45 寝顔とお泊まり
「……暇だ」
不審者が近所に現れるという目撃情報のせいで買い物に行く事が出来なくなった。そのせいで時間が空いている。
全く解せる。
何をするにもやる気が出ず、リビングの絨毯の上で仰向けなって天井を見上げている。
「寝るか」
そういえば、今日はみんなと家で遊ぶ約束してたな。少し寝たら何か食い物作って待ってようかな。
「にーちゃの寝顔?」
「うん、優菜ちゃんなら見たことあるかなぁって」
「……どんな感じだっけ?」
優菜は思い出そうとしても、自分の兄がどんな顔をして寝ているのか知らない。何故なら兄は自分よりも遅く寝て、早く起きるのだから。
しかし、そんな事聞かれるとどんな顔をして寝ているのか気になった。
「でも何で寝顔?」
「だってお兄さんの寝顔は新聞にも載ってないんだもん。だから見てみたいの」
早苗は欲望に忠実である。家に遊びに来て彼といるといつも隣にくっついている。
これも彼が「あまえたい時にあまえていいぞ」と言ったせいだが。
(まぁ……私もいつもにーちゃにくっついているし、服の中に入ってフガフガしてるし)
「あっ、優菜ちゃんと早苗ちゃん今帰り?」
「はい、そうです」
学校の校門を出ようとするとマリアと里奈、明日香、柳田と出くわす。
何やら携帯を見ているので、誰かに連絡しているのだろうと2人は思う。
「どうしたんですか?」
「今日悠人君の家で遊ぼうって話になったんだけど、今から行くって連絡しても返事が返って来ないのよ」
柳田が説明する。
実際彼のL○NEは常に通知オンにしているため、直ぐに連絡を確認して返事を返す。しかし、数分経った今でも既読すら付かない。
この場合、優菜が考えついたのは、
「もしかしたらにーちゃ寝てるかも」
その時、全員に電流走る。
そして数秒後、誰が先であろうか。真っ先に木下悠人の家へと走り出す。
言わずもがな木下悠人は真面目である。そんな彼が授業中に睡眠どころかウトウトとしている姿など見た者はいない。
彼のファンサイトでも水着写真はいくつも存在しているのにもかかわらず寝ている姿は一枚も無い。
彼女達にとってそれは彼の寝ている姿は激レア、ガチャゲーの1%と等しいもの。
彼女達は妄想する。
静かな寝息をたてているのか。
いびきをかいているのか。
だらしなく涎を垂らしているのか。
寝言を言って気持ちよく寝ているのか。
ただ単純に知りたい。
そんな考えの元、彼女達は全力疾走で家へと向かう。
家の前に着き、彼女達は静かに動く。先頭はもちろん家の鍵を持つ優菜。優菜は家の鍵を開け、音を立てずドアを開き、家へと入る。他も優菜に続く。
靴を脱ぎ、抜き足差し足忍び足。
「お邪魔します」
しかし、一般常識は忘れない。彼女達はリビングへ向かう。
そこで見つけたのは、
自分の腕を枕がわりにして横になっている木下悠人が。
ここで彼女達がとった行動は、携帯のカメラで寝顔を収めた。数枚激写したところで、心の中でガッツポーズ。
ミッションは何の問題もなく達成。
なので、もう彼を起こそうとする者数名。そして彼を転がし、腕枕させてもらいながら添い寝しようとする妹1名。
(オーエス! オーエス!)
1人だけ良い事しようとする優菜を引きずり、彼から離れさせる。
(なっ、何するんですか! にーちゃとのイチャイチャを邪魔しないで下さい!)
(私だってお兄さんと寝たいんだからね!)
(何で1人だけ良い事しようとしてるの!?)
(木下君と添い寝なんてずるいわよ!)
(私達といるときくらいは我慢して欲しいです)
(ただ単純に素で行動できるのが羨ましいわよ)
行動に移した優菜以外は納得のいかないのは当たり前である。彼女達だって彼にあまえたいのだ。
(一層の事、悠人君を枕にすれば?)
里奈の発言で空気が止まる。
(こう、悠人君を大の字にして寝かせて、左右の腕と太ももを枕で4人、お腹で1人、最後悠人君に膝枕で1人。……ほら、一応全員何かしら出来る)
確かにと里奈の意見に全員が納得する。全員は彼が寝ているこのチャンスを逃したくはないし、他があまえているのを静かに指を咥えて見ている事はなくなる。
彼にかかる負担を考えなければの話だが。
(駄目だね)
この案を出した張本人の里奈が反対する。
仮に行動に移したとしても、ちゃんと謝れば彼は「しょうがないな」と言って、自分達を許してしまうだろう。
それは絶対にいけない。
彼の優しさに付け込むような真似は。
なので、この案は満場一致で却下。
(こういうのは漫画やアニメだけだよね)
としみじみ思う里奈であった。
その他所で、マリアは考える。自分含め全員は彼と寝たい。しかし、全員が添い寝するとなると時間に制限をつけなければならない。だからといって、彼がこのまま寝ている可能性は低い。
「悠人様、悠人様」
そもそもの原因を断つため、彼を起こす事に、
「んぁ……マリア? ……いらっしゃい」
「はい、お邪魔してます」
「ごめん、寝てたから何も用意してない」
「いえ、気になさらないで下さい」
「んー、紅茶淹れる?」
「はい、ではお言葉に甘えて」
「少し待っててな」
彼はキッチンへと向かう。その途中に彼女達と顔を会わせる。
結局、彼女達は彼の紅茶を飲んで少しゆっくりした後ス○ブラをする事になった。
「……まずったな」
スマ○ラに夢中になり過ぎて、台風が近づいてくるのを忘れていた。
窓の外を見れば強い雨と風が吹き、彼女達が家に帰れる状況では無くなってしまった。
「みんな明日休みだろ? 今日は泊まっていけ」
やけに嬉しそうに頷く彼女達を見て、俺は楽しみで仕方ないんだなと思った。
まぁ、彼女達の事だし過ちなんか起こさないだろう。
「にーちゃ、お風呂入ろ!」
‘’ギロッ’’
すると、俺を撃ち抜くような鋭い視線が。
えっ……と、あの、その……。
「今日は1人で入りなさい」
「えぇ〜!! やだ〜!」
「早苗ちゃん! let's go!」
「はい! 行くよ〜、優菜ちゃ〜ん」
「にぃぃぃーちゃぁぁぁ!!」
すまん、優菜。
知り合いの女の子がいる中で妹と真顔で風呂に入る勇気……俺にはないんだ。




