42 無双と再戦と......
1人目をタッチして次に遅い奴を狙っていく。
逃走者は全員で10人。今捕まえたから残り9人か。全員俺よりも年上、多分中・高生だろう。
まぁ、そんなの関係ないが。
後ろで俺に捕まえられた奴が何か言っているが無視無視。関われば時間の無駄なのは間違いない。
そして、2人目も難なく捕まえ、3人目も2人目の少し前を走って逃げていたので、そのまま走り続けて捕まえた。
4人目からはスマホで位置を確認する。
俺の作戦は単純明快。
逃走者の位置を見ながらずっと追って、走って、捕まえる。
負け筋は俺のスタミナ切れと、俺より足が速い奴がいる事。
さぁ野郎共、簡単に捕まってくれるなよ?
『あの、すみません。私夢でも見ているんでしょうか? 開始2分も経たずに3人捕まりましたよ』
『いいえ、夢ではありません。しかし、あれは私でも想像がつきませんでした』
解説者もテレビの前の視聴者も今の驚くべき光景に唖然である。
最初開始されたオープニングゲーム。ハンターの入っている鉄格子から55m離れた位置から11個のボタンから一つ選んで押す。
その中の1つのボタンはハンターが放出されるもの。
その他はボタン1つ押す毎に5mずつ鉄格子が逃走者に近づいてくる。押す順番はクジ引きで決め、そのボタンを押した者は先に逃げられる。また、全員そのボタンを押せば全員が逃げたのち2分後にゲームを開始する。
しかし、今回は最初の1人目でハンターが放出された。
そう、約50mも離れた場所からゲームが開始されたのだ。
普通なら逃走者を追いかけず、わざと見失わせ、待ち伏せをするのが当たり前。しかし、彼はその距離から追いかけ始め且つ逃走者を3人捕まえた。
異常。
その一言で彼を言い表せるだろう。
最初不気味で真っ黒な骸骨のフルマスクで顔も見せない彼に視聴者は落胆し、チャンネルを変えていた。
しかし、ゲーム開始時いきなり3人捕まえる彼を他のチャンネルで知ると、すぐ彼のチャンネルに戻した。
すると、どうだろうか。
現在彼は6mもあろうフェンスを乗り越え、ショートカットしているではないか。もちろん彼の進んでいる方向には逃走者。
しかも、先回りである。
そのまま、また1人逃走者を捕まえた。
そして、その後の動きにも視聴者は驚く。
普通捕まえたら足を止め、スタミナの回復と同時にスマホで位置を確認する。
しかし、彼は足を止めず逃走者を追うスピードのまま、スマホで確認していた。
やはり異常。
気がつけば、開始10分も経たずに彼は7人目を追っている。
番組は逃走時間含め2時間以上あるというのに。
実況者も視聴者も、これ全員捕まるなと思い、現在追いかけられている逃走者に同情している。
そして、彼は18分57秒で逃走者を全員捕まえ、ゲームを終了させた。
そのゲーム終了最後にカメラが捉えたのは、喜びの声やガッツポーズするわけでもない。
ただ、期待外れとばかりにマスク越しに溜息を吐く彼の姿であった。
一応目標である20分以内に全員を捕まえる事は成功したが、やはり見映えを気にする。
しっかりと無双出来ていたと自分の中では思うけれど、テレビではどう映っているだろう。
しかし、そんな不安よりも俺は逃走者の足が遅い事に頭が痛くなった。
やはり今までのテレビで見ていたものは八百長だったと思わせられる程。
だが、これでゲームは終わり帰ってみんなの感想を聞こう。
「おい、彼奴は一体何なんだ!? 男のふりして女じゃないのか!?」
「いっ、いえ、間違いなく男性です。でも、ここまでとは聞いてませんっ! 私だって驚いてるんですから!」
「じゃあ何だ? ドーピングか?」
「私だって知りません!?」
逃走者だった男性の1人が他の逃走者数名と共にスタッフの人に抗議していた。
