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36 コンクール 中

 


 夜々ちゃんの演奏は『圧倒』的だった。


 他の人達も確かに綺麗で繊細な音色を聴かせ、心を踊らせられた。


 だがそれを更に超えている。


 音楽に関しての知識など皆無である俺でもその差を見つけられるほどに。


「さすが幼き鍵盤の女帝」


 スタッフの女性が1人呟く。


「幼き鍵盤の女帝?」


「夜々様の渾名です。夜々様は4歳にもかかわらず数多のピアノのコンクールで金賞を取る才能溢れるお方です。夜々様のメイドですのに知らないのですか?」


「えっ、いや、本日付けの為あまり知らないんです」


「ですが仲睦まじそうにお見えしたのですけれど……」


「あはは」


 乾いた笑いしか出てこない。


「今回は特に気合の入りが違いますね。今回も金賞間違いないでしょう」



 結果は当然の如く、夜々ちゃんは優勝した。



 舞台でトロフィーを受け取り、周りから惜しみない万雷の拍手を浴びる彼女は、星空の下に輝く宵の明星のようだった。



「さすが夜々様! 今日の演奏はいつにも増して素晴らしいものでした」


「そのタキシードもとても似合っています!」


「ありがとうございます」


 コンサートが終わったらゆっくりと話せると思っていたが、現在は大勢の人に囲まれて賞賛の声を掛けられている。


 優勝者だしな。

 俺は少し後ろでずっと待っていることにしよう。



「1度見間違えました。まさか来ているとは思いませんでしたよ悠人。絶対に来ないように言ったはずですが?」



 そうしていると、背後から聞き覚えのありすぎる声が聞こえる。

 俺の名前を知る人物で唯一呼び捨て。ここまでくれば分かる。


「ええっ、え、エリナ様!?」


 でも驚かずにはいられなかった。


「ええ、世界一の貴族の橘エリナです。そして」


「その娘のマリアです」


「……oh」


 驚きは続くぞどこまでも。


 てか普通にバレるっておかしいでしょ。


 夜々ちゃんの輪の少し後ろで立っていただけで、何もおかしな行動はしていないのに。


「山崎家の子とも仲良くなっているなんて、悠人も手が早いですね〜」


「悠とお呼び下さい。ところでエリナ様、山崎家というのは有名なのですか?」


「世界二位の貴族ですよ」


 頭痛くなってきた。


「それより悠人s……悠、何で私達に言って下さらなかったんですか?」


「毎回お二人に頼る訳にはいきません。それに予定があったら迷惑と思ったからです」


 俺の言い訳を聞くと2人は溜息を吐いた。


 まーた呆れられてる。


 この気を使った筈なのに、結局裏目に出てしまうのはなんだ。


「とりあえず、私達のせいで女装がバレないように離れます。今度はメイドではなく執事をしてもらいたいですね」


 俺にあのひらひらスカートを履けと?


「それに先程から夜々さんに睨まれてますし」


 マリアに言われ夜々ちゃんを見ると、確かに顔をむすっとしてこちらを見ている。

 後でちゃんとご機嫌を取らないと。


「あらあらあら、誰かと思いきやエリナじゃないですか。うちのメイドに何か用かしら?」


 栞さんが来たと思ったら、急にエリナを挑発するように話しかけた。


「あら栞、この子は私の知り合いだから挨拶したのよ。何か問題でも?」


「いいえ、何も。そういえば、いつもマリアさんと一緒にいる子は何処かしら? もしかして現在仲違い中ですか?」


 ちょっと待って、何で今その話が出てくるんだ?


 もしかして栞さんに俺が女装して何度かパーティに参加していた事がバレてたんじゃあるまいな。


 まさかと思い、栞さんに視線を向ける。俺の視線に気づいた栞さんは軽く頬を緩ませていた 。

 その様子から、俺の女装は看破されていたと気付かされた。


 てか、俺ら今日初対面だよね? モニタリングとかしてたとか?


「いいえ、今日は用事があるらしいので来られなかったんですよ」


「そうですよね。そんな事よりも大事な用事があったんですからね」


 ……やべぇよ、めっちゃ煽ってるよ。栞さん、めっちゃエリナのこと煽ってるよ。


 エリナの顔が引きつっている。いつも腰にぶら下げてる刀をいつ抜いてもおかしくない。


「悠もそう思いますよね?」


 このタイミングで俺に振るぅ!?


 見てるよぉ、エリナが俺をめっちゃ睨みつけてるよぉ〜。


「さ、先に予定があったならそちらを優先するのではないのでしょうか」


「なるほど、早い者勝ち……ですか」


 あながち間違いじゃないけれど、そういう言い方はやめて欲しい。

 将来の予定が全部埋め尽くされそうになりそうで怖い。


 嫌だよ、スケジュール帳を持ち歩く程の忙しい日々なんて。


「まぁでも、コンクールの前に抱きかかえられましたけど」


 夜々ちゃんがね。

 あの栞さん、煽るのもう勘弁してもらえませんか?


「あら弱いですね、私は頰にキスですよ?」


 もうやめれ! いい大人が言い争わないでぇ!


