31 夜々ちゃん
『ゆーとさま。わたし、ゆーとさまにあいたい』
夜にかかってくる夜々ちゃんの電話。いつものように夜々ちゃんの近隣で起こった話や俺の話を話している時、唐突に言われた。
もちろん俺の答えはYES。
「うん、いいよ」
元々夜々ちゃんがまた会いたいと言っていたから連絡先を教えたのだから。でもすっかり住所を言うのを忘れていた気がする。
「住所言うから、紙とペンを準備して?」
『もうよういしてる』
聞く気満々で何よりだ。
俺は夜々ちゃんに住所を教えた。
そして、
「ゆーとさま」
休日のある日、スーパーで買い物してたら夜々ちゃんに会った。夜々ちゃんは俺の元に来て抱きついてくる。
まさか魚売り場で会うとは思わず驚き、少し言葉が出ずにいた。何故ならこの子はお嬢様である。普通に考えてここに居ること事態がおかしいのだ。
「元気してたけど、どうしてここに?」
「ゆーとさまにあいたくなった。だから、きた」
「……家に来ればいいのに」
「このじかんのときは、いつもすーぱーでおかいものしてるっていってたから、はやくあいたくてさがした」
可愛いことを言ってくれる。これはちゃんともてなさないとな。
「夜々ちゃんの好きな食べ物何かな?」
「きゅうりのあさづけ」
渋いなぁ。
「かりかりしてて、ちょっとしおけがあって、おいしい」
「分かる」
家で作るからね。
「ゆーとさまのつくったきゅうりたべたい」
「ああ、家に作り置きしてある。家帰って食べよう」
「わかった」
「ところで、離れようか」
さっきからずっと抱きしめられているせいで動けない。さらに、ここはスーパー魚売り場だから人目につくし、さっきから周りから視線を感じている。それに俺は男だし、バレたら家に連れて行くどころではない。
「じゃあ、てをつなぎたい」
「いいよ」
俺は夜々ちゃんと手を繋いでレジに向かう。最近の女の子は手を繋ぐと恋人繋ぎにするの流行ってるのだろうかと思いつつ少し大人っぽく背伸びする夜々ちゃんを可愛いと思う。
「俺自転車なんだけど、夜々ちゃんは車で来たの?」
「ひとりできた」
「……お母さんに連絡した?」
「いったら、おかあさまもついてくるから、いわなかった」
家に着いたら連絡しよう。
ーー自宅ーー
「ここがゆーとさまのいえ、わくわく」
「さあ、上がって」
俺は夜々ちゃんを家に上げる。
「あっ! にーちゃおかえ……」
優菜が迎えてくれるが、俺の隣にいる夜々ちゃんを見て固まる。そして浮気相手を連れて来たことを非難する様な目をして俺を見てくる。
「にーちゃ、その子誰?」
「夜々ちゃんだ。ほら、よく夜に電話している子だよ」
「あ〜、それでにーちゃの何?」
「つまです」
おっとぉ、これはまずい気がするね。
「……残念だけど私のほうがにーちゃに大事にされてるから無理だよ」
「わたしのほうがゆーとさまにだいじにされてる。だから、わたしがほんさい」
「電話だけの関係じゃあまいよ」
「そんなことない。ゆーとさまはいつもわたしからでんわをきるようにしてくれてる。これはわたしをさみしくさせないようにするゆーとさまのやさしさ。だから、ゆーとさまはあなたよりわたしのほうをだいじにしてくれてる」
「へぇ〜、私はいつもにーちゃの膝の上に乗ってるよ? どんな時も、にーちゃは笑って全く甘え坊さんだなと言いながらも私の頭の上に顎を乗っけるの。それは、たかだか電話だけの関係じゃ味わえない。にーちゃが夜々ちゃんと私に注げられる愛にはベルリンの壁以上に差があるんだよ?」
「それはつねにゆーとさまといっしょにいるからしかたないもの。わたしとゆーとさまのかんけいは、だいたいにかげつまえ、ゆーとさまはたったすうかげつで、わたしをここまでたいせつにあつかってくれる。すうねんもすれば、ゆーとさまとわたしはだれもがうらやむかんけいになれる」
「なら私はそれ以上に、にーちゃの関係が深まる一方だよ。私が1番近くにいて過ごす時間が多いんだから当たり前のことだよ。もし夜々ちゃんがにーちゃのお嫁さんになる事はあっても私以上に愛されることはないよ」
「ゆーとさまにあいされるだけじゃ、ゆーとさまのつまじゃない。おたがいにささえあうのが、ただしいふうふのありかた。ゆーとさまはそれをのぞんでる」
「長電話してるだけあって、にーちゃの事ずいぶん知ってるね」
「わたしはしんぶんだけのじょうほうでゆーとさまをしったかぶるひとたちとちがう。ゆーとさまがどんなきもちだったかでんわでいろいろきいた」
「えっ、あの自分の事を全く話さないにーちゃが!?」
「わたしがきいたらふつうにこたえてくれた」
「ちょっとそれ聞かせてくれる?」
「うん、そのかわりわたしもあなたにいろいろききたい」
「じゃあさっそく上がって! あっ、私は優菜。よろしくね!」
「わたし、やや。よろしく」
そして2人はリビングへ向かおうとするが、
「夜々ちゃん、まずは手洗いうがいね」
俺が引き止める。
「わかった」
「洗面所こっちだよ」
優菜が洗面所に案内する。