俺のせいでもあるが、俺にとって最大の脅威は情報が漏洩する事。小学生とバレれば更に目立ち、俺の静かな中学校生活がぶっ壊される。
しかも、あの抗議もリアルタイムで放送されているから尚更タチ悪い。
「おい! お前、本当に男か?」
嘘だろ、話しかけてきやがった。
「……そうだけど?」
なるべく声を低くし、自身の地声を出さないようにする。
「ドーピングは規約違反だぞ!」
「問題ない、反吐が出たくらい鍛えただけだ。それにゲーム開始前に薬物検査はしたはずだ」
「じゃあ、あのフェンス越えはルール違反じゃないのか!」
「このゲームは人を傷つける以外は何でもしてもいい。だから、フェンス越えはルール違反じゃない。運営にも問い合わせたがルール違反ではないと答えられた」
「っ!」
俺の答えに納得いかないのだろう。
でも、俺はちゃんとルールを守り、勝利を収めた。
無双する、ただそれだけの為に努力したのだ。
それを自分が納得がいかないという理由で否定されるのは癪だ。
「1つ聞いていいか?」
「何だよ!」
「もう一度、やるか?」
「はぁ?」
「納得がいかないなら、もう一度やってやると言ってるんだ」
明らかな煽り。約20分走り続けて、すぐに2回目なんて相手を過小評価していると捉えられるだろう。
「別に嫌なら構わない。その分早く終わるしな。やるか、やらないか、さっさと選んでくれ」
「……舐めやがって。いいぜ、やってやるよ」
「他は?」
俺の発言は結構彼らをイラつかせたようで、全員がまたやると言い出した。
「スタッフさん、もう一度やっても大丈夫ですか?」
「えっ? あっ、はい、大丈夫です!」
「じゃあ、すぐに始めましょう」
「はっ、はい!」
「じゃあ、もう先逃げていいよ」
‘’はっ?’’
「後スマホ見ないので持ってて下さい」
俺はスタッフの人に、ゲームで使うスマホを渡す。
‘’はぁ!?’’
確かに舐めプと思われるだろうが、彼らは1つ気づいてない。
「あれだけ走ったのに、俺はまだ全く息を切らしてない。それがどういう意味か分かるか?」
つまり俺はこう言っている。
最初の二の舞になるぞ、と。
「……分かった。今から2分後にスタートだ」
口調からハンデを付けられている事に屈辱を感じているのが分かった。
「分かった」
逃走者全員は俺を睨みつけた後、四方八方へとばらけて逃げ出す。
今の俺の態度は傲慢だったかもしれないが、このままではゲームにならない。
まさか、ここまで運動能力に差が生まれるとは思ってなかった。
これがエリナとマリアのトレーニングの効果か。
……全く恐ろしい。流石世界1の貴族、トレーニング方法も、その効果も世界1か。
そうして俺は2分間、時計を見続けて、時間が来るのを待った。
この楽園逃走に出演している男達は、事前にネットで知り合っていた。もちろん、理由は1つ、報酬の山分けである。
しかし、その山分けの話はすぐに頓挫した。
何故なら、その交渉相手であるハンターが当日まで現れなかったからである。
しかも、車から出て来たのがあの真っ黒骸骨フルマスク。
絶対頭の危ない奴。
そんな奴に交渉の余地があるとは思えなかったのだ。
そして、仕方なくゲームをするが、高を括ってまともに運動しないまま参加したため、結果があんな散々なものに。
口では強がっているが、ハンデを貰えて結構安心している。
しかし、1時間以上ずっと隠れる事なんて出来るだろうか。見つかれば確実に捕まるのに。
そんな中彼らはゲームを再開した。散り散りとばらけて逃げていた1人が奴を見つける。
だが、まだ此方には気づいていない。
見つかれば、確実に捕まる。
そんな恐れと緊張で鼓動は早くなる。
早くこの場から去りたい一心でその場から走って離れていく。
しばらく走り、曲がり角を曲がり立ち止まる。
スタミナを回復させるとともに、様子を見るため、曲がり角から顔を出す。
奴がいた。
「……っ!?」
一体何故?
