115 やり過ぎたファンサ
「握手会か、まともにやったのいつぐらいだ?」
「小学4年生ぐらいだったかな〜」
「あー、確か男限定だったはず?」
「そうね〜、私も思ったけど男の人ってこんなに居るんだ〜って感じたわ〜」
「こんな骸骨が好きだなんて、皆も物好きだな」
「あら〜、私も大好きよ?」
「ありがとう、玲奈」
今年、世間に新たな激震が走った。
【グラウザーが女性限定の握手会を開く】
昨今、奴と悟とアグリウスの配信、生放送、番組出演によって、他の男性が活動的になり男が意外と身近な存在であるのではないかと囁かれていた。
だからといって、男と触れ合える機会が生まれた訳ではない。現在、悟の方がメディア活動に勤しんではいるが、リスナーやファンとの触れ合いは、未だにサイン会のみ。
昔は、手首ごと掴まれて攫われかけてしまうなんて事もあったとか。そんな事もあり、男性芸能人の握手会等は、皆避けるようになっていた。
そんな中、奴は女性との握手会を行う事を発表した。
骸骨頭とはいえ男性との触れ合い。
それはそれは、SNSのトレンド1位を当然のように掻っ攫っていった。
とはいえ、1番多くの人間に疑問視されていたのは、当然参加人数である。
リブシスは、その発表から数日後に200名と公表。
あまりにも多いと奴に負担をかけてしまう事を避ける為、また多ければ多いほど防犯対策に穴が生まれてしまう可能性があるからだ。
しかし、奴のTwitt⚪︎rのフォロワー数は、既に億を超えている。それを考えるに、あまりにも枠が少ない。だからといって、推しと触れ合えるチャンスを逃すわけにはいかないのだ。全員がこぞって抽選に応募した。
選ばれた200名は、今か今かと待ち遠しく感じている。
「そいや、玲奈。握手会って何秒するんだっけ?」
「普通は、10〜15秒くらいかな〜?」
「そうか」
話は最初に戻り、奴と玲奈、警護団はもう既に準備を整えていた。
警護団は、奴の事を心配する素振りもなく、生の奴の姿を見られるだけで、目の保養に努められる程リラックスしていた。
文句を言われる事も、パシリに使われる事もなく、すれ違えば、「今日はよろしくお願いします」と相変わらず普段の悪役キャラに似合わない挨拶をしてくるのだから、不満を抱く事ないストレスフリーな現場。
この日ほど、警護官を務めていて良かったと思わずにいられなかったという。
そんな警護団を他所に軽い雑談をしていた玲奈と奴は、握手会が始まる時間になった。
最初のトップバッターは、子連れの親子。
黒髪のおさげがとてもお似合いの可愛い可愛い女の子が、奴の姿を見た途端に母親の手を離して、こちらに走ってくるではないか。
その姿を見た瞬間、奴は危なっかしいと感じ、奴自身の安全の為に用意された柵を乗り越えて、逆に迎えに行った。
「あっ!」
「おっとぉ」
案の定、女の子は転んでしまい怪我をするところであったが、奴は女の子を抱き止めて事なきを得た。そのまま、女の子を立たせて、視線を合わせた。
「ぐ、ぐらうざー、あっ、あのねっ!」
「うん」
「だっ、だいすきっ!」
「ありがとう」
真っ直ぐに好意を伝えてくる女の子に、奴は感謝を伝えて、握手の為に手を差し出すも、女の子はそれを無視して抱き締めてきた。
後ろにいる母親も流石にそれは不味いと思い女の子の名前を呼び離れるように言おうとするが、奴が手で制した。その後、女の子を左腕で抱っこして、母親へと近づいていく。
「子供のする事です。お気になさらずに」
そう言って、奴は母親に空いている右手で握手を求めた。
男から、握手を求められるという行為。そして、一切の仕切りが無い状態で男性に触れるということに一瞬の躊躇いはあるものの、娘が気を許したように胸に顔を擦り付けている様子と奴がそれに何も言わずに娘の頭を軽く撫で、再度手を差し伸べた。
母親は安心してその手を握った。
この間、20秒弱。
「椅子を」
奴は、ファンと自分との時間を堪能してもらう為に、一つの椅子を用意させた。
「こちらへ、記念撮影をしましょう」
母親の手を引いて、椅子に座らせるように誘導。椅子を持ってきた警護官に、写真を撮る様に指示。警護官は、母親のスマホを借りて、写真を3枚。
緊張もあり、母親は背筋を伸ばし、綺麗な姿勢になってしまったが、奴は手慣れている為、3枚とも違うポーズで写っていた。娘は、当然奴の腕の中。
