108 ストーカーと一緒
自身はストーカーである事は間違いのない事実である。
しかし、最近は監視カメラに映っている映像を眺めて、それを記事にする事しか出来ない。今のしている事にやりがいなど感じていなかった。
以前は、本当に良かった。
悠人が学校内に居る間、あの手この手と付け回し、大事な瞬間を自身の判断で、自身の指でシャッターを切る感覚。悠人の一つ一つの行動原理を考察し、記事を作っていく達成感。
自身の隠密性能が高まり、悠人が自身を認識しにくくなって、困り果てていた時の顔はとても見物だった。
しかし、今ではそれも数ヶ月前の話。
今もストーカー行為をするのは簡単であるが、他の男子生徒に見つかっては、自身もそして何より悠人にも迷惑がかかる。まぁ、見つからない自信はあるが。
「う〜〜〜ん」
今も休日は、悠人の自宅のカーペットの上で、ぐるぐる回るくらいしかする事がない。
「アイス食べるか?」
「食べる」
「バニラとチョコどっちが良い?」
「チョコ」
そう、今も標的と肩を並べてアイスを食べる程度には暇をしているのだ。
「最近物騒ね、ストーカー被害が多い事」
「まぁ、あれだろ。好きだけど、相手から嫌われているとか、認知されていないからとか、もっと知りたいんだろうな。ただでさえ、一般男性は出不精だから、知りたくても知れない。そういった焦りもあるんじゃないか?」
「そう、全く分からないわね」
流石、認知されて、好意を持たれ、軽度のスキンシップも行い、ある程度相手を知り尽くした女だ。そんな余裕のある女に、他の同業者の気持ちなんて分かるはずもない。
「てか、お前は更に一歩も二歩も上回っているんだけどなぁ!?」
「何よ、今更じゃない」
「開き直るかそこ?」
「悠人君、ちょっとバニラ貰える? 味変したいの」
「おい、会話ぶった斬るのやめろ」
文句を言いながらも、カップアイスを柳田に向けてくれる。さりげなく、間接キッスを狙おうにも地味に避けられたことに残念と感じた。
「それで、最近クラスでの皆どうなんだ?」
「どうって言われても、花香が加わっただけで、特にそこから交友関係を広げてはいないわ」
「そうか」
実際、広げられないというのが正しい。
彼女達は、悠人から既に選ばれた存在。そこにそうでないメンバーを加えるとなると、将来的には大きな爆弾を抱える羽目になるだろう。よって、知り合いにはなるが、友達とまではいかない関係を作り続けている。
「でも、気になる子は居たわよ」
「ほう?」
「その子、兄弟が3人いるらしいの。仲は、良好。例えるなら、悠人君が優菜ちゃんだけ接している感じね。周りが近づこうとすると、不機嫌になって、睨みつけていたわ。妹さんと話す時は、凄い良い笑顔なのよ」
「……その子、絶対居心地悪そうだな」
「そうね、男の人が居るのが当たり前の生活を過ごしていた。生で見る事自体が本当に稀で……稀……稀、なのよね?」
「悪かったな」
「ごめんなさい。私も頭がおかしくなっていたわね。ともかく、お迎えを男の人が一緒に来るくらいに溺愛されている。だからこそ、避けられがちね」
「今のところは、大事には至ってないと」
「そうね、でもいつ起きてもおかしくはないとさえ思えるわ」
「ほぇ〜、今度会いそうだな」
「……トラブルメーカーだものね」
「問題起こってから会うの確実かよ」
話している途中で、柳田は気づいてしまった。
これ私がフラグを立ててしまったのではないかと。内心慌てながら、話題を逸らすことにした。
「そんな事よりそっちはどうなのよ」
「陸奥と過ごす事は多いが、最近、ちょこちょこ体育館に来る人が増えてさー。そいつらにバスケを教えてるくらい」
「なるほど、トレーニングの邪魔だと」
「オメェ、口悪りぃな」
「実際、そうでしょ?」
「いや、そうでもない。最初こそ技術もスタミナも無かった彼らが、今ではそれらを身につけてチームプレイをしている。教える立場になるって案外楽しいものなんだなって思ってさ」
「そう」
「ただ、今のところ俺と相手したくないらしい。この前、1人がコートの端っこでしばらく壁に向かって体育座りしちゃったし」
「力の差思い知らせて草」
「てか、今から買い物行くけど来るか?」
「行く」
即答だった。
ストーカーが標的と並んで歩く。
それはストーカーと呼べるのか怪しいが、標的がストーカーと言うのだからストーカーなのだ。
「私って、悠人君のストーカーよね?」
「……YES。てか、とてつもない質問してるの分かってる?」
「昔だと想像できないわね。標的が隣にいるって」
「俺もストーカーが隣にいるとは思わんよ」
「悠人君は、お嫌い?」
「いや、お前だから全然」
「……」
「後にも先にも、俺のストーカーは柳田だけだろ」
さらっと出てきたストーカー特攻の口説き文句に顔を朱に染め、悠人から顔を背けた柳田。
「ばか」
「……なんか言ったか?」
「何でもない」
「あいよー」
さりげなく、悠人の手を掴んで、先導する柳田。
安心しろ、ちゃんと指を絡めた恋人繋ぎだ。
少し揶揄い過ぎたか?と思う悠人だが、いつも振り回されている事もあって、これくらいなら許されるだろうと直ぐに開き直った。
「気になるお店見つけたから付き合って」
「あいよ、時間あるから買い物は後でで良いしな。それで何処よ?」
「カフェよ、雰囲気がまた私好みだったの」
「そうなのか、早速行くか」
因みに、
「何で隣に座る? 普通、対面じゃねぇのか?」
「隣が良いの。駄目?」
「すまん、俺が悪かった」
この日、そのカフェのブラックコーヒーの売り上げが物凄く伸びたそうな。