そんな考え一瞬にして心臓を鷲掴みされるような感覚と共に足を動かす。 しかし、そんな努力虚しくあっさり距離を縮められ、
「……タッチ」
捕まえられた。
何故バレたのか。
その理由が分からず、男は奴がそのまま走り去っていく背中をただ見続けていた。
『いや〜、今のグラウザー君良かったですね』
『地面に耳を当てて足音を聞くなんて、今時しませんよ?』
『でもグラウザー君、中々手こずってますね』
『あまり遠い距離からは聞こえないですし、逃走者が動いている事前提ですからね。それに他の逃走者はあまり動かず、隠れているんですから無理もないです。まともに逃げれば確実に捕まる、逃走者全員がそう思っているでしょう。だから、息を潜めて隠れているんです』
『まぁ、最初のアレは衝撃的でしたからね。おっと? グラウザー君、今度はまた走り始めました。しかも、彼の走る方向には逃走者がいます。果たして見つけられるのでしょうか?』
『ハンデをつけてもまだ彼には手札がある。……私にはそう思えます』
『いやいや、流石に無いですって……えっ!? ちょっとどういうことですか! 彼真っ直ぐ逃走者の所まで行こうとしてますよ!』
『面白いですねぇ。さて今度もどういうことか考えていきましょう』
そして……
『グラウザー君またしても、逃走者全員確保! 時間は56分45秒! それにしても早い!』
……終わった。中々探すのに時間がかかった。
『所でグラウザー君に聞きたいことがあるんです』
「何でしょう?」
『君は何人かの逃走者を探す時、一体どういう方法で見つけられたんですか? 私達には逃走者の位置が予め分かっているように見えました』
「簡単ですよ、逃走場所の地図あるじゃないですか。あれを覚えただけです」
『え?』
「ゲーム当日の1週間前に貰えたんですから隠れられそうな場所に目星つけていただけです」
『はぇ……凄いですね。どうしてそんなにもしたんですか?』
「……それは秘密です」
『そうですか、ありがとうございました!』
最後のインタビューも終わり、迎えの車に乗り込む。
「悠人様、お疲れ様です」
「送り迎えありがとうございます、リボンさん」
「いえいえ、カッコいい悠人様が生で見れたので満足ですよ♪」
送り迎えはリボンさんがしてくれるようにエリナが手配してくれた。
俺は匿名で顔も見せないようにしたのだ。また、自宅の車で送り迎えしたなら、車のナンバープレートを見られ住所と名前が特定されるかもしれない。よって、この車もダミー、レンタカーである。
何処までも俺の情報を隠し通す。
「ネットも凄かったですよ。今もスレがたくさん立ってますし、グラウザーって名前が現在の検索数の急上昇ワード1位ですよ。数日はグラウザー一色ですね」
「……少しやり過ぎましたかね」
「まさか、奥様やお嬢様もとても喜んでいるに間違いありません」
「そうですか、なら良かったです」
「ところでグラウザーってどんなキャラなんですか?」
「え? 特に知りません」
「え?」
「え?」
確かグラウザーって最近新作のゲームのキャラクターだったはず。そういえば、新作のゲームだからグラウザーという著作物を自由に使えるかどうかすら分からない。
俺の姿はグラウザーという姿で番組出演、営業し、金を稼いでいる。つまり報酬を得ている。
……著作権侵害してるんじゃ。
「里奈! グラウザーの登場するゲームの製作会社何処!?」
俺は直ぐに里奈に電話をした。
『えっ、確かリブシスだよ?』
「リボンさん! 直ぐにリブシスに向かって!!」
「はい、分かりました!」
『どうしたの、悠人君?』
「俺、著作権の侵害してるかも」
『え!?』
やっちまった。最後の最後でやっちまった。
とりあえず、この後俺がした事は、家に帰り家族や友人と楽しく談笑ではなく、製作会社へ謝罪に向かう事であった。




