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37 コンクール 後

 


「あら、黙っていては困ります。貴方が殿方だということは確信しているんですから」


 花香さんは自分の右手に何かをかけた。それは今俺の左手にもかけられている。


 見れば分かる、それは手錠。


 いきなりの事で思考が一時停止したが、今の状況からして俺は逃げられないということは理解した。


 逃げられない以上、下手に嘘をついても仕方がない。


「確かに私は男です。先程の何故メイドをしているのかに関しては、夜々様に今日のコンクールに来て欲しいと頼まれたからです。なので、近くにいても問題のない召使い、つまりメイドとなりお仕えしていました」


「面白いですね。考えとしては間違いではありません。ですが、貴方は知らないのです。私が知る夜々さんがどういう人なのか。貴方は知っていますか?」


「知りません」


「夜々さんはメイドの間で行方不明少女と言われています。それは目を離しても離さなくても何処かへ行ってしまうからです。なのに、今日だけは何処に行く時でも、貴方の近くを離れず逆に貴方がいるか何度も確認していたんですよ」


 彼女は淡々と語る。


 そういえば何度か俺がいるか確認するように振り返っていたな。

 確かに夜々ちゃんの事を知っていれば、それを不自然と思うだろう。


 盲点だった。


「そもそも、叔母様の個室で会った時から怪しいと踏んでいました。本日付けの一介のメイドが、叔母様に会いに行けるわけがありません。だから、貴方は何か特別な人物であると。まぁ、他にも気づいた要因は色々ありますがそれはいいでしょう。さて悠……いえ、木下悠人様?」


「名前まで知られているとは恐れ入ります。それで私をどうするのですか?」


「人気のない、私と手錠に繋がれて、逃げることすら出来ない状況です。何をされると思いますか?」


「そうですね、貞操の危機を感じます」


「分かってるじゃないですか」


 離れようとするも手錠がそれを許さない。仮に動いたとしても、その勢いで俺を押し倒してくるに違いない。


「ふふふふふ……悠人様。私は貴方を知った時からずぅぅっと狙っていましたの」


「落ち着いて下さい。それは誤りで、勘違いで、一瞬の気の迷いです」


「大丈夫です。私は確信していますから、これは間違いないと」


 駄目だ話を聞いてくれない。


 しかし、互いに向かい合いながら、どう動くか身構えている。



 くそ、このままでは俺の貞操が。



 どう動いても反応されるだろう。防犯腕輪に手を伸ばそうとしてもその前に手を掴まれて終わりだ。スタンガンもこの近距離で出したらカウンターをもらってダウン。

 でも、このまま時間を稼いでも人が来るなんて分からない。


 万事休すか。




「さぁさぁさぁ、私に背中を堪能させて下さいませ!」




 ………ん? 背中?



「私よりも背が高く、背中が広くたくましい。そして服の上からでも見える背筋。写真越しでもその安心感に私は常にドキドキさせられています! そして貴方の艶めかしく綺麗な肌、海での汗とオイル、太陽の光を浴びて光り輝くそのセクシィーさに何度も、何度も興奮を誘われました! 今日のスーツ姿を後ろからずっっっと見ておりました。一度でも、一度でもその背中を抱きしめ頬ずりし、味わいたいと思っておりました! 後で代金は幾らでもお支払いしますから、どうか、どうか私にその背中を抱きしめさせて下さいませ!!」



 ……ああ、何言ってんのか分からん。



 でも、確かな事。それは彼女が背中フェチという事だけだろうか。


 つまり何だ? この子は俺の貞操=背中を狙っていたわけで、俺の勘違いだったって事?


