101 不満ありありの学校生活
「何故此処に悠人様はいらっしゃらないんですか?」
「花香ちゃん、それは悠人君が男の子だからだよ」
「いいえ、里奈さん。この場に居なければ、男子校にいるのと差異はありません! 私は、一緒にいる為にこの学舎に通う事を決めたというのに!」
貴族の令嬢である山﨑花香。
悠人と同じ学校に行きたいというたった一つだけの理由で、浅野中学校へと入学を決意。
しかし、現実は非常であり、悠人は男性棟へ向かっていった。
同じ教室にて、悠人の後ろの席になり、悠人の背を常に見続け、偶には悪戯として背中を指先でなぞるのだ。
ピクリと身体が跳ねて、振り向いた表情は、呆れた顔をしているだろう。そして、いつもの様に自身の額を赤い痕が残らないように優しく指で弾くのだ。そんな自分達を先生が注意をして、2人仲良く並んでバケツを持ちながら廊下に立つ。
そんな花香の些細な学校生活は儚くも崩れ去った。
「花香様、同じ学校にいる。それだけで十分じゃありませんか」
「……それもそうですが」
「それに、悠人様とても凛々しくなりましたから、一緒に居たいと思うのも無理ありません」
中学に上がるに至って、悠人は腰まで伸ばしていた髪の毛を切った。それはそれは男らしいショートカット。
ここ数年は、長髪で女性らしい格好をしている悠人しか見ていなかった。それでも、その姿に漢らしさを感じてはいた。
それがいきなりショートカット。
うぉっ!!!!!!!
しかし、そんな事はさておき、今1番危ない人物がいる。
「……」
「や、柳田ちゃん?」
「男性棟に監視カメラ配置してくるわ」
「柳田ちゃん!!」
女性立入禁止エリアという事で、悠人にストーカー行為が出来ない柳田は、少し危なくなっていた。
「だって、男性棟に配置してあるものだけじゃ悠人君の行動が追えないもの」
「ハッキングは辞めた方が良いわよ」
「いいえ、明日香。普通にアクセス許可もらっているの。ほら私、悠人君だけのストーカーだから、ある意味安全なのよ」
「いや、それはそれでどうなの?」
「解体新書が普通の新聞にランクダウンしちゃうのよ? それは看過できないわ」
柳田以外は何処に向かおうとしているのだろうと思ったが、その解体新書を毎週読んでいる身としては少し物足りなくなる。となると、じゃあもう放っておいた方が良いと判断した。
「ちょっと交渉してくるわ」
そう言って、柳田は席を外した。
明日になれば、男子棟には倍以上の監視カメラが新たに備え付けられるだろう。
「はぁ〜」
しかし、中学に上がっても解体新書が読めるようになるかもしれないとはいえ、花香の落胆は無くならない。
連絡アプリにて、悠人に連絡を取る事で紛らわす事にした。
【悠人様と一緒のクラスになりたかったですわ】
【実は、俺も皆同じクラスだと思ってた】
【今から交渉出来ませんか?】
【出来そうだけどやりたくないね】
【圧力を加えれば!】
【辞めたまえ、俺の学校生活が死ぬ】
【ですが、私達の学校生活は楽しみばかりになります】
【そこで皆を出すのは辞めとくれ。良いと思った自分がいるから。後、しばらく他の人と一緒に学校周るから一旦話し終わるよ】
【はい、分かりました】
【んじゃ】
「ふふ」
直ぐに既読が付き、返信がきた事で花香の気分は良くなった。
そして、数時間後、
【友達出来たけど、上流階級の人だった。普通の友達は出来ないもんか】
【無理だと思います】
【そっかぁ〜】
【悠人様は、もう帰宅なされますか? 私、本日も悠人様のご自宅に行きたいのですが】
【大丈夫よー】
【では、直ぐに参りますからね】
【いつまでも待ってまーす】
悠人に許可を得た事で、帰りの支度を素早く済ませ、向かおうとする花香。
「あ、あの、花香さん」
「はい、何かございましたか?」
クラスメイトの1人から話しかけられた。その瞳からは嫉妬の念を感じ取り、少し気を張って対応する事にした。
「さ、先程、手紙を預かりまして、これを渡すようにと」
「あら、ありがとうございます」
