41 番組、楽園逃走
この世界の女性は男性よりも力は強い。
だが、その前に聞いて欲しいことがある。
前世でも一般男性よりも力のある女性が何人もいた。プロの格闘選手は大抵そうなのではないだろうか。その中にはりんごを片手で潰せる握力を持つ人も、車のドアを外す腕力を持つ人がいるという話を何度か聞いたことがある。
女性は男性を守り、男性は家庭を守る。しかし、男女比に差がありすぎるため、今はそれはあってないようなもの。
女性に守られる男性。しかし、守られてばかりでは俺の沽券に関わる。
じゃあ、その人達みたいに鍛えればよくね?
と思いたったというわけで俺は日々鍛えている。
身体力テストの苦渋は、今もなお俺の筋トレの糧になっている。
みんなは言う、
「男性の中では凄い記録だよ」
と。
慰めないで欲しい。
この木下悠人、他の奴と同じにされては困る。この世界の平均値よりかなり上だからってこれを超える猛者は必ずいる。女性嫌いな男性がその嫌いな女性に守られているということで屈辱を感じ鍛えているかもしれない。
俺はその猛者達と張り合えるくらいにならなければならない。
スポーツマンになるわけでもないのに、何言っているんだ俺は。
そして現在俺は、
『さぁ! いよいよ始まりました。今回のハンターは匿名希望のグラウザー君。素顔は真っ黒な骸骨のフルマスクで隠れています。コスプレで参戦ですね! 全く今までにない異質な雰囲気を漂わせる彼は一体どんな走りを見せてくれるのでしょう!』
テレビ番組のよくある鬼ごっこ。逃○中に似た番組に出演している。
しかも、逃走者ではなくハンター。つまり捕まえる側なのだ。
あっ、一応グラウザーってのは俺の偽名な。
まぁ、これに出るきっかけは特に深くない理由なんだがなぁ。
ーー1ヶ月前ーー
「にーちゃ! これに出てみて!」
夕飯を食べ終わりテレビを見ていた時に優菜が俺に言ってきた。
『楽園逃走』
内容は逃○中とあまり変わらない。だが、出る人が全員男性。そして、ハンターも男性という明らかに女性向けの番組である。
リアルタイムの放送で、各チャンネルで逃走者、ハンターの個々の視点を見ることが出来る。
つまり、その時間帯だけ全チャンネルが楽園逃走の放送をするというものだ。
好きな見た目の男性が必死に逃げる所を見れるというので、今年から放送して大人気番組となった。
マリアに聞いた所、政府が企画したものらしい。
そしてエリナ曰く、穀潰し用の小遣い稼ぎ番組でしょ?と辛辣なコメントが。
ルールは簡単。決められた場所で逃走者は時間制限までハンターに捕まらずに逃げ続ける。
そして、ハンターは1人で逃走者を捕まえる。中々キツイと思うだろうが、逃走者には小型の発信機が付いている服を着用させるため、ハンターには逃走者が何処にいるかスマホで分かるというハンデがある。
また、逃走場所が狭く、逃走者の位置が分かるため、待ち伏せが可能。なので若干ハンター有利でもある。
そして、当たり前のように逃げ切り成功の賞金もある。ハンターにも全員捕まえた賞金も出る。しかも、賞金だけじゃなく元々番組出演の報酬も出るため、とても潤うとか。
ぶっちゃけ俺には興味がなかった。
優菜が見ているから見ているだけであり、俺としては手紙の返事を書いている方が有意義だ。でも、優菜がいるのにもかかわらず黙々と手紙の返事を書くのはナンセンス。
そして、優菜の最初の発言通り俺にこの楽園逃走に出て欲しいと頼んできたわけだ。
「真夏に許可……必要ないな。これ抽選だから選ばれる可能性が低いし」
この番組、報酬が良いから男性には都合のいい小遣い稼ぎになるという理由で逃走者もハンターもどちらも人気らしい。
出演すれば最低限出演した報酬は貰えるためである。
しかし、抽選だから選ばれる可能性は低い。
「じゃあ、ハンターで出演希望してみるか」
「うん!」
出演するための条件は無い。だから、俺のような小学生でも出られる。
どうせ選ばれる事なく、何事も起きずに時間が過ぎていくのであろうと思っていた。
そして、その出演希望を送った次の日、
【貴方は次の楽園逃走のハンターに決まりました。時刻は来月の6月6日水曜日となります。お迎えや問題があれば以下の電話番号にお電話下さい。
貴方の素晴らしい走りを期待しております。
楽園管理者 より】
まじかー……
んまぁ、真夏に相談だね。
「やったね、にーちゃ!」
「そうだな、出れるチャンスが来た以上優菜にカッチョいいとこ見せてやる」
「だいじょーぶ! にーちゃは元々カッチョいい!」
そうか、カッチョいいか俺は! 頑張らないとな!