「エリナ様と栞様がまた言い争っていますわ」

「関わるといけません。私たちが間違いなく潰されてしまいます」

「今すぐこの場から逃げるのです!」


 エリナと栞さんが一緒にいるせいで目立っている。しかし、近寄るどころか離れているので、なんだかんだで良いのかもしれない。


 まぁ、見る限り2人の仲は悪いんだろう。


「すみません、私は少しお手洗いに行ってきます」


「「ええ、お気をつけて」」


 実は仲良いとかないよな?


「お手洗いはあちらのドアを出て左です」


「ありがとうございます、マリア様」


 俺はトイレへ向かう。


 さすが聖アテネ学園、男女共用トイレも完備してある。



 トイレから出ると、


「あら、悠さん」


 山崎花香さんと出くわした。


「ええ、どうも花香様」


「ちょうどいいわ、私の個室に来て紅茶を淹れなさい」


「いえ、私は夜々様のメイドですので」


「メイドなんてちゃんと教育なされていれば誰でも一緒よ。貴方じゃなくてもいかようにもなるわ」


 いや、俺男なんですけど。


「それとも何か、問題でもあるんですか?」


 ある! 断言出来るぞ!


「いえ、…それは」


「いいから来なさい、私は待たされるのは嫌いなんです」


 花香さんに手を引かれ、俺は連れ去られていく。

 ここで下手に手を振り払うのも不自然。このまま乗り切るしかないな。


 というか、この人にはバラしてもいいのではないかと思う自分がいるんだが様子を見てからだな。





「……まぁまぁですわね」


 と言いつつ、もう5杯目。

 お気に召して良かったです。


 個室に入ってからというもの紅茶を淹れるだけで何も会話がない。


 あれが好き、これが好き、この前こういう事があったなどの話しなんてない。

 ただ無言の中、「お代わりよろしい?」と言われるだけである。


 でも気まずいとは思わない。こういう静かに過ごすというのもなかなか悪くないものだ。



「悠さん、貴方は世の中で1番大事なのはお金と思いますか?」



 紅茶を淹れている時に問われた。


 お金の話か、面倒だからあまりしたくないんだよな。でも聞かれた以上答えるのが義務か。


「……そうかもしれません。」


 俺の答えはあやふや。何故なら完璧にそれを違うと言いきれないから。


 他に大事なものと聞かれれば時間だろうな。


「へぇ、どうしてです?」


「人はお金で始まり、お金で終わる……でしょうか? 子供を産むためにお金が必要、物を買うためにお金が必要、教育を受けるためにも、死んだ人を送るためにも、自分が死んだ後にも弔ってもらうにも。何かをするには、生きるためにはまずお金が必要ですから」


 俺の答えに納得したのか、花香さんは嬉しそうに頷きながら、


「そうですよね。お金は大事です。お金があれば、何でも出来ます。そう、殿方も動かせます」


「何故、そんなにもそう思うんですか?」


「それは教えませんわ。今日初対面の貴方にそんな深い事情を話すわけありません」


「確かにごもっともです」


「さて、紅茶も堪能しましたし、移動しましょう」


 花香さんは立ち上がり、ドアから出て行く。


 いきなりのことだからそのままずっと立っていたままだった。

 すると、ドアから花香さんが顔を出して俺を呼ぶ。


「何をしているのかしら? 貴方も来るんです」


 我儘お嬢様は普通にいるんだな。


「あっはい。何処に行かれるのですか?」


「少し外を散歩よ、メイドとして護衛と話し相手になりなさい」


「分かりました」


 夜々ちゃん達の所へ戻りたいけど、もう少し付き合おう。





「あの、花香様。もう戻りませんか?」


「あら、貴方は今私に使えるメイドよ? そんな貴方が私に意見言うなんて生意気ね」


「いえ、すみません」


 外の散歩、噴水や花壇、庭園を歩き回る。


 鍛えているので苦にはならないが、時間が結構かかっている。

 部屋から出て30分は過ぎたであろう。


「全く、貴方のせいで少し興が醒めたわ」


「申し訳ありません」


「別にいいです。ではもう少ししたら戻ります」


「そうですか」


 花香さんは噴水に行き、その近くにあるベンチに座る。


 俺はその隣で立つ。


 それを見た花香さんは、


「あら、貴方も隣に座りなさい」


「え、いや……しかし」


 メイドを隣に座らせる人を見たことがない俺にとってそれは動揺するに値するものだった。


「いいから早くしなさい。また私を待たせるんですか?」


 右隣を軽く叩きながらここへ座れと指図する。


「わ、分かりました。では失礼します」


 俺は花香さんの隣に座る。

 すると、花香さんは何故かご機嫌になり顔を綻ばせる。


「そういえば、悠さん。貴方の手はとても綺麗ですわね」


「あっ、はい。母にちゃんとケアしなさいと毎日言われていますので」


「そうなんですか、ちゃんとなされて素晴らしいですね」


 花香さんは俺の左手を両手で自分の方へ持っていく。


「ところで悠さん。貴方に聞きたいことがあるのだけれどいいかしら?」


「何でしょう?」









「殿方であられる貴方が何故メイドなどしているのですか?」









 それを聞くと同時にカチャンと何かをかけられる音が俺の耳に響いた。

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