと優菜は直ぐに兄へ抱きついた。
そして、
「にーちゃが無理をするのは止めないけど、無茶は止めるからね!」
いきなりそんな事を言われて訳の分からない彼。しかし、自分の行動でまた心配させてしまったのだろうと思い、
「ああ、頼む。俺は何かとやり過ぎるらしいから」
「絶対止めるからね! 止まらなかったらにーちゃの事嫌いになるからね?」
「それは絶対に嫌だな」
「私もにーちゃのこと大好きだから嫌いになりたくないからね!」
「分かってる、俺も優菜が大好きだからな。絶対止まるよ」
兄の苦労を知った妹は兄のストッパーになる事を決めた。また、これを母親に話したが、いや知ってるけどと言われて先越されたと思う妹であった。




