32 臨海学校、水着、会議
「今回の臨海学校か林間学校は、悠人君が参加したいなら参加してもいいって教育委員会から通達が来たよ」
俺は小学校初めて学校行事に参加することになる。
ガタッ!
「みんな、落ち着いて」
驚きのあまりに席を立ち上がってしまう女生徒全員を落ち着かせようと先生、もといミキTが声をかける。その女生徒の中には、里奈と明日香、そしてマリアもいる。
まぁ、今回の行事に俺も参加出来る。それだけが1番大事なこと。
「悠人君は参加したい?」
ミキTに聞かれ全員が俺を見る。
「母親が許可してくれるなら行く」
全員が俺の返答に動揺している。確かにいつもの俺ならノリ良く「行く!」と言ったであろう。
だが、遠出するのなら真夏の許可が必要。俺の中でこのルールは絶対。例え優菜が泣きながら頼み込んでも断わ……るだろう。
うん、断る断る。
だから、真夏が許可をするまで絶対に行くことは出来ない。
「悠人君。真夏さんから許可出たわ。後は、悠人君の意思だけよ」
…なんというか、俺の周りの外堀を埋められている感じがしてならない。
明日香の素早い行動によって、後は俺の意思だけになった。
緊迫した空気の中俺は、
「行く!」
と明るい声を上げて言うのであった。
その発言に喜びの声を上げる女生徒。その中には「私生ぎででよがっだ!」と嬉しさのあまり涙を流す子も。
駄目だよ、泣くのは卒業式の時にしなさい。
しかし、
「じゃあみんな、臨海学校か林間学校どっちがいいか決めましょう!」
俺はこの時電流が走った。
そして、まだ行き先が決まってもいないのに、易々行くと言ってしまったことに俺は後悔した。
臨海学校、つまり海。
海に行くなら水着が必要…そう水着である。
発育が良く胸が大きい子は胸を固定させるためにブラをするのだが、スレンダーな子はブラをしない。
つまり同級生の胸を見るということになる。
それはいけない。
いやでも、貞操観念逆だし、胸隠すのは男の俺だし、流石に俺も早く慣れた方が将来的にはいいし、実は問題ないのでは?
逆に気にしすぎだよとみんなに注意されるのでは?
……真夏曰く、俺は女性のことを考える時は結構ネガティブになるらしい。
明るくだ、明るく。明るく考えろ。
よし、胸を見よう!
……とはならないな。
「ミキT。俺は林間学校がいい」
とりあえず、林間学校にしておこう。
先に言っておけば、「悠人君が行きたいなら行こうか」と便乗して賛同してくれるであろう。
しかし、この俺の考えとは裏腹に、
「じゃあ、林間学校がいい人〜!」
……。
誰も俺の考えに乗ってくれなかった。
何故だ?
何故誰も手を上げない?
1人はいてもいいはず…。しかし、何故誰1人として上げる意思すらないんだ?
そんな木下悠人が考え込んでいる中、女生徒及び先生は、
(悠人君の『水着』が見れるのというのに、山に行きたいと言う馬鹿はいない)
下世話な事を考えていた。
確かに山も魅力的だ。
山に登り、山頂で彼と共に食べる弁当。汗で湿ってしまい体に服が付き強調される体のライン。山頂で木下悠人に対し愛を叫ぶ。
想像すると、どれも魅力的なのだ。
だがそれでも、『水着』に比べてしまうと、全てが霞んでしまうのだ。
好きな人の水着とはそういうものだ。
女として、死ぬ前には1度だけでも、その姿を目にしたいと思うのは悪い事であろうか?
いや、断じて悪くない。
という事で、全員は臨海学校を選択したのである。
「じゃあ、臨海学校で決定でーす!」
少女らは歓喜した。
そして男は、
(さて、…どうしよう)
不安を抱いていた。
「悠人君何見てるの?」
「臨海学校に決まっただろ? 水着いると思って、どれが良いか決めてる」
「でも私、悠人君が反対するって思ってたんだよね」
「行きたくもない山に俺の我儘で行くのは、俺の思い出が黒歴史になるからダメだ」
「あはは、そっ、そうなんだ〜」
(みんな悠人君の水着見たいからっていう理由だけなんだけどね)
「それよりも里奈、こいつを見てくれ!」
「なあに? えっ、何これ?」
俺が見せた画像は紫色のブラとズボン。ブラは安定のスポーツブラタイプだが、ズボンは真ん中にシーサーの絵が描いてある。そして、極み付けに「真夜中の守護神」という文字。
俺の中ではとてもギャグセンスが高い物だ。
「これ着てみたらおもし…」
「面白くない、絶対にやめて?」
「えっ、でも良さ…」
「良くない」
「思い出に」
「黒歴史になるよ?」
「……分かったよ」
そこまで頑なに否定しなくてもいいじゃないか。
笑えると思ったんだけどな。
優菜なら爆笑だぜ?
