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閑話 母の職場で

 


 悠君が学校に通って3年、その母である木下真夏は少し焦っているのである。


 その理由とは、




「真夏部長も知らないんですか? 木下悠人君っていう小学生のこと」




 うちの会社の後輩にも息子のファンがいるということ。


「へ…へぇ〜、アイドル?」


「違います! 確かに非公式の裏アイドルみたいなものですけど、誠実で優しく、女の憧れと妄想と欲の結晶のような少年。天使と呼ばれて、ファンクラブ会員には彼の学校生活を書いた新聞が貰えるんです!! しかもこの新聞、もう生態調査並みにきめ細かに書かれています!!」


 息を荒くさせ、興奮した様子で説明してくる後輩。それを見て私は少し引いてしまう。


 それ私も貰ってるし、何より私の大好きな息子なんですけど!


「もう他の男性アイドルがアホみたいに見えてやばいんですよ。ていうか、悠人きゅんは何者なんですかね? 聖人なんですかね?」


 私の天使だけど。


「知らないわよ。私その…悠人君? 初めて知ったし」


 とりあえず知らないふりをしておく。


 悠君はファンクラブについては「勝手にどうぞ」と無関心だったらしい。だが、その反応は明らかにそんなに増えないだろうと思っていたからこそ。


 しかし、現状は会員数は30万を超えているのだ。しかもそれを悠君は知らないという。


「そうですか、でもファンになるなら悠人きゅんがおすすめです!」


「そう、見ておくわ」


「絶対に見といてください!!では私戻りますから」


 そう言って後輩は去って行く。


「はぁ〜」


 いずれ会社全体に悠君の噂は広まるだろう。


 時間の問題かな…。


 さらに、


「お〜真夏〜」


「あっ社長、どうしたんです?」


「いやね、いつになったら悠人きゅん連れてくるのかと」


「ぶっ飛ばしますよ?」


「あんな可愛い赤子がこんなにカッコよくなるなんてねー」


 この社長はもう察しているのである。


「ねぇ、連れてきてよ」


「嫌です」


「うう…男との恋愛なんぞ期待してないけど、お知り合いにはなりたいのよね〜」


 溜息を吐きながら言う社長。


 まぁ私には悠君がいればそれでいいのでどうでもいい事。


 それに悠君の事だ。紹介したら私がお世話になっていると思い、いつも以上に丁寧な態度で接するはずだ。そうしたら社長は調子に乗るに決まっている。


「悠君はダメですよ?」


「どけち〜」


 当たり前だ。こっちは大事な息子を守らねばならんのだ。


「ところでもう少しで会議だから書類用意して」


「はいはい、確かここに……あれ?」


 持ってきたはずの書類が無い。


 もしかして家に忘れてきた? 嘘、本当に?


「どうしよう、社長。忘れてきちゃった」


「えっ、やばいよそれ。どうすんの!?」


 もしものためのUSBメモリも無いし、これはマジでやばい。


「急いで家に戻って取ってきます!!」


「分かった! 私の方で時間稼いでおくから急いで!!」


 あーもういつもはこんな事起きないのに!


 なんて運の悪い事だろう。


 とりあえず急いで家に戻って取りに戻らないと!!


「ぶっ…部長!!」


 さっきの後輩が焦ったよう私の元に戻って来た。


「何っ! 今ちょっと急いでるんだけど?」


「いや、あの…その、お客様が」


「こんな時に? 誰なの?」


「変な子です。顔はサングラスとマスクで見えませんでしたが、木下真夏に会いたいと言っています。娘さんでは?」


「……」


 サングラスとマスク、もしかしてだけど悠君? いや今日学校のはずだし。


「分かった、すぐに向かうわ」


 とりあえず、向かうことにする。




 エレベーターで一階にある受付まで降り、私に会いに来た人を探すが、


「いた」


 案の定すぐに見つかった。


 流石にサングラスとマスクの不審者ではすぐに見つけられる。そして、その人の背には青のランドセル。



 私に会いに来たのはやはり悠君だった。



 私は真っ直ぐに悠君の元に向かう。


 それに気づいた悠君は、小走りで私に向かって来た。


「書類と携帯、忘れてたから届けに来た」


 息を切らせながら言って、ランドセルから書類の入った封筒と携帯を出す。


 しかし、私はそれよりも、


「……どうやって来たの?」


 そう、家からこの職場まで車で1時間もかかるのだ。


 だが、その様子から見て、



「チャリで来た」



 やっぱり…。



「辛くなかった?」


「辛かった、学校に仮病使うのは」


 なんでそっちを気にしてるの!