 そして、それを考えた上で出た俺は、




「普通に頼め、勘違いしただろうが」




「あうっ!」


 呆れた気持ちを込めたデコピンをした。


「痛いです」


 彼女は額をさすりながら、涙目で上目遣いしながら俺を見る。


 いつもの俺であったなら普通に非を認め、謝っていただろうが今回は違う。こちらは貞操の危機を感じたのだ。これくらいの事は当然の報いとして受け取ってほしい。


「全く、手錠までかけやがって」


「だって逃げてしまわれては困ります!」


「何事にも限度があるでしょ!」


 花香さんはお嬢様だからと取り繕って敬語で話していたがもういいだろう。これからはタメ口で話すようにしよう。


「いいのかよ、世界二位の貴族と言われる山崎家の娘が1人の男を強姦仕掛けるなんて笑い話にもならないぞ」


「でも、この機会を逃したらまた会える日が分かりません。家訓その1、気になった殿方は何が何でも関わりを持て、です!」


「知らないよ。でもとりあえず、逃げないから手錠外してくれる?」


「分かりました」


 彼女は鍵を取り出し、手錠を外す。たった数分手錠をかけられていたのに、解放された時の安心感が半端ない。

 というか外してもらって悪いけど、こんな簡単に外していいのかよ。


 まぁ、こっちとしては嬉しいけど。


「では、早速背中を堪能させて下さいませ!」


「いや、無理」


「何でですか!?」


「今日初対面の君にさせると思っていたら大間違いだぞ?」


 俺はビッチではない。


 全く明日香のようなクールな人かと思いきや結構表情豊かな人だったとはな。だが、そんなことはどうでもいい。


「そ、そんな」


「俺は戻るぞ。夜々ちゃんが待ってるんでな」


 気分を落としているところ悪いが、今回此処に来ているのは夜々ちゃんの為だ。怒っているのは間違いないし、これ以上待たせるなんて勘弁願いたい。


「あっ、待って下さい。逃げないと言ったではありませんか」


「悪いが逃げるんじゃなくて去るんだ」


 歩いている俺を追いかける彼女はその場で立ち止まり、




「好きな金額を言いなさい。いくら払えば堪能させてくれますか?」




 今度は金か。




 俺も歩みを進めていた足を止め、




「いらん、間に合っている」




 と言うと同時にさっきよりも歩を進める。




「ちょっ、ちょっと待って下さい!! いくらでも払えるんですよ!? 一生遊んで暮らせる程の額を提示しても問題ないんです。嘘じゃありません! 待って下さ……きゃっ!」




 彼女は断られると思っていなかったのだろう。そして、そのまま進む俺を止めようとして転んでしまったようだ。


 振り向いて様子を見てから行くとしよう。


「……っ!」


 足をくじいたのか足を抑えている。




 ……。




「ん」


 俺は彼女の前まで戻り、背を向けてしゃがむ。


「何ですか、それ?」


「おんぶしてやるってことだ」


「おんぶって、何ですか?」


「されたことないのか?」


「ないです」


「君を背負ってやるってことだ」


「えっ、でもさっき」


「俺の気分が変わらないうちに乗るか、このまま放置されるか選んでくれ」


「失礼します」


 俺は彼女を背負う。そして、俺は歩き始める。


 全く俺という奴は……。こうすると無駄に苦労する事になると分かっているはずなのに、どうしてしてしまうのだろうか。


「悠人様、少し聞いてもいいですか?」


「何だ?」


「どうしてそこまで頑なにお金を拒むんですか? 殿方はみんな、大金を積めば私達女性にも優しくしてくれます。でも悠人様は違う。何かを恐れているように感じます 。よろしければ教えて貰えますか?」


「金は人を変える。自分が変わることが怖いだけだ」


「悠人様、貴方は変わらないと思います」


「確信がない以上、下手に貰いたくない。出来るだけお金の話はしないでほしい」


「……分かりました」


「ありがとう」


「今の私にお礼なんて言われる筋合いなんてありません。本日は本当に申し訳ありません」


「反省しているならいい。でも2度としないように」


「はい」


「じゃあ、この話は終わりだ。互いに仲良くしよう、花香さん」


「はい! 悠人様、末永くよろしくお願いします!」



 手錠をかけられた時は危機感を感じたが、何とかなって良かった。



 そう思いながら歩いていると、腹部に激痛が。



「うぐぅ!」



 思わず膝をつきそうになる。しかし、足を挫いた花香さんがいるため、気合いで持ち堪える。



 何だ、一体何が。



「ゆーとさまのばか。きょうはわたしのめいどさんなのに、はなかさんといっしょなんて」



 夜々ちゃんだった。


「ごめんな、花香さんに正体ばれてな。少し話してたんだ」


「ながい、しかもおんぶしてる。きょうのいちゃいちゃはわたしのとっけん」


 ポスポスとお腹を軽く殴ってくる。


「ゆーとさま、きょうはかえるまでずっといっしょ」


「分かった」


「ん。じゃあ、はなかさんおろして」


「ごめんなさい、夜々さん。私今足を挫いているので」


「そのわりには、かおすりすりしてる」


「ええ、背中好きなので!」


「むー、ゆーとさま、はなかさんおいていこ」


「夜々ちゃん、怪我人には優しくね」


「ゆーとさまはやさしすぎ」


「ごめんな、これが性分なんでな」


「しってる」


 夜々ちゃんは俺の隣を歩く。花香さんをおんぶしているため手を繋げない。だから、今は服の裾を掴んでいる。


 その後、花香さんを医務室に送り、マリアやエリナ、栞さんに挨拶。そして、夜々ちゃんの個室へと向かった。



「今日、夜々ちゃんにプレゼントがあるんだよ」



 個室にて、今日の為に用意した物を取り出す。あまり高価なものではないけど。


「おー、ゆーとさまありがとう。ぜったいたいせつにつかう」


 俺が用意したのは桜の花のヘアピン。いつも夜々ちゃんは髪をまとめるのにヘアピンを使っているので、よければと思い買ったのだ。


「ゆーとさま、にあう?」


 白く綺麗な髪に桜の花のヘアピン。とても似合っている。


「うん、とても似合ってる」


「♪」


「優勝おめでとう、夜々ちゃん凄かったよ」


「ん、わたしにかかればよゆー」


「でも、俺が今まで聞いたどのピアノの演奏よりも良かったよ」


「ありがとう」


 その後、夜々ちゃんは椅子に座った俺の膝の上に乗って寝始めた。


 どうやら今日の疲れが溜まっていたらしい。


 俺は夜々ちゃんの綺麗な髪を撫でながら、お疲れ様と呟き、ゆっくりと瞳を閉じた。



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