「じゃあちょっと選んでくれ?」
「……えっ?」
「いや、里奈のセンス見たくなったから、これがいいってやつを選んでみてくれよ」
「えっ、ええっ!? じゃ、じゃあもし私の選んだ水着が良かったら、その……着てくれるの?」
「うん」
まぁ、動揺するよな。
俺は里奈に携帯を渡す。
「えーと、その、わっ、私自信ないから…」
「じゃあ、シーサー決定な」
「任せて悠人君。良いの選んであげるから!」
俺の携帯を返そうとしていた手を引っ込め、携帯の画面を見始め水着を選ぶ。
(さっ、さっきの見る限り、ブラはスポーツブラ、パンツはズボンが良いのかな…。でも青色のスカートが付いてるビキニとかいいかも。あ、でも…エッチな子って思われて嫌われちゃうかも。いや、やっぱり私だけで決めていい事じゃない。……これは久しぶりに会議を開くしかないね)
決まったかと思いきや、突然うつむいてしまった。
「悠人君…これ明日でもいいかな? すぐには決めれそうにない」
「ん? いや、別に嫌なら嫌でいいんだぞ?」
「ううん、悠人君に似合うの厳選してくるだけだから」
「おっ、おう。頼むよ」
何だ、笑顔なのに威圧感を感じるぞ?
ははーん。まーた、俺は地雷を踏んだんだな。
「はーい、授業の時間だよ〜! 次はバスの席を決めようね〜!」
「ミキT! 俺は窓際。絶対窓際!!」
「どうしてかな?」
「バスの空気は酔う」
「じゃあ、悠人君は先生の私の隣ね!」
「「「「おい」」」」
結局、席は安定のくじで決めることになり、隣は明日香になった。
〇〇〇〇
今日の放課後の体育館にてある会議が行われている。
この会議は、常に「木下悠人」に関してだけ行われている。
また、自由参加であり人数の指定はされておらず、先生と生徒のみで行われている。
今回は緊急だったので人数は100人程度しかいないが。
「今日は、悠人君の水着を決める権利を得たので緊急会議を開きました」
そして、ステージに立った木村里奈がいきなりとんでもないことを言い放つ。
「嘘っ! 悠人君の水着を!?」
「理解したけど、現実味がなさすぎる!」
「見れるだけで満足するのに、どこまで悠人君は私達を満足させるの!」
「うう〜〜、もう悠人君しか見れないよぉ〜!」
「やばい、妄想だけで鼻血が…」
「……ちょっと、トイレ逝って来る」
「あっ、私も」
と騒つく女性達。
今回のテーマは、『木下悠人の着る水着』である。
否、『水着』である。
今までにない難解な問題である。
ちなみに前回の会議では、ファンクラブ内での限定通貨の作成の有無。
前々回は、木下悠人の2次創作について。
前々前回は、ファンクラブの誓約の更新。
などのテーマで行われていた。
「ところで何で貴方がその権利を得たの?」
1人の女生徒の発言で木村里奈に視線が集中する。
木村里奈。木下悠人を自宅に連れ込んだとして、現在身内を除いて最も仲が良いとされ、警戒されている人物。
異常な程のゲームの腕前、チート使った相手でも普通に勝てるレベル。
そんな彼女であっても、簡単に彼の水着を選ぶ権利を得る事は難しいであろう。
しかし、彼女はそれを得た。
それには相応の理由があるはず、そう思いながら聞いている者がいる中、
「悠人君の着ようとしていた水着を私が拒否したら選んでくれと頼まれただけ」
何だそれは! 彼の彼女みたいな事しやがって!
「ふざけないで! 悠人君の着た水着を見れる以上に幸せはないでしょ!」
「そうよ! 何考えてるの!?」
「悠人君が自信なくなって水着着なかったらどうしてたのよ!」
「ナイチチ! ペタン胸!」
文句を言われる里奈は、その反応を分かっていたという表情で見ると、直ぐに合図を送り、自身の後ろにモニターを出させる。
「じゃあ」
彼女はモニターの前から退き、
「この水着でも良いのならね!!」
そして、モニターに映されたのは、あのシーサーが描かれている紫色の水着。
‘’……うわぁ’’
全員が声に出すほどドン引きした。
「私が拒否しなきゃ、悠人君はこれを着てしまうかもしれない。それで良かったなら、謝ります。ごめんなさい」
いや、よくやってくれたと全員は思う。
確かに、ネタとしては良いとは思う。しかし、イケメンな彼がそんな事しても、しらけるだけである。
例えるなら、美人が熱湯風呂や、熱々おでんをした時と同じ感じである。
面白くない上に何故やらせたとなる。
こちらも同じ、何故着たとなる。
ついでに彼のプロフィールに、服選びはギャグを重視と追加されるなど、見事な風評被害も受ける。
「後、ブラはスポーツブラ、パンツはズボンタイプが悠人君は好むはず。ビキニや露出度高い物は、難しいと思います」
確かに、彼は女性に対して性的な刺激を与えないようにしているのは火を見るより明らかな事実。
「一応、10着程選んでみました。この中から、好きな物を。また、他にあるならその水着の画像をください」
そうして悩むこと数時間、意見の対立、多数決を乗り越え選んだ水着は、
赤と白色のドットの水着。
これを購入し、次の日渡された木下悠人は、
「いや、凄く良いし、問題ないけど。……俺、里奈にスリーサイズ教えたっけ?」
「てか、サイズ合ってるし」と言われ、汗を掻きながら、新聞に書いて合ったと弁解をしている木村里奈が目撃された。
その後、柳田を追いかける木下悠人の姿も目撃されている。
柳田。みんなのスケープゴート兼ストーカー代表。
独自で木下悠人の新聞を作成している。年々クオリティが上がり、新聞ではなく生態調査、解体新書など言われる事も多々ある。
ファンクラブに入ると自宅に送られる。
「新聞に書いてあった」は魔法の言葉。
1番木下悠人に怒られ、追いかけられているが、彼女自身満更でもないらしい。




