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40 慣れと新聞を書く彼女

 


 人間というのは常に環境に適応する生き物である。仕事場や学校、様々な環境に長く生きていけば、慣れていくもの。


 つまり、俺が何が言いたいのかというと、俺も小学校に通い結構長くなる。

 最初は目が合っただけで気絶する子や、顔を赤らめて伝えたい事がはっきり言えない子もいた。

 だが、4年もたった今では、話しかけてくる女生徒や先生の殆どが気絶することもなく、軽く体が触れても顔を赤らめることはなくなった。


 この前なんて胴上げされたしな。


 特に初対面で「して欲しいことあったら何でも言って!」と言われた時は思わずぞっとしたもんだ。


 男の俺が学校に通う。この異常とも言える行為は、彼女達の中ではもう当たり前のことであり、日常的なものと思われているはず。


 これは男に対して免疫がついたと言えばいいだろう。


 良いことだとは思う。


「ねぇ、誰かナ○キン持ってない!?」


 慣れ過ぎて、俺がいてもこういう会話が普通に行われるというのはどうしたもんか。


「バッカ! 悠人君いるんだよっ!?」


 特に気にしてないし、「女の子だし色々大変なんだな」と心で思いながら聞いてないふりをしている。


「ごめんね、悠人君」


 謝られると普通に反応に困る。そこは無視して話を続けてくれていた方が助かるのだ。


「いや、女の子だし色々大変だろ? あまり気にしてないからいいよ」

「えっ? う、うん。ありがとう」


 その子は頬を赤く染めて俺にお礼を言う。


 ちょっと待って、何で頬を赤らめた?

 あれか、俺が保健体育のテスト毎回満点のせいで、女性のあれこれを隅々まで知っているから平気だよと捉えられたのか?


 いや、確かに知ってるけども。




 昼休みの時間、図書室に本を返して教室に戻って来た俺はその時に違和感を感じた。


 ……妙に静かだ。


 そう思いながら自分の席に行こうとすると、ふと全員が一つの机を取り囲むようにいる事に気付いた。


 まるで周りからこそっと見られないように自分の体で何かを隠しながら見ている。



 知っている、知っているぞ。その隠し方。



 ……なるほど、あれか。



 確か女性は男性の何倍も性欲があると聞いている。

 しかし、同性同士その物を囲い、自分の趣向を語り合い、互いにその良さを理解し、共有する事はよくある事だ。


  それが公共の場でしていることは、あまり好感は持てないが、しているのなら見て見ぬ振りする。それがジェントルマンの務めだろう。


 俺だって人間、性欲はある。

 女性は下世話で破廉恥な事ばかり考えているなどと考えず、やはり女性の性事情についてある程度知っておくこと。そして寛容な態度で接してあげることが正しい事だと思う。


 でも、今は黙って教室を出る。昼休みの時間が過ぎるまで時間を潰すとしよう。




「悠人君、もう授業始まるよ? 何処行くの?」




 里奈が教室に戻って来た。そして俺に発した言葉は静かな教室に木霊する。


 机を取り囲んでいた女の子達はビクッと体を跳ねた後、ギリギリと首から音が聞こえそうな程にゆっくりと俺の方へ向く。




 ……見た?




 穴が空きそうな程の視線で訴える。


「集まっているのは気づいたが、何を見ているのかは知らない」


 とだけ俺は答えた。


 その次の授業はお通夜の雰囲気で迎えることになった。


 絶対俺は悪くないよな、……な?





 ーー柳田sideーー


 最近、悠人君が近くにいても下ネタを言ってしまう子がいる。


 私は柳田。趣味で悠人君の新聞を作っている本人公認のストーカー。

 というか本人公認のストーカーって何かしら? まぁ、いいでしょう。


 1年生からずっと近くに男の人がいれば流石に慣れる。見ても良し、話して良しなら誰もが近くに行きたがる。


 私も当時は壁ドンだけで気絶したけれど、今は平気になった。


 誰もがみんな彼が学校にいる事は普通と思うようになった。居て当たり前、居て当然と思う結果、それぞれ個人の中で悠人君ならこれくらい平気、大丈夫許してくれると、心の余裕が出てきたんだと思う。


 教室で彼がいるのにも関わらず大声で生理用品を持っているか聞いていたり、いる事に気付かずエロ本を読んでいたりと、その様子を見ていればすぐに分かった。


 確かに悠人君は、性知識に関してはよく知っている。

 そして女性の事を理解しているから、まぁ仕方ないと目を瞑ってくれている。


 しかし、下手したらセクハラ案件、警察送りである。そこは気を配らないといけない。


 だが、その行動の全ては私の書いている新聞の所為。彼の性格、日常行動などを書いている所為で、殆どの人が彼の行動パターンを理解し始めた。

 彼の考えをある程度把握した上での行動をするようになってしまったのだから。


 私は彼に謝った。

 どうしようもない事をしてしまったと。


 けれど、


「過ぎた事は仕方ない。でも、新聞が全ての原因じゃない。柳田、お前らしくない。そんな顔よりいつも俺を新聞で面白おかしく好き勝手書いているお前が一番良い。それにお前は俺がどんなに言っても聞かないだろ? 俺はお前を許す。だから今まで通り好き勝手に書けばいい」


 彼は私のおでこにデコピンをした後、直ぐに背を向けて行ってしまった。


 その背中はとても大きくて、優しい感じがして、まるで父親のような気がした。


「悠人君!」

「ん? おわっとぉ!」


 私は彼の背中に抱きついた。


「おい、……もう好きにしてくれ」


 いきなり抱きついたので、彼は凄い迷惑そうで、離れて欲しそうな顔をしていたけれど、私が抱きしめる力を強めるので諦めて、身体を私に委ねる。


「ありがと」

「はぁ、気にすんな。でも新聞に書くなよ、お前の立場が危うくなる」


 私は書き続けるだろう。彼の事を新聞に好き勝手に。

 そして、彼を怒らせる事を書いて、その度に追いかけられて、私は笑うのだ。


 結局私も彼にあまえたいのだ。彼が近くにいるうちに、彼に見てもらえるうちに。


「分かってる」


 でも、今はこの背中から感じられる温もりを私は堪能するのであった。



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