「んー、2人ともどうしたの? 何か嬉しそうだけど」
「ん、これに出たい」
「えっと何々……嘘、ほんとに?」
「せっかくだからね」
それに一般男性の運動能力を生で見るチャンス。テレビに出演する以上、ある程度の運動神経は良いし鍛えているはず。
俺の年でどのくらい通用するか試したい。
「うーん、まぁ大丈夫だよね。美雨が働いてる会社の男性アイドルも出たことあるし、詳しくは美雨に聞いてみましょう」
「「やっふぅ!」」
「そんな、悠人君浮気するの!? いつかうちの男性アイドルになってトップになるって言ってくれたじゃない!」
「言ってません」
「ちぇ、絶対狙えるのに」
「お母さん、我儘言わないで」
明日香と美雨さんは家が隣同士だから頻繁に夕飯を一緒に食べている。
それに娘1人を家に置いて、1人で夕飯食べろというのも酷だろう。
ちなみに今日の夕飯はお好み焼き。
「でも悠人君希望書送ったの昨日でしょ? 何か裏ありそうだよね〜」
「私も思った。木下君、もしかして貴方のファンがいるからじゃない?」
何だ? 俺のファンはドラゴ○ボール並みに各地に散らばってんのか?
「でも最近変な噂聞くんだよね。実はネットで全員繋がってて捕まえない代わりに報酬を山分けとか」
「え?」
「いや、うちのアイドルがそう呟いてたの聞いたってうちの社員が」
「マジですか?」
「実際生で見てみると走るの遅いわ、体力ないわで何というか見る人に危機感を感じさせるものがなかったらしいし」
断ろう、そんなんやってもつまんねぇ。
「じゃあこれ断ります。優菜、悪いがこんなのに出てもカッチョいいとこ見せれない」
「えっ? にーちゃ、俺強ぇしないの?」
「えっ?」
「無双しないの?」
「……いや、別に。見たいの?」
「うん」
「いやでも出来るかなぁ。大人も出るんだろ?」
「にーちゃ、挑戦だよ!」
「……鍛えとくよ」
「やったぁ!」
優菜の期待に答えられるか不安の中俺は改めて楽園逃走の出演を決めた。
「悠君、トレーニングは程々にね」
「おう」
しかし、この場の彼女達は彼が無双出来るであろうと確信していた。
彼は女性とも張り合える程の運動能力を持つ。
彼の1年生での身体力テストにおいて全クラス総合14位という記録を残した。
そして、その結果を知った女生徒はどう思ったか。
まず感じたのは危機感である。
女性は男性を守るという常識を持つ彼女達にとってその守る男性より運動能力が低いというのは、女性として存在意義を失う。
身体力テスト以降、彼女達は鍛えに鍛えるようになった。また、彼に勝った者達も。
そして、2年生の新体力テストにおいて彼を最下位に。
この結果に全員は大変満足した。
やはり女性は男性を守るものと。やはり男性は女性に守られるべき存在であると自信を持って言える程に。
しかし、彼女達は知ることは出来なかった。誰1人としてその結果を見て、沸々と静かに闘志を燃やす彼の事に気がつく事はなかった。
そして、3年の身体力テストにおいて、彼は総合50位へと帰り咲く。
彼女達は驚きを隠せなかった。只でさえ、女性よりも力の劣る男性。そして、これから年齢を重ねれば更にその差が開く筈なのに彼は半分以上の同級生を超えた。
彼女達は更にハードにトレーニングを行った。
そして、4年生時の彼の結果は104位。
この結果を見た彼の溜息は相当大きく、やはり勝てないかと諦めたような眼差しとともにゆっくりと教室へと戻ったという。
しかし、彼は知らない。自身の結果が女子の中学3年生の平均値以上である事に。