手紙の差出人は、封筒の表裏からでは分からない。仕方なく、開けて差出人を確認。名前を確認すると、どうやら殿方からの手紙であることが分かった。
内容は、とても高圧的でどれだけ自分が優れているか、また自分の自慢話を長々と。そして、そんな自分に見合うのはお前の様な女性だけだと。
簡潔に言えば、付き合ってやるから今日とある場所に指定の時間までに顔を出せというもの。
「……」
花香は、帰りの身支度を辞め、その場で返事を書いた。
「私はこの後とても大事な予定がございます。この方には、私が今日訪れることが出来ない事をお伝えして欲しいのと同時にこちらの手紙をお渡しをお願いします」
「えっ? は、はい」
「では、お願いしますね。ご機嫌よう」
良い話題が出来た。
この話を悠人に聞かせた時、どんな反応をするのか気になり、少々小走りで花香は学校を出た。
「ラブレター?」
「はい、早速殿方から1枚頂けましたわ」
「会ったのか?」
「先に悠人様とお約束をしたのですから、お断りしました」
「……そうか」
花香は、悠人の反応を見て思った。
心なしか残念そうな顔をしているし、声のトーンも少し下がっている。他の殿方と交友関係を持つ事を望んでいるんだなと。
悠人の性格上、NTR属性は持っていないのは確実。
逆にそれを望まれても、その際は悠人にマウントポジションを取って、顔面パンチをして拒否るので全く問題はない。
私は悠人より強い。
「結構、良い人かもよ?」
「……悠人様は、私が他の殿方とお付き合いしてもよろしいと言う事ですか?」
花香は少し踏み込んだ。
悠人は、自分達が他の殿方と関係を持つことに意欲的なのだ。その理由は、今のままで知る機会もなかった。
「いや、俺って明らかに女性と関わる事が多いから、その俺が花香に対して男性と関わるなって言うこと自体がおかしいと思うのよ」
「……そうですか」
「納得いかない顔してるな」
「ええ」
「まぁ、花香は魅力的な女性だから男の1人や2人振り回しても不思議じゃないという事で納得してくれ」
「なら、悠人様を振り回す方が好きですので、余計な方々に時間を取られたくありません」
「そ、そう」
隠す気のない好意を言われてしまって、花香のラブレターの話題が終わった。だが、花香がラブレターを貰ったという事は、同等の存在であるマリアもまたラブレターを貰っている事は確実で。
「悠人様、私、本日殿方からラブレターを何通か頂きまして」
この国の女性はラブレターを貰うと報告する義務でもあるのだろうか。実際、ラブレターの貰う渡すは個人の勝手であり、いくら何年もの付き合いでも言う必要はないはずと悠人は考えた。
「なんですって! 私より、3通も多い!」
「マリアも凄いねぇ」
「とても不要だったので焼却炉で燃やしたんですが」
「えっ、おっかしいぞ。今、恐ろしい事言いませんでしたか?」
「焼却炉で燃やしました」
「お、お嬢様!」
「どうせなら、相手の顔面に叩き返して差し上げれば良かったのでは?」
「……やはりそうするべきでしたわ」
「僕は君たちが恐いよ」
「なら、私のラブレターを見てください。これが人に好まれようとする人でしょうか」
花香は今日渡されたラブレターを悠人に読ませた。
そもそもの話、2人はあの生放送にてグラウザーの中の人と親密な関係ですと、カミングアウトした様なものなのにラブレターを受け取るとは思わなかったのだ。
「……うわぁ、これは捨てたくなるな」
「まるでアクセサリー扱いですわ! とても傷つきました、ええ、本当に!」
「はい、花香様。私も大変傷つきました!」
「……どうぞ」
悠人は、いつか見た30秒ハグをするだけで1日の3分の1のストレスを解消するという方法を決行。
待ってましたと言わんばかりに、花香は背中に、マリアは正面から抱きついた。
「俺でよければいくらでも力になるからな」
「はい、もうお名前をお借りしてます」
「既に、悠人様のことをお伝えしましたので抜かりありません」
相変わらず行動が早い。
そんな事を思った悠人であった。




