100 狂人がいる教室
その教室には、【狂人】がいた。
周りの少年達は思った。奴こそがあの【狂走者】グラウザーの中身の人間であると。
何故それが分かるのか。単純に1つ放っている雰囲気が違ったこと。そして、周りとは頭一つ抜けている程の体格の良さ。しかし、それ以前に自己紹介での男の声。
「俺の名前は木下悠人。趣味は、ゲームと運動。一年間よろしくお願いします」
聞き覚えのあり過ぎる声に、少年達は動揺した。そして、あまりの対応の違い様にその自己紹介は耳に入らなかった。だって、普段は煽り口調で、わざわざ来ている観客には中指を立て、親指で首を切る行為を平然と行う野郎である。
それが見知らぬ相手にここまで綺麗な言葉が出てくるとは思わないだろう。
しかし、メディアでもあれだけ中身を秘している存在。それは、グラウザーを知るものであれば当たり前の事。なので、天皇と貴族の太いパイプを持つ彼の機嫌を損ねれば、存在抹消されかねない。
我儘で傲慢な少年達は、周りとの初めての共同生活において、まず格上の人間の視線を気にしながら、過ごす事になった。
また、それとは逆に、憧れてあるかもしれない存在にどう話しかければ良いか分からない者もいた。
(自己紹介、失敗したなぁ)
そして、奴は当たり障りのない。それでいて、特に個性もない自己紹介をしてしまったことに後悔していた。
(絶対、あの子グラウザーだよぉぉ)
担任の教員も確信しているかの様に悠人を見ていた。
彼女達と同じ学校に通うといっても、クラスまで同じというわけではなかった。少し考えれば分かる事であった。1:50の男女比において、約40人程の女性の集団に男子1人2人を押し込めるとは正気の沙汰ではない。
ちゃんと男性、女性、それぞれ分けられているのだ。
それならば男子校でも良かったのではと思ったらいけない。
しかし、男性の学校生活は、女性とは違う。
クラスは1つのみで10人にも満たない人数。
それぞれに配布されるタブレットによって授業が行われる。行われるといっても、動画を視聴しながらノートを取る。分からない事があれば、クラスの担任である女性に聞くというもの。
男性に囲まれる状況下で、働くというのであれば並外れた理性の持ち主であることは間違いないが、大人の女性で更には少年達とは初対面である。当然警戒心は高く、分からない事があってもその傲慢さから聞く事はしない。よって、席の端っこの教員用の机にて、書類作業やノートパソコンで書類作成をしているのが常だった。
「先生、少々宜しいでしょうか?」
「うぇ?」
「今お忙しいのでしたら、後でお聞きしますけれど?」
「う、ううん! 全然暇だけど、どこが聞きたいの?」
「はい、ここの問題なのですが」
警戒心や傲慢さをあまり持ち得ない悠人にとって、聞くという行為は全く恥ずかしい事ではない。分からない事があったらすぐに聞く、これ常識。
「ありがとうございます。助かりました」
「全然良いよ。どんどん聞いてね」
「はい」
教員である女性自身もあまり近づきすぎないように気をつけて対応している。呼ばれたとはいえ、調子に乗れば直ぐに教員免許剥奪される。
そんなやりとりを数回繰り返すように行われれば、周りも警戒心は薄れた。また、あのグラウザーも知らない事は直ぐ聞くという姿を見ていれば、聞く事は恥ずべき事ではないと思い自然と教員を呼ぶようになった。
授業は午前中のみで終わり、後は自由時間。そもそも、男性が社会進出するのは難しいので、科目が一般的より少ないのだ。自宅に帰るも良し、過ごしやすい学校に残り時間を潰すのも良い。
だが、彼らの視線は奴へと向いていた。
「ね、ねぇ、今から学校を見て回ろうと思うんだけど、一緒に行かない?」
何と、1人のクラスメイトに話しかけられているではありませんか。
「金城君、だよな? 誘ってくれてありがとう。じゃあ、行こうか」
「う、うん。それに同級生だし、君付けしなくていいよ」
「そうか? なら、そうする」
そう言って、彼ら2人は行ってしまった。
その時、気づいたのだ。
グラウザーの事抜きにして話しかければ、普通に話し相手になってくれるのでは?と。そもそも、普段は煽り口調ではあるが、その分寛容な性格であったなと改めて理解した。
金城陸奥は、緊張していた。
それもそのはず、相手は世界で知らぬ者はいない程の人物かもしれない人間。それに自分もグラウザーのファンであり、何度か握手会やイベントに参加していたのだ。
「見てみたが、利用する施設はあまりなさそうだな」
「そうだね。音楽室とか、家庭科調理室とかいらないと思うけど」
学校内を探索しているうちに、かもしれない人間から絶対にこの人が中の人であると確信に変わった。しかし、話しているうちにその緊張は解れ普通に会話を行えるようになっていた。
「後は、体育館だな。金城、スポーツとかした事あるか?」
「僕鈍臭いから、お母様や兄様達が危ないって。でも、体動かすの楽しそうだしやってみたいなぁって思ってたんだ」
「んー、じゃあバドミントンとかどうだ?」
「バドミントン?」
「ボールだと突き指とか、踏んで転ぶ危険はあるが、バドミントンの羽根は先端が発泡スチロールできている。だから眼とかに当たらなきゃ比較的安全だ。それ以外なら当たってもそんなに痛くないし、跡になることもない」
「僕でも出来そうかな?」
「やってみなきゃ分からない。不安なら出来るまで付き合うぞ?」
「……じゃあやる」
「んじゃ、早速やってみるか」
そうして真っ直ぐ体育館に向かい、体育倉庫からバドミントンの羽根とラケットを悠人は持ってきた。
「後、これアイガード。怪我した後、周りがうるさいからな」
「ありがとう」
「まずはネットとか無しでそのままラリーでもしようか。上に上げる意識を持って打てば大抵上がる。まぁ、最初はラケットに当てることだけでいい」
「随分大雑把な説明だね」
「うっせ、先生じゃねぇんだ。いくぞー」
「おっけー」
そうして高々と上げられた羽根。陸奥は、その場から動くことなく打ち返せそうと思いラケットを構えて、打ち返す。
「おおー、中々好調だな」
しかし、その羽根は悠人の元へと向かわない。だが、軌道に合わせて移動し、打ち返す。
そうしたラリーを続けていくうちに、陸奥は気づいた。
(あれ、さっきから僕動いてない?)