「そんなことより、会議に間に合うか?」


「えっ? う、うん、悠君が急いで持って来てくれたからね」


「ふぅ、急いだ甲斐があったぜ」


「ありがとね、悠君」


「真夏の為ならこれくらい平気だ」



 本当に優しい子。そんな息子と一緒に生活出来るのがどれだけ幸せなのか。



 そんな愛しい息子を私は抱きしめる。


「ちょっ、真夏、抱きつかないで! あ、汗掻いてるから離れてくれ!」


「大丈夫、私は気にしないから」


「俺が気にするんだよ、離れて」


「仕方ないなぁ」


 私が離すと、悠君は私から少し距離をとる。汗を掻いているからあまり近くに来て欲しくないのだろう。


「このまま学校?」


「ん? まぁ…そうかもね」


 悠君は軽い笑みを浮かべ顔を伏せる。


 あ…仮病使ったのまだ後悔してるんだ。


「真夏〜」


「げっ!」


 その様子を見ている間に社長が来てしまった。


「全く早く書類取りに行ってよ〜」


「それならもう大丈夫です」


「えっ? むむっ、それよりもそこの不審者小学生、君…悠人君?」


「あっ、はい、悠人です。母がいつもお世話になっております」


 やっぱり律儀に挨拶するよね。しかもマスクとサングラスわざわざ外して。


「〜〜〜〜っ!! きゃわ「どらっしゃい!!」何をするの、真夏!!」


 右ストレートを社長に放ったが、ひらりと避けられてしまった。


「絶対今抱きつこうとしてましたよね?」


「こんなにいい子を目の前にして抱きつかないでいられる? 私は無理!!」


「力強く言うな!」


 堂々としすぎ、もう少し上司としての威厳を悠君に見せて欲しかった。


 だがそれより悠君が律儀に挨拶してしまった為、素顔が外に出てしまった。そしてそれを見て行く人達は悠君の存在に気づいてしまう。


「えっ、悠人君!?」

「マジっ!ホントだ!!」

「生悠人きゅん! ああ〜可愛い!!」

「ハァハァハァ、あっ鼻血が…」

「悠きゅーん!! こっち来てー!あっ、大丈夫やっぱり私から行くから!!」

「やはりあの青のランドセルは悠人君で間違いなかったな」

「係長カメラを…」

「しかし、真夏部長の息子だなんて、あの人も人が悪いわね」



 ついにバレてしまった悠君の存在。

 


「すまん、真夏…どうしよう?」


 珍しく顔を青くしている。こんな筈ではなかったと言わなくても分かる。しかし、これは結果的に良かったのかもしれない。いつかは知られてしまうと思っていたこと。今バレてしまっても問題はないはず。


「……放っておこうね」


「本当にごめん」


「いいのよ、書類と携帯ありがとう。早く帰ったほうがいいよ?」


「おう」


 そう言って、スタコラサッサと出入り口に向かう悠君。


 さぁ、私はこの馬鹿な社長、同僚、後輩達を相手にしなくては!


 と思っていたが、急に社長が、


「ねぇ、真夏確かうちの出入り口の自動ドアって確か開くの遅いよね?」


「え?」


 と問われると同時に、後ろで「ふぎゃっ!」と軽い悲鳴。


 振り返ると、



「痛い」



 自動ドアにぶつかって倒れている我が息子の姿が…。



 この光景を見た全ての女性は、



(可愛い)



 と萌えを感じた。





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