96 友人さんいらっしゃい 壱
生放送のバラエティ番組にて、とあるお方が出演していた。
「こんにちわー!」
「ご機嫌よう」
人間国宝の1人、東堂悟君である。そして隣に東堂春妃様が横で微笑みながら手を振っている。
今回は、お二人様のご友人やゲストの友人も呼ぼうという企画であり、色んな事を暴露していこうというもの。これを見ようとする者は、ある意味1人に多大な被害が及ぶ可能性がありそうだなと察することが出来た。
「さて、トップバッターはこの人【グラウザー】です!」
うん、知ってた。
「屑がぁ」
奴の現れた第一声がこれである。
手を振らず、悟から目線を逸らした。完全にノリの悪い姿に来たくなかったと容易に理解できた。弄られてもいないのにカメラに向けて中指を立てている。これは大変教育によろしくない。
「何かあったんですか?」
「何も聞かされず、いつも通りゲームするかと思いきや、いきなり出掛けると言って、スタジオに連れて来られた俺の心情を聞いてくれ。だって、生放送だぞ? 撮影ならリハとかやるから流れとか大体分かるけど、台本渡されずにいつもの貴方で居てくださいって、ちょっーーと不親切だよなぁ?」
「黙ってあちらの席へどうぞー!!」
「てめぇ、後でぶっ殺してやらぁ!!!」
司会者に顔を向け指を刺しながら脅しているが、その足取りは案内された席へ向かっている。スタジオから出ないあたり、奴の懐の広さが窺える。
「僕とお母様がこの内容で番組に出るんだったら、とーちゃんが居ないと話にならないね!」
「うるせぇ、一言くらい言いやがれ」
「ごめんなさいね、貴方」
「全くお前は悟を甘やかしすぎる」
「あの、夫婦漫才辞めてくれませんか! コメント欄が、コメント欄が荒れに荒れてます!」
「うっせぇ、こっちは情緒が荒れてんだ」
「次の方いきましょう!!」
そして、次に現れたのは、【蒼海の精霊】ことアグリウス=フィリア=ブレジンとその母アドリアナ=フィリア=ブレジン。
「ん、よろしく」
「皆々様、ご機嫌よう」
結局いつもの配信と同じじゃねぇかと突っ込みたくなるが、まだ前座の前座というのも恐ろしい。
ここから更に、やべぇ奴らが集まってくるのだから、視聴者は、更に気を引き締めた。
「もう普通の配信でも良かったよな?」
「ゆ……とーちゃん、お友達呼ぶなら配信より番組」
「あのね、アグリウス。やっぱり君まで真似しなくてええのよ?」
「親しみが込めてあればどんな呼び方でも良いって言ったから」
「貴方、アグリウスの好きにさせても良いじゃない」
「お前も甘すぎるぞ?」
「だから、夫婦漫才辞めろって! コメント欄が荒れてんだよ!」
「ぶっちゃけ、俺が女性と何しようが俺の勝手やろ」
「お前、いつか女性に刺されろ!」
「ははは、入院生活も悪かねーぞ? 長時間生配信1週間コース以外を除けば」
「嬉しいんですけど、全部リアタイで観られないのが、少し複雑なんですよ。有給使えないし」
「おい、悟! 文句言われてるぞ!」
「えぇ!?」
「お前ぇ!!」
番組司会者である女性から激しいツッコミの応酬。
会場は、笑いに包まれ、良い雰囲気へと変わっていく。
「えーと、ここまでが前座です。挨拶は、もう良いでしょうね。よく会ってるんですから。しかし、ここからが友人さんいらっしゃい! では、本当のトップバッターはこの方! 橘エリナ様です!」
奴は、「へっ?」と間抜けな声と仮面越しではあるがアホ面を晒した。だって、エリナから何も言われていない。
エリナとの関係は、言ってしまえば師弟関係。後、何故か婚約者候補。しかし、それは中身を知るファンと貴族間に限った話であり、一般人が知り得る方法はない。
「皆様ご機嫌よう」
奴がどないしょ、と焦っている矢先、エリナはカメラに向かって上品に手を振っている。だが、直ぐ目線を奴へと向ける。表情は見えずとも、焦っている姿に少し可愛さを抱いた。そして、奴はこの場で自身をどう対応するのか、とても気になっていた。
「ご機嫌よう、た」
「エリナですよ?」
「はい、エリナ」
奴は、あまり関係を世間に広めようとしないように他人行儀で接する事を決めた。しかし、エリナはその他人行儀酷く嫌った。「エリナさん」と言うのであれば許したが、「橘さん」は許さない。
「えっーと、あの。……2人の関係は?」
「俺の師匠です」
「あ、ふーん」
「弟子がいつもお世話になってます」
「グラウザー、お前の友人関係VIPクラスの面子が多過ぎるんだが!?」
「それな!」
「あの、エリナ様。貴女はアドリアナ様と春妃様の友人枠なのですが!?」
「良かったじゃないですか。師匠枠もあって」
奴の無尽蔵のスタミナを確保させた狂人が露呈した所で、次の方に。
「さぁさぁ、どんどんいきましょう! 橘エリナ様の対になる方と言えばこの人、山﨑栞様でございます」
「どうも御紹介に与りました。栞と申します」
奴は、「大丈夫? エリナと喧嘩しないよね?」と心配した。そんな心配を他所に栞は、簡単に紹介されて席へ座る。
「びっくりしました?」
と小声で言うもんだから、この人も確信犯である。
口では答えず、頭を縦に2回揺らして返事をした。
「因みに、グラウザーとは知り合いで?」
「彼とは家族ぐるみの付き合いをしております」
司会者も察して、奴との関係も掘り下げようとするが、出てきたのは爆弾。間違っていないが、友人と答えない辺り性格が悪い。
「私も含めて娘達といつも仲良くして下さってますよ。そうですね、周りが妬けてしまうくらいには良い関係と思ってます」
「栞様、牽制辞めて貰えません?」
「ふふふ」
「だから、性悪女って言われるのよ、栞」
「貴女に言われたくないわね、エリナ」
「現在進行形で困らせてよく言う」
「その発言をそのままお返ししますわ、同罪者さん?」
「おい、次を呼べ! このまま続けさせると不味い!」
奴はその発言と共に、席を立ち上がり、2人の中に割って入る。エリナに席を一つずれてもらい栞と隣同士にならないように奴が真ん中に座る。「まぁまぁ落ち着いて、な?」と小声で2人に話しかければ、少し睨み合った後、そっぽ向いた。
「ええっと、お次は、この方! カリスマファッションデザイナー、坂田ルナさんです!」
「どーも、坂田ルナでーす! こんにちわ! ちゅっ!」
カメラに対して投げキッスと共に現れたのは、もう知り合って6年の坂田ルナである。奴にとって唯一の恋愛相談相手でもあり、その信頼度は高く、一言で紹介すれば、親友と答える程の人物。
しかし、彼女達のスパイ。
軽く挨拶した後、彼は奴に向かって投げキッス飛ばす。
奴もそれに答えるように席から立ち上がり、人差し指と中指をピンと伸ばして投げキッス。そして、そのまま指を刺し、ルナの元へと歩く。そうして、対面した2人はハイタッチを交わして、席へと歩く。
しかも、その間何も会話がない。
完全に周りを無視した行動に周りは唖然とした。
「どうも親友です」
「こちらも親友よ」
「あー、そうなんですね〜」
「因みに、化粧とかはルナから教わった」
「はぇ〜」
司会者もツッコミを入れるのにもう疲れてきている。
「そして、お次は大人気ゲーム実況者のりっちゃん!」
「うへぇ、やっぱり私場違いじゃね? もう帰りたいんだけど」
「そんな事ないです! さぁ、グラウザーの友人枠としてお呼びさせて頂きました!」
青い顔をしながら、このロイヤルな面子と一緒なことに胃が痛くなってお腹を両腕で抑えている凛。奴の友人枠とは言っても、知り合ってまだ数ヶ月なんだがと内心ツッコミを入れる。しかし、知り合ってからというもの、悟の配信の際に人数合わせにゲームに誘われたり、逆に凛から誘ってゲームをやる事は結構ある。よって、友人枠としては十分。
しかも、奴のリア友というのもあって、会う前から2人の凛に対する印象は良く、通話しても特に私生活に関して深く問われる事はない。直ぐに、2人の信用を得ることになった。
「りっちゃん、平気か?」
「う、うん大丈夫」
「無理そうだったら言ってくれよ?」
「ありがとう、ゆ……グラウザー」
自分のせいでここに来る羽目になったことに責任を感じた奴が、凛の前まで歩み寄る。優しい言葉を掛けながら、奴から手を取って一緒に席に向かって行く姿に、あれまさかのダークホース?と視聴者に誤解される。凛が1番優しくされているのだから勘違いされてもおかしくない。
そんな周りと視聴者の事は知らない奴は、腰につけているポーチから棒付きキャンディを取り出した。
「甘い物口に含めば少しは元気になるさ」
「優しさが染みるぅ」
「りっちゃんさん、これあげる」
「ありがとう、悟君」
「周りがどう言おうとりっちゃんさんは僕達の友達。後これ」
「アグリウス君も優しいね」
悟からは、クッキーの入った袋を。
アグリウスからは、グミが入っている袋を渡された。
最近の男子は、小さなお菓子を持っているらしい。
3人の男子に優しくされた凛は気づいた。
乙女である彼女には分かった。周りの目線がまるで嫉妬、殺意、悪意を抱いている事に。疑似的なハーレム体験をしている凛に世間の目はとても冷たかった。
「私は何も悪くない」
「せやな」
面子が揃って、やっと進行する生放送。
悲しい事に人が登場する度に、奴の情報が赤裸々になっていく。
「俺だけこんなに暴露されてるの絶対可笑しい」
「開けられる引き出しが多過ぎるのが悪い」
「元々、開けないのがゆ……とーちゃんの悪い癖」
「知るか、お前らの口が軽いのが悪い。ルナさんのように口が硬くなりなさい。なぁ、ルナさん」
「ぇうん、そうね!」
「?」
確かに口は硬い。
しかし、録音したボイスレコーダーを横流ししている。あまりにも絶大な信頼を向けられたルナは、背中から這い寄ってくる罪悪感に胸を痛めた。しかし、鋼の精神で何事もないかのように振る舞う。
それを知るエリナと栞は、信頼を裏切る行為をさせた筆頭。
横流しされているなんて露にも思わない悠人を見て、額から汗が流れた。ハンカチを取り出し、汗を拭う。どうかこの話早く終わって欲しいと思いつつ、静観を保った。
放送は、まだ序の序である。




