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112 秘密が出来た春妃の話

 

「妊娠してたんですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「いや、なんというか急ですね。そんな話は全く聞かなかったので、何か心境の変化があったのでしょうか?」

「特別な事はありません。強いて言えば、悟が……」

「あー、なるほど」

「とーちゃん、どしたの?」

「んー、何でもねぇよ。きっちりお兄ちゃんすんだぞ?」

「任せて!」


 東堂春妃が妊娠していた。

 理由は、悟が下の子を求めたからとのこと。

 確かに、前世でも幼い頃に弟妹が欲しいと親に強請ることは少なくない。可愛い息子の我儘であり、春妃も年齢を考えても子を成す事は問題ない。だからこそ、彼女は家族を増やすことにした。


 とはいえ、行動が早い。

 詳しく聞けば、1ヶ月ほど前から体外受精し、着床させていたという。


 真夏も悠人を産んでから直ぐに優菜を妊娠していたし、案外この世界では子を成して育てるのは難しくないのかもと思い始めた悠人。だが、直ぐにそんな筈はないと頭を振った。


「悟、春妃さんをあまり無理をさせるなよ」

「大丈夫!」

「春妃さんも身体を大事にして下さい」

「ふふふ、ありがとう。でも、あまり心配しなくても大丈夫です」

「何か出来ることがあれば言ってください。お一人の体ではないんですから」


 まるで、自分の子が出来たかのように心配する悠人に、嬉しさを感じた春妃。周りからは、「あっ、作るんですね〜」と軽い感じで流されたというのに。これは、将来立派な親バカになる予兆を感じ取った。


 生温かい目で悠人を見ている春妃。そんな春妃に、悠人は純粋に気になった事が一つある。


(一体どんな人を選んだのか)


 春妃さん程の美人さんであれば引く手多数と思うが、悟がいるからそれはない。しかし、彼女の事だから、顔もよく優秀な人間の遺伝子を選んだのだろう。だからといって、それを聞くのはどうかと思い踏み込まない事にした。






『春妃様の妊娠おめでとうございます。ところで、グラウザーのお子さんではないんですか?』

「違う」

『春妃様は、違うって言ってましたけど本当は?』

「だから、違う言うとるだろが」


 春妃の妊娠が発覚してから数日。

 世間は、この一つの話題について大きな疑問を抱いていた。


 お腹の子は、悟はまだ幼いからともかくとして、いつも距離の近かったグラウザーの子供ではないのか、と。


 もちろん、奴自身も身に全く、全然覚えがないので、即座に否定するが、妊娠している春妃に対しての行動が少し過保護だった。道を歩けば車道側は歩かさない位置取りをし、段差があれば手を差し伸べ、時折体調が悪くなってないか春妃に顔を向けて観察している様子が見られた。


 これだけしといて、私の息子じゃありませんは、通らない。世間は「ほら、怒らないから本当の事言いなさい」状態。


 確かに、数ヶ月前に遺伝子の提供は行ってはいたが、それが原因で子供作ろうなんて安直すぎる。それに、そんな事を政府が公表するなんていうことは普通しないだろう。


「それでも僕はやってない」

『違う、立場逆やお前』

「…….俺は、未だに童貞だ」

『えっ』

「だから、俺をこれ以上辱めるのはよしてくれ」

『え、いえ、はい』

「分かってくれて嬉しいよ、ありがとう」

『いや、あの、ほんとすんません」

「俺も勘違いを思わせる行動をとってしまったからな。そうしてしまった俺が悪い」

『ごめんなさい』

「気にするな、勘違いされるのには慣れている」

『許して』


 弩級のカミングアウトを行ったことにより、逆に謝られる立場になってしまった奴。確かに、お前の子供だろ=お前らヤッたんだろ?というセクハラ発言に近いものだろう。結果的に、春妃は体外受精で妊娠しているが、あまり問い詰めるべき内容ではない。


「この内容は、悟やアグリウスの教育にも、あまりよろしくない。だから、あまり話題にしないようにしろ」

「とーちゃん、童貞って何?」

「……女性との深い交際経験がない男性の事だよ」

「へぇ〜、赤ちゃんてどうやって出来るの?」

「……女性から作られる卵子と男性から作られる精子。それらがくっついたものが、女性の子宮と呼ばれる赤ちゃんのお部屋でゆっくりと成長していくんだ」

「ほえ〜」


 よく分からない事は、普通に聞いてくる年頃な訳で、ある程度濁しながら教える事になった。






 数ヶ月前、水面下で大きな爆弾が投下された。



【木下悠人が遺伝子を提供した】



 男女比が圧倒的な差があるこの世界も少子高齢化の波は、押し寄せくる。だからこそ、世界的アイドルである彼の遺伝子は、出生率を高める事だろうと政府は考えていた。また、この遺伝子を国外へと販売すれば、大きな利益になるのであろう事も容易だった。


 提供された遺伝子は、通常の管理方法はされない。一般とは別に隔離し、細心の注意を払いながら一滴も無駄にしないように大事に保管されていた。当たり前だが、一般人が彼の遺伝子を手に入れる事は不可能である。


 また、提出前に遺伝子管理センターにて、「どのくらい提供すれば良いですか?」と彼は意欲的だった為、「無理をせず出せるだけ」と伝えた結果、初回であるのにも関わらず、通常よりも多くの遺伝子を提出してくれたのも幸いだった。


 政府は他国に遺伝子を販売。

 どんなに暴利を貪った所で、他国はそれを従順に支払い買い取る。多くの貴族が、彼の遺伝子を我が子宮に収めんと血眼になっていた。


 そんな中で、春妃も見知らぬ人間よりも、彼の方が良いということで、政府が国外に販売する前に遺伝子を買い妊娠をした。悟が下の子が欲しいと願い、自分もまだ子を生める年齢であったし、もう1人くらい増えても良いと思ったのだから。そして、どんな人間の遺伝子をするか悩んでいた頃に、この情報が入ってきたのだから、本当にタイミングが良かった。


 それに、この事は誰にも言うつもりも話題としても出さない。エリナが誰の遺伝子を買ってマリアを産んだとか、栞が何を基準で選んだのか、果ては真夏が自分の誕生日の番号に振り分けられているものを選んで妊娠したという話はしない。


 誰も何を基準で遺伝子を選んだのかは話し合わないのだ。


 前から、もう1人子供を産む予定という話はしているだけ。だから、別に報告する必要はないと判断した。




『春妃さんのお子さんなんですから、きっと健やかに育つ筈です。名前は、もう決まってるんですか?』




 でも、慈愛の満ちた笑みを浮かべた彼の姿を見て、春妃は新たに墓まで持っていく秘密が出来た。



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