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92 居ない存在に重ねて

 



「グラウザー、やっぱり実は僕のお父様って事ない?」

「ねぇな」

「そっかぁ」

「てか、俺の年齢知ってるのか?」

「知らない。でも、お母様より少し若いくらいだと思う」

「そうか」


 悟は、生まれた時から父親はおらず、母親と召使いしかいない。それに不満を持った事はないけれど、何故いないのかと疑問に思った。それについて深く聞いても、春妃は多少困った顔をしながら「元からいないからよ」と一言のみ。


 しかし、奴はどうだろうか。

 母親にすら言えない相談事を聞いてもらったり、共に過ごす時間もそれなりに多い。

 自分に先に生きている男という事で、人生で1番必要であろう女性との付き合い方について色々聞かせてもらった。


 親友のアグリウスとは違う、一緒にいると