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『第二形態ですよ、第二形態』
『世間は大慌てですよ。一週間て、もうちょい時間かけてくれても良かったと思いますよ。まぁ、この仕事してて良かった、本当に』
『でも、一週間で準備できるもんなんですね』
『無垢と精霊が早く早くと望んだのですから、早くなるのも普通ですね』
『じゃあ期日を決めないあいつのせいですね』
『なんで、任せるの一言で済ませてしまうのか』
「うるせぇよ!」
『聞こえていないはずなのに反応するとは、流石男性のネタ枠。優しいし扱いやすくて助かります』
『あいつ、絶対ここまで早く準備するとは思ってなかったんだろうね』
『馬鹿だねぇ』
「頑張れ、とーちゃん! 栄光は、とーちゃんという存在の為にあるんだぞ!」
「その手に。いやその足に栄光あれ」
「……」
息子達よ、その栄光は既に手に入れているかもしれない、と言いたくなるの抑えている奴。というか、決めてから行うまでに早過ぎることに驚きを隠せなかった。
天皇と隣国の女王。後、貴族多数の働きもあって、何事も問題なく進んだという。また、春妃さんとアドリアナさんには、「トライアスロンを見たかった」と小声で言われている。
ごく普通の社会人は、相変わらず急なイベント。当然、有給が取れずに嘆いたという。
「んじゃ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
「ん」
「というか、僕らは横から見てるから」
「は?」
「特等席は僕らの物」
ヘルメットを被り、ゴーグルを身につけて、サイドカーに乗り込む2人。準備完了と言わんばかりグーサインを奴に向けた。
奴はそんな2人を確認した後、開始地点へ待機。多くの歓声を受け、中指を立てたり、親指で首を切る素振りをして、下向ける。
暫くして、合図を受け、奴は走り出した。
「前は画面越しに見てたけど、実際に生で見てるとこんなにも速いんだね」
悟は、走っている奴を見て呟いた。
奴の速度は、自転車と同等の速度。立って見えているだけならば、目の前なんて直ぐに通過してしまう。
「僕達も、あの人達みたいに見てたら直ぐに見えなくなっていたんだね」
「乗ってて良かった、サイドカー」
「本当だね」
そんな会話をしている間も、その隣では奴は黙々と走り続けている。その視線は常に前を向いており、2人を見ようともしない。
「とーちゃん頑張れー!」
「頑張って」
しかし、声援を送ると顔をこちらに向けて、親指をこちらに向けた。
「終わったら、焼肉だよ!」
「いや、悟。集中切らせてどうするの?」
奴は、その会話を聞いて静かに笑った。
奴の走りは綺麗だった。
数十キロを超えたというのに一向に乱れないフォーム。
また、速度計を見ているのかと疑いたくなる程、走行速度が一定であった。
それもそのはず、今の奴にはいる。
この距離を、常に並んで走る者がいた。
エリナとマリア。
最初は、鮮明には出せなかったが今はその姿が奴には見えていた。
そして、彼女達の声が聞こえている。
『悠人様、もう少しです』
「分かった」
『今よ、悠人。あの時みたいに、余力は残さないように』
「おう」
奴は、加速した。
「なぁ、悟、アグリウス。俺は凄いだろ?」
「凄い! 凄いよ、とーちゃん!」
「うん、凄く速い」
「でも、ちょっと今日再走は、流石に、無理だな」
無尽蔵のスタミナを持つかと思われた奴。
今は息を切らせながら、2人に向かい合う。
ちょっとその場に座りたいのだが、2人のいる手前そんな事は出来ない。
「てか、今めっちゃ汗かいてるから近寄んな」
「大丈夫! 僕、気にしないから!」
「その努力の結晶は汚れてない」
奴は抱きついてきそうな勢いをしている2人から離れようとする。しかし、2人からすれば新たな新しい記録を作った自分達のヒーロー。
「いや、よせ、くんな」
当然、2人は抱きついた。
拒否を伝える口とは裏腹に、2人の重さに自身が倒れないよう注意を払いながら、抱き止める1人の男の姿。
2時間10分25秒57。
その数字にもはや何も言うまい。
「おめでとうございます、悠人さん」
「流石ですね、悠人さん」
「春妃さん、アドリアナさん、ありがとうございます」
悟とアグリウスが一旦席を外した際に、2人が祝いの言葉を伝えた。
前も女性にも引けを取らない身体能力に感心していたが、ここまで成長している事に驚きを隠せない。
それでもまだ成長段階。
伸び代があり、向上心が高い。
「今度は、トライアスロンを」
「私からもお願いします」
だからこそ、期待してしまう。
さっきははぐらかされてしまったが、どうしても我慢できなかった。
「興味はあったんで試しに一回やろうかなとは思ってました」
「まぁ」
「でも、2人にはまだ内緒に」
「そうですね」
まだ調整もしていない状態で、短期間に準備をされてしまっては敵わない。
「とーちゃん! 焼肉だよー!! 黒毛……よく分かんないけど美味しい奴!」
「まずは、シャワーを浴びさせろ」
「ゆ……とーちゃん。それならあそこの銭湯に行こう。久しぶりに背中を流す」
「えっ、大丈夫? 今入ると混むだろ流石に」
戻ってきた2人。
奴としては嬉しい申し出であるが、自分達が入れば、決壊したダムの様に人がなだれ込むのは明白。
「ああ、偶々、貸し切りましたので大丈夫ですよ」
「春妃さん、今度困った事があれば何なりと仰ってください」
しかし、気を利かし過ぎていた春妃によってそれは杞憂に変わる。さっさと汗を流したい奴は、誰よりも早く向かった。
「じゃあ、お母様達も一緒に入ろうよ!」
当然一緒には入らなかったが、その日珍しく春妃とアドリアナのSNSが炎上したという。




