107 トラウマと泊まり会
「今日もお疲れ様でした〜!」
「いやー、今日も悟きゅんは良かったねぇ!」
「ちょっと、お花摘みに行ってくる」
「お疲れ様でした!」
「今日の配信もちゃんと見るからね!」
東堂悟。
今1番、世界が熱狂するチャンネルを持つ男子。
本日も特別ゲストとして参加した番組の生放送が終わり、さて急いで帰ろうとしている。
今日の東堂悟は忙しい。
午後6時までの生放送が終わってから、8時に動画サイトで生放送を行うのだから。
でも、大丈夫。今日もとーちゃんと一緒。それになんと自分の家にお泊まりするという一大イベントなのだ。
「おーい、来たぞ〜」
「とーちゃん!」
奴は悟を迎えに来ていた。
今日は平日の金曜。当然学校に行っており放課後の少しの時間で陸奥を軽く蹂躙してきた後。その陸奥は、現在自宅でヘソを曲げながら、心愛とトレーニング。
「僕もいるよ」
「アグリウス!」
奴の後ろからひょっこり出てきたアグリウス。
因みに、アグリウスが泊まるのは珍しいことではないが、奴とお泊まりすると聞いては国を飛び出し、JAPANへ直行。
あの日のやり直しをしようではないかと意欲的だった。
「とーちゃん、さっさと帰るよ何してんの!」
「いや、今迎えに来たんだが」
「時間は有限、早く早く」
「アグリウス?」
迎えに来たはずが、奴は急かす悟に手を引かれ、アグリウスに背中を押される。
「連れてって!」
「いや、俺が動いた方が速いって!」
更には、悟の召使いに両腕を掴まれ連行する形で、帰宅用のヘリにぶち込まれる始末。これには文句の一つ言いたくなる。
迎えに来た人間を、拉致紛いに連れ去ってしまう少年達。
「また、拉致られてるよあいつ」と周りは、当たり前の日常のように、それを見ていた。
(結局拉致紛いに連れて行くなら、俺迎えに来る必要なくね?)
「とーちゃん、背中の筋肉凄かったね」
「腹筋とかも凄い」
「……」
悟の家に帰宅後、いきなりお風呂に入った訳だが、そこで奴の鍛えた肉体を見て、ベタベタとめっちゃ触っていた。そして、その興奮が冷めないのか、お風呂を上がりパジャマ姿になっても偶にひっぺ返して触っている。
触られている本人は、「まぁ、坊主頭を触るような感じなんだろうな」と甘んじて受け入れている。
因みに、奴の姿はいつものまま。
それもそのはず、この後配信を行うというのにパジャマ姿なんて、キャラ崩壊待ったなし。出来るだけそういう事は避けたい奴は頑なに配信時はパジャマ姿を拒否した。
入院時の検査着姿は無かったことにして欲しい。
パジャマパーティと洒落込もうと思っていた2人は、何か一言言いたそうなと表情で奴を見ていたが、「配信終わったら着替えるから」の一言で笑顔になった。
「こんばんわ! 今日は、お泊まり会をするよ! アグリウスは、よく泊まってるけど今回はとーちゃんもいるんだ!」
悟が配信を始めれば、数十、数百万人の人間がコメントを打ち始める。悟は奴の膝の上に座りながら、いつも以上に笑顔でいるのだ。
アグリウスは奴の隣に座り、体を預けている。緊張が解れているだけでなく、頬が少し緩んでいるので、大変ご機嫌な様子。
これは明らかな供給過多であるため、今回ばかりは奴にも感謝のコメントが溢れる。
「よろしく」
「泊まるっていうが、そこまで大きな事ではないだろ?」
「仲良しでなければ出来ない」
「そうそう、前から言ってるけど、僕はとーちゃんの家怖くて行けないし」
悟がわざわざ迎えに召使いを来させる理由は、単純に真夏が怖いから。
初犯の日、悟は召使いと一緒にいた。そして、一緒に拉致紛いに連れ去ってしまった。
当然、真夏はバット片手に車に追走。道路が狭く入り組んでいた為、車の速度は時速40km未満であったが、撃たれる麻酔弾を逆に打ち返しながら、追いつくという人外の域に達した行動をやってのけた。
追いついた真夏は、車の窓に何度もフルスイング。
悟は、その窓の一番近くに居た。とても運が悪いとしか言えず、あの時の乱れた髪の毛に薄っすらと見えた血走った目で睨まれ、恐ろしいほどの殺気を一身に受けた。当時の悟にトラウマを植え付けるには十分。
そういったこともあり、その日以降、悟は奴の家に自ら行くことが出来なくなった。
「優しくて偶に厳しいところもあるけれど素敵な人だよ」と改めて説明を受けても、あの日の光景が目にチラついて「とーちゃん、ごめん」と顔を真っ青にし、身体を震わせて謝る為、奴も2度と話題には出さないようにしている。
事前連絡はするようになったが、召使いが攫うように連れて行くのは変わらない。
自業自得と言えばそうなのだが、女性の怖さを教えるのが、まさか身内とは誰も思わないだろう。
まぁ、そんな説明なんて世間にはしていないので、詳細を急かすコメントが多数。
「拉致初犯、母の目の前で、金属バット片手に母追走、悟恐怖体験」
奴の簡略化され過ぎた発言にて、全てを察した。
補足として、奴のファミコンは周知されている。
配信中に、悟がふと奴を呼び寄せようと連絡することがあるのだが、「妹との先約が〜」「母親と買い物に〜」の理由で断られる事が多い。その際、漏れてくる楽しそうな声を聞けば、身内との関係は良好と誰もが思う。
「とーひゃん?」
「もうゲームしようぜ、なっ? そんで何するんだ?」
「う、うん、そうだね!」
そんな事はさておき、自分からトラウマに刺激してしまって、少しずつ顔が青くなっていく悟の頬を引っ張ったり、ちょっと過剰に頭を撫でながら気分を切り替えさせた。
「ふふふ、今日はリブシスの古い恋愛ゲームだよ」
「あっ、これは」
「ゆ……とーちゃん、知ってるの?」
「知ってるも何も、この攻略キャラの1人俺がモデルだし。玲奈さんが個人でこっそり作ってたやつを社長にバレて売りに出したらしいし」
「嘘ぉ!?」
「まぁ、やってる時に当ててみろよ。俺は内容とか知ってるからあまり横から口出さんぞ」
スキンシップにより、調子を取り戻した悟。
その後の配信は問題なく終わり、奴もパジャマに着替えて、1つの布団で川の字になりながら寝ようとする3人。
当たり前のように、奴を抱き枕代わりにして寝ようとする2人を見て、優菜と夜々を思い浮かべた。
奴は真ん中です。だって、とーちゃんですから。
しかし、悟は物珍しそうに悠人の顔をじっと見ていた。
悠人がそれを疑問を口にすると、
「僕、とーちゃんの素顔って、そんな感じだったなーって」
「親の顔を忘れるな、馬鹿もの」
「もう少しオープンしても良いと思うんだー」
「オープンにしたら、本名言わねぇといけねぇから面倒。こういうのは謎に包まれた方が良い」
「貴族階級では、そんな事ないのにね」
「アグリウス、それ言っちゃ駄目。ほら、明日も朝早くから配信するんだからさっさと寝ろ」
2人の元気な返事を聞き、思いっきり抱きしめられた悠人。だから、こういうのは女性にしてやれと思いながら悠人も2人の頭を撫で、瞳を閉じた。