「またね」
「うん! バイバーイ!」
男性と握手をし、写真を撮った。娘に至っては抱っこしてもらった上で、頭を撫でて貰っている。
娘もその母親もその思い出は、一生のものになった。
とりあえず、写真をA0サイズでプリントしてラミネート加工して額縁を買おう、母親はそう思った。
最初に、個室に案内された親子達が、退出するのが遅い事が、他の待機していた人達に異常を感じさせていた。特に、その親子の次を待っていた者に至っては、不用意に触れてしまって、握手会が中止になってしまうのではないか不安だった。
しかし、実際に戻ってきた親子は、スマホを眺めながら、ご機嫌な様子で退出してきたという。そのあまりにも、幸せな雰囲気を漂わせる親子に、待機している者達は、質問をしたそうだ。
「グラウザーがね、頭を撫でてくれた!」「写真を一緒に撮って下さいました。しかも、肩に手を乗せて」とその親子は返答。特に、嬉しそうに話していた少女の声は大きく響いた。
安全面を考えれば防弾性のアクリル板で仕切りを立てて、触れ合うのは手のみ。その筈であるが、アクリル板は彼の背後にあったが、結局仕切りが無い状態で対面する事になったという。
グラウザーから手を差し伸べ、握手した後、そのまま誘導され、椅子に座らせてもらい、写真を数枚撮ったという。
当然、仕切りがあってほんの数秒の触れ合いと思っていた。しかし、実際は写真撮影もありのファンサービス。
これは、期待しても良い!?
「次の方、どうぞ〜」
順番を待っていた女性は、期待を胸に膨らませて、従順に案内通りに進んだ。
そして、奴のいるであろう扉のドアを開け、
「いらっしゃい、よく来たな。唐突だが、記念写真も撮る事にした」
不機嫌な様子も全くない穏やかな口調で、親しみのある様子で自身に手を差し伸べられた。その仕草だけで、仮面の下も優しい表情である事が容易に想像できた。
奴との距離は、数メートルも無い。無理矢理抱きしめる事だって可能だった。しかし、仕切り無しの対面、出迎えとエスコート。何もかもが男からされるには、初めての体験で、女性は全く声を出せず動揺しているだけだった。
そんな女性を察したのか、奴自身から手を取り誘導。そして、女性を椅子に座らせた。
「……あっ」
「警護官に、スマホを渡してくれ」
「……はい、うぇ!?」
女性は、奴に言われるがままに、近くに寄ってきた警護官にスマホを渡していた。
既に放心に近い状態であったが、座っている自分の両肩に手を乗せた事により、出迎えた時よりもずっと距離が近い事を意識した。
推しと触れられるだけでなく、推しが触れているなんて。
その事実が女性を夢心地にさせた。
その間に、何か音がしたがもう女性からすればどうでも良かった。
「またな」
「……あっ」
気がつけば、何もかもが終わっていて、別れの時間が来ていた。沢山伝えたい事があったはずなのに、何も話してなくて、ほぼ無意識に近い状態で触れ合って、何をされたのかどうか朧げであった。
「こ、これからも頑張って!」
しかも、これだけしか伝えられる事がなくて、恥ずかしさのあまり下を向いてしまった。
「ありがとう、じゃあな」
奴はその言葉と共に、女性の頭を軽く撫でた。
上手い具合に、撫でやすい位置にあったからと、奴は特に考えずにファンサとして、最後の最後に行動に移した。
「出口は、こちらです」
「……はぃ」
許容値を超えて、恍惚とした表情で動かない女性。
そうして、2人の警護官に、挟まれて出口である扉を抜けた。
「はっ!?」
気がついたら、自宅に居て、まるで夢であったかのように変わらない日常へと戻って来てしまった。外を見れば、既に夜。下手をすれば、一日中寝ていたのでは無いかと勘違いしそうになる程。
「……あっ、スマホ」
そういえば、写真撮るために、スマホ渡してたんだっけと写真ファイルを開く。
「……」
そこには、椅子に座っている自分の両肩に手を乗せてカメラに目線を向けている奴の写真。背を向けて、顔だけ振り返る姿勢の奴の写真。最後には、隣で膝をついてサムズアップしている写真があった。
「夢じゃない。……頭も撫でられたのも」
ベッドに入った後も、自分の撫でられた頭の部位に手を当て、その温もりを思い出していた。