そして、
「悠人様、頑張って下さい!」
「はぁっ、はぁっ! 」
楽園逃走に出演するとマリアに伝えたところ、鍛える場所を提供すると言って自宅に招かれマリアと共に鍛えていた。
鍛えるのは主に足、脚力だ。
だが、俺は最初のランニング20kmで息は既に切れている。
くそ、家で使ってるランニングマシーンの効果全然無いじゃないか。やはり普通に走るに限るな。
「悠人様、休憩致しましょう」
マリアは俺の様子を見て、限界と感じたんだろう。気を使って休ませようとしてくれる。
「駄目だ、あまやかさないでくれ」
俺の目標は無双するのであって、ただ捕まえるのではない。この程度であまえてはそれを達成する事はできないだろう。
それにまだ喋れる。喋れる余裕があるって事は、まだ余裕。
本当に辛いなら喋ることすら不可能なはず。ならまだ平気だ。
「そうですか、分かりました! では次はインターバル10kmです!」
「はい、コーチ!」
そして、
「悠人様、お疲れ様です! よく頑張りましたね!」
コクっ。
「ゆっ、悠人様、大丈夫ですか?」
コクっ。
「……また、トレーニング一緒にやりますか?」
コクっ。
……死ぬ。もう頷くくらいしかできん。
ランニング20km、インターバル10km、筋トレ、ランニング10km、インターバル5km。
マリアが言うにはまだあまい方。そしてエリナのトレーニングは地獄だとマリアは言う。
「悠人〜、トレーニングなら私に任せなさい」
コクっ。
「悠人様、死にますよ!?」
「あらマリア、人聞きの悪い。ただ人間の限界の限界まで追い詰めるだけですよ」
「エリナ様、それトレーニングじゃなくて苦行かと」
コクっ。
「悠人、もしかして喋る余裕ない?」
コクコクっ!
自分から言い出したけれど死ぬかもしれん。
これが週に3回とか普通にやばいから。
「うぁぁ……」
「悠人君、お疲れ様」
「おう」
「後これ私からのプレゼント。顔隠す為に使って」
里奈から真っ黒な骸骨のフルマスクを貰った。
「これは?」
「最近新しく買ったホラーゲームの初回限定版に付いてきた。丁度いいから悠人君にと。確かこの仮面はグラウザーってキャラが付けてる」
「うん、目立つだろうから有り難く使わさせてもらう」
顔と偽名使えば流石にバレないだろ。
出演後の俺の学校生活に支障を与えないようにしないと。
「せっかくだからコスプレするか? そのグラウザーに」
「あっ、いいかも」
そうして俺はグラウザーという偽名で出演する事に決めた。この楽園逃走、顔や名前を伏せる事はOKらしいのでバンバン隠していこう。
とこれくらいの出来事があって今ここにいます。
また早苗ちゃんや、夜々ちゃん、花香さんや栞さんにも応援の言葉を貰ったので、もう無双するっきゃない。
『さぁ! 始めに逃走者達のオープニングゲームです! おおっと!? グラウザー君もうすでにクラウチングスタートをしているぞ〜! 捕まえる気十分です!』
テンプレ通り狙いは1番近い奴、次に遅い奴から狙う。
制限時間は2時間あるというが、無双したい為、あえて枷として20分で捕まえる。
『山本君が選んだボタンはハンター放出ボタンです! さぁグラウザー君が追ってくるぞ〜!』
プシャーッ! 周りから煙を吹き出す。それと同時に俺の入れられている鉄格子の扉が開く。
俺は脚に力を加え、1番近い奴を狙う。
パッと見残り50mの距離。
40……
30……
20……
10……
早速1人、捕まえたぁ……。