俺は2人が話しに集中している間に手洗いうがいをした。止めようとしても「黙ってて」と言われるのが見てて明白だった。
しかし、2人が意気投合してくれてよかった。これで仲良くなって欲しい。だが、優菜の「自分の事を話さない」ってのは引っかかるな。結構話していると思うんだけど。
まぁ、いつも通り過ごせばいいか。
夜々ちゃんが手洗いうがいをし、リビングに行くと、
「ではにーちゃにあまえます」
「うん」
「あれ? 夜々ちゃんに話し聞かないの? それと夜々ちゃん。はいこれきゅうりの浅漬け」
俺は冷蔵庫から作り置きしてあるきゅうりの浅漬けを一口サイズに切り、皿に盛り付け夜々ちゃんに持っていく。
俺は俺で切らずに一本まるごと齧りつく。
ああ、まるごと食べるってのが贅沢な感じで好きなんだよなぁ〜。
「おお〜、ゆーとさま、ありがとう」
夜々ちゃんは目をキラキラとさせて、きゅうりを口に運んでいく。
「目の前ににーちゃがいるのにあまえないのは二流。LI○E交換したから後でじっくりと聞く」
「そうか」
「ゆーとさま、きゅうり、すっごくおいしい」
「それは良かった」
「あっ、にーちゃ私も頂戴!」
「おう、いいぞ」
と言うと優菜は俺の食べているきゅうりに齧りつく。
「おいおい、新しいの出してやるから待てって」
「いいひゃん。ふぇるほんはへほ!」
と言いながらもどんどん食べられていく。しかし、これはいつものことだから仕方ない。優菜笑顔だし、きゅうりはまだたくさんある。
俺は冷蔵庫からまた1本取り出し、齧りつく。
「ゆーとさま、わたし、もっときゅうりたべたい」
と言いつつ夜々ちゃんは俺のきゅうりを持っている手を自分の方に持っていき齧りつく。
ブルータスゥ……。
俺は後でひっそりと食べる事にしよう。
それよりも夜々ちゃんの家に連絡しないと。お迎えとか頼まないといけないし、娘がいくら信用しているとはいえ何の連絡も無しじゃ心配させるだろう。
「夜々ちゃん、家の電話番号教えて」
「ん」
俺は夜々ちゃんに紙とペンを渡す。夜々ちゃんは電話番号を書いて俺に渡してくれた。
俺はそれを見て家の電話機から電話をかける。
『はい、こちら山崎家です。何か御用でもおありですか?』
おっ、出てくれた。
「えっと、木下悠人と申します」
ガチャンと電話越しに聞こえた。多分受話器を落としたのだろう。
『うぇっ、はっ!? 木下悠人様、でごさいますか!?』
凄く動揺してる。その様子だと、夜々ちゃんは俺の事家族に話してなかったんだな。全く後で注意しないとな。
「はい、本日はそちらの娘さんの夜々ちゃんが家に連絡も無しに私に会いに来てしまったんです。ですからそのお詫びと、お迎えをお願いしたいんです」
『いえいえ、ご丁寧にありがとうございます。今ちょうど奥様がいらっしゃいますので代わりますね』
「あっ、はい」
返事を返すと、電話越しに「奥様、木下悠人様からです」と聞こえる。すぐ近くに居たんだろう。
『お電話代わりました。夜々の母の山崎栞と申します。本日は娘がお世話になってすみません』
「いえ、ただ夜々ちゃんが1人で会いに来てしまったので危ない事をさせてしまったと反省しております。今は家でゆっくりさせています」
『娘はまだ若いといえど乙女ですからね。無茶をするのは仕方のないことです。私の方からも言っておきますのであまり気になさらないで下さい』
「そう言って頂けると幸いです。後、夜々ちゃんのお迎えをお願いします」
『分かりました。時間帯はいつでしょう?』
「そうですね、そちらは何時頃が都合がよろしいですか?」
『えっ……と、午後5時頃がちょうどいいですね』
「分かりました。では5時頃にお願いします。夜々ちゃんにもそう伝えておきますね」
『お願いします。では、後ほど失礼しますね』
「はい」
それを最後に電話は切られた。
受話器を戻し、振り向くとすぐ目の前に夜々ちゃんが立っていた。顔を見ると頬を膨らませている。
なにか悪いことでもしただろうか。
「夜々ちゃん、今日の5時にお迎えが来るよ」
とりあえずお迎えが来る時間帯を教える。
「わかった。それよりも、ゆーとさま、おかあさまとながくでんわしてた」
「そんな長くないと思うんだけどね...」
「ばつとしておうまさんやって」
「はいはい」
俺はその場で馬となる。
夜々ちゃんは俺の上に乗り、
「ゆーとまるさま、ごー」
ご丁寧に悠人丸と名前を付けてくれたね。楽しそうでなりよりです。
俺は夜々ちゃんを落とさないようにゆっくりと進み始める。
そしてそんな様子を見た優菜は、
「あー!! 夜々ちゃんずるい! 私も乗るー!」
と言って夜々ちゃんの後ろに乗る。しかし、さすがに小学生と幼女を乗せることは出来ても、膝に体重が集中するため痛くなる。
「えへへ、ゆーとまるさま、いいこ」
俺の頭を撫でながら喜ぶ夜々ちゃん。そして優菜は乗ってから鼻歌を歌っている。
そんな様子を俺は「膝痛いから降りて」と言ってぶち壊す事なんて出来ず、そのまま続けることにした。
膝は犠牲になったのだ。幼子達の笑顔の為に。
その後、俺は後の事を考えてネットで膝当てを買った。




