27 運動会前
夏頃に開催される学校行事とは何か。
運動会である。
しかし、男が俺のみであるため、いるだけで同じ色の組の女の子たちの士気が上がるため、という理由から俺は参加しないで休むのである。
青春のページが何枚か失われた気分。
高校にもなると結構面倒になりがちな行事ではあるが、小学校はそうではない。イベント好きな子供達はこぞってやる気を表す。
そして、
「にーちゃ、私のいいとこ見せてやるから楽しみにしてて!」
我が妹も例外ではない。
「おう、楽しみだ! とりあえず練習をして万全な状態で運動会に挑め!」
我が妹が参加しているのだ。今回からは保護者側で運動会に見に行く。
お小遣いで買った最新式のビデオカメラ一式が火をふくぜ!
何? 士気が上がるから参加するな? 馬鹿者、妹の活躍を見ない兄は兄ではない、ただの血縁者だ。
「ふふふ、頑張る!」
とりあえず、頑張ろうとする優菜の頭を撫でる。
「えへへ」
数回撫でた後頭をポンポンと2回触れる。
「頑張れるように俺流のおまじないだ」
「ありがとー! あっ、もう時間、にーちゃ教室に戻るね〜!」
そう言って教室から出て行く優菜。
さっきから周りの視線が気になると思っていたが、そういえばここ俺のクラスだった。
「にーちゃ、私がいなくなるから寂しがるなよー!」
「大丈夫だ」
周りの女子達は思った。
……またお父さんしてる。
そして休み時間中、
「にーちゃ、助けてー!」
優菜が早苗ちゃんと一緒に俺のクラスに入って来た。
優菜は私服で、早苗ちゃんは体操着を着ている。
「どうした優菜、そんなに慌てて。早苗ちゃん、こんにちは」
「はい! お兄さんもお元気そうで何よりです」
可愛い笑顔を見せる早苗ちゃん。
だがそれよりも優菜だ。一体何があったというのだ。
「あのね! 体育着にゼッケンをつけるの忘れてたの!!」
あ〜、正方形の10cmくらいのやつを体操着の胸あたりに縫わないと練習参加出来ないんだっけか?
「優菜、そういうのは昨日言ってくれないと。いつも言っているだろう。忘れないうちに早めにって」
「うう、ごめんなさい」
「とりあえずゼッケン付けるから体操着貸して」
「うん」
俺は優菜から体操着を受け取り、机の横に掛けてある裁縫セットから針と糸を取り出す。
ふふふ、家事全般出来るようしている俺。慣れた手つきで1発で針を糸に通す。そして一定の間隔でゼッケンを縫い付けていく。
そして数分でゼッケンを付け終わる。
「ほれ、今度から気をつけんだよ?」
優菜に渡す。
「にーちゃ、ありがと〜!!」
と体操着を受け取り、抱きついてくる。
「ははは、このくらい平気だ」
とやっていると、
ブッチィ!!
と何かを破る音がした。
音の主を辿ると、
「お兄さん!! 私のゼッケンが取れちゃいました!!」
綺麗に縫い付けてあったはずのゼッケンが早苗ちゃんの握り拳の中に。
力一杯引っ張って取ったに違いない。だが、このままでは早苗ちゃんが練習に参加出来ない。
というわけで、
「任せなさい」
と了承する。
早苗ちゃんはその場で体操着を脱ぐ、俺は早苗ちゃんを見ないように他所を向く。
「お願いします、お兄さん」
体操着を渡して来る早苗ちゃん。
体操着を受け取り自分の机の上に置く。俺は他所を向いたまま着ている上着を脱いで早苗ちゃんに渡す。
「年頃の女の子が上半身裸でいるのも、体を冷やすのもよくないから、俺の上着でよければ着るといい」
「えっ、いいんですか!?」
「うん」
「あ、ありがとうございます!」
早苗ちゃんは俺の上着を受け取る。
俺はそのまま体操着とゼッケンを縫う。
「えへへ、あったかいです!」
それは良かった。
そして縫い終わり早苗ちゃんに渡す。それと同時に、
「そこ、自分のゼッケンに手を付けない」
終わるのを待ってましたと言わんばかりにゼッケンを外そうとする女の子達に注意する。「ダメなの?」とジッ…っと見てくるのだが、1人ならまだしもそれが何十人ともなると…ね。「こちらとしても対応が間に合わないから無理です」と目線で伝える。
それが通じたのか殆どの女の子達がゼッケンから手を離した。
それを見て心の中でほっ…とする。
早苗ちゃんはというと、
「お兄さんの上着いい匂いします」
なんか俺の上着の匂いを嗅いでいる。
「なんか恥ずかしいから返して?」
いやまぁ、アニメでもそういうシーン見たことあるが、実際にやられると複雑である。
「はい、わかりました」
早苗ちゃんの顔を見ると、「まだ着ていたいな」という表情を浮かべている。
別に上着を貸すぐらいどうってことないが、ここは学校、公共の場。男の俺は基本的に視線の的となり、常に誰かから見られているというのが当たり前。妹である優菜ならまだしも、これ以上特別扱いしては俺の知らない所で早苗ちゃんがいじめを受けるかもしれない。
それは何としてもあってはならない。
「ありがとうございました!」
早苗ちゃんは俺の上着を返す。そうだとも、こんなに素直で良い子を嫉妬からくるいじめなど受けさせてはならない。
「うん、今度からしないようにね」
しかし、釘を刺さねばならない。少なからず、俺にあまえたいならば、周りの視線が無い時でないとね。
「あっ、はい、ごめんなさい」
自分に非があるのは分かっているらしい。
「そろそろ休み時間が終わる、早く戻るといい」
「そうですね! じゃあ戻ります!! 行こう優菜ちゃん」
「ええ〜、まだにーちゃニウムが…」
「優菜、駄々をこねない。家で補給しなさい」
「分かった! にーちゃ逃げるなよ〜」
「俺が逃げたことあるか?」
「無い!」
「練習頑張れよ」
「うん!」
そして、早苗ちゃんと優菜は教室を出て行く。
それと同時に里奈が話しかけてくる。
「悠人君、私は悠人君がお父さんかお母さんか分からなくなってきたよ」
「ということは里奈もゼッケンつけ忘れたな?」
「朝すごい怒られたよ」
「そっか、それはそれは……当たり前だな」
「主婦の気持ちが分かる主夫の鑑」
「やめろ褒めるな照れちまう」
放課後となり、体育委員会全体が運動会の準備、生徒は練習と忙しい中1人帰る帰宅道。
ああ……悲しきかな。
自転車を漕いで走る。学校からはそう遠く無いので数10分程で家に着く。
その後の俺はいつも通り夕食の準備をして、女の子達との文通のための返事を書く。
不意にテレビを付けて聞き流し、聞き流すのはニュース番組。
政治家の汚職、活躍している選手、最近人気のアイドル、色々あるがやはりいつも目に付くのが、
「全くと言って減らないんだな…」
男子高校生、男子中学生が女性に襲われる事件である。
事件起こり過ぎやしないか?
他人事と言って侮るべからず。いくら自分が鍛えているからといえど、大人の女性には勝てないのだ。襲われたらひとたまりもない。
「警護官、真夏に相談しないとな」