悠人は先程から自身のコントロールが悪い為、羽根の軌道に合わせて右へ左へと大きく動きながら打ち返しているのに、自分はその位置から全く動いていない。
対して、悠人は先程から彼が動かないように打ち返すだけで良いように打っていた。だが、もうそろそろ慣れてきた頃だし、少し動かすかと位置をずらして打ち返す。
羽根の軌道から動かなければ打ち返せないと判断した陸奥。初心者サービスはもう終わりかなと思いつつも、自分も慣れてきたし動きながらでも打ち返せそうと自信が付き始めていた。
しかし、ここで初心者あるある意図しないスマッシュが炸裂。打った陸奥ですら、「あっ」と言葉を落とした。だが、悠人は素早い行動によって、打ち返され羽根は地面に落ちることなく高々と上げられた。
「もっかい、いくよー!」
「バッチこい」
今のスマッシュの感覚を忘れない為に、無茶振りをする陸奥。だが、悠人の返答は肯定。心置きなく、放つことができるスマッシュに思いの外力が篭った。
「ふっ!」
先程よりも速い球ではあったが、悠人は打ち返すことに成功した。その時、陸奥は思った。
(打ち返せないスマッシュを打ちたい)
「どんどんいくよ」
「……おう」
悠人は、その時思い出した。
悟と初めて会った日の事を。羽根付きを行いずっとスマッシュばっかり放ってくる危ない行為をしてくる無垢なる暴食を。
「疲れたぁ」
「だろうなぁ」
「何で息切れしてないの?」
「鍛え方が違うのよ」
息を切らし、体育館の床に仰向けに倒れている陸奥。
運動を全くしてこなかった人間が30分も動き続ければ、倒れてしまう程に体力を失うのは当然。
だというのに、悠人は全く息を切らす事はなく陸奥を見下ろしている。正体を秘匿しているのなら、すこしは疲れた演技でもすれば良いというのに全くしない。
「悠人、今度はバスケやってみたいな」
「いきなりだな」
「グラウザーが布教したから兄達皆やってるんだ。いつか勝ってやるなんて気合の入りが違ってた」
「……まぁ良いが、怪我しても知らんぞ?」
「兄達も何度か指を骨折してたし、怖いのは知ってるから大丈夫!」
「……そうか」
「でも、今日は疲れた。また、明日でも良い?」
「金城に合わせるよ」
「……陸奥で良いよ」
「じゃあ陸奥。よろしくな」
悠人は、友人を得た。
「また、明日ね」
「いや、挨拶とかしたいし見送るよ」
「そう?」
貴重な男子であるから、陸奥には送り迎えが来る。
今日の話を多少聞いただけでも、陸奥は更に過保護にされているのだろうと悠人は思った。
ここで訪れたのが、何と真っ黒黒なリムジン。
悠人は、察した。
「陸奥様、お迎えに参りました」
「うん、ありがとう。悠人、また明日ね!」
「おう、後運動着は持ってこい。明日は、更にハードだぞ?」
「分かった。後、心愛。僕の友人の悠人だよ」
「お初にお目にかかります。心愛と申します」
「木下悠人です。今後ともよろしくお願いします」
「はい。では、陸奥様。お車に」
「うん」
陸奥は悠人に手を振って車に入っていく。
悠人は手を上げて、車が姿が見えなくなるまで見送った。そして、姿が見えなくなった後思った。
(また、上流階級かよぉぉぉぉ!!!)
まだ、悠人にごく普通で一般人の友人はいない。




