117 奴とクラスメイト
クラスメイトは、思った事が一つあった。
(サインとか、一緒に写真撮ってくれないかな?)
もちろん、悠人の事。
大っぴらには、「私がグラウザーです」と正体を明かす事はない。だが、正体を隠そうとする素振りもなく、その異常な身体能力をクラスメイトや先輩に晒し続けている。
それをゆすりのネタとして近づいた者もいたが、「お好きにどうぞ」と無関心。暴かれる事自体が、弱みの一つにならず、逆に奴の囲っている者から敵対行為と捉えられ何をされるのか分かったものではない。
しかし、今回の握手会兼写真撮影も羨ましいと思い、悠人に話題を出した。
「……そうか」
悠人の表情は変わらないが、いつも合わせていた目線が伏せた。そして、何か悩む様子を見せて、会話を終わらせた。
悠人としては、名前を呼び合う程の友人関係となったクラスメイトに対して、ファンだったのかと改めて認識した。けれど、今までそういう事一回も無かったし、親友の陸奥は勝ちたいとだけ。
今更、正体明かした所で、「うん、知ってる」と返してくるであろう彼ら。
普通にどう接すれば良いか分からない。
生身で写真撮った所で、彼らは奴のファンなのであって、自分のファンではないのだから、残念に思わせるだけだろう。
悠人は、少し悩んだ後、行動に移した。
「いくら羨ましいと思ったからって、本人に言うのはどうかと思うよ?」
「ご、ごめん」
教室から悠人が出て行った後、陸奥はクラスメイトに注意を促した。
悠人が正体を隠していないとはいえ、明かしていないのだから、そっとしておくのが学友としての優しさである。
身体が大きいが温和で、偏見も無く、善良な友人。しかし、一度仮面を被れば、弄られ、軽んじられ、時には罵詈雑言を浴びせられる。
確かに弄りと理解していようが、その中には本心を持つ者だっている。ネットで調べれば簡単にアンチコメが見つかるし、スレだって毎日立てられない日がないのだ。
悠人自体が事を荒げたくない平和主義だから、皆やりたい放題好きにしている。気にしない様にしても、ストレスは溜まるはずだ。
だからこそ、学校では素の姿で居させよう。
それが、彼らの決めた事であった。
結局、口約束に過ぎなかったが。
「どうしよう」
「どうするも何も話題に出さない事だね」
気にはしてしまったけれど、あれくらいで悠人が冷たい対応をする程ではないのは確実。けれど、これ以上話題として出さないのが正解と判断した。
すると、陸奥のスマホに通知が来た。
確認すると、悠人からの連絡。内容は、端的に【今日は、バスケに行けそうにない】との事。
想像以上に、悠人にストレスを与えてしまったのではと、陸奥やクラスメイトは思った。
しかし、
「よう、アイツから今日は顔が出せんから代わりに面倒を見てくれと頼まれた」
一同は、思った。
(そ、そう来るかぁ〜〜)
体育館にて、練習をし始めてから数10分位した後、奴が現れた。
想像以上に、フットワークが軽い事に驚いた上で、アイツあんまり気にしてなかったんだなと、彼への心配を吹き飛ばした。
そう、悠人の友人として、現れたのだから、正体は明かしてはいない。だから、奴は悠人ではない。彼ではないから、クラスメイトは奴に写真を撮りたいとお願いした。
「炎上した手前、あまり気は乗らないが、まぁ良いだろう」
クラスメイトの願いは叶えられて、彼の代わりに奴にバスケを教えられながら、その日を過ごした。
次の日、
クラスメイトに話しかける悠人がいた。
「あいつ、これから忙しくなるからあまり来れないそうだ」
「ううん、全然良いよ! ありがとうって言っといて!」
「そうか、伝えとく」
浅野中に通う男子生徒の誰もが知ってる事実ではあるが、それを暴く事もしないし告白させる事もさせない。
今の彼は、グラウザーだ。
そして、明日会う彼は、木下悠人なのだから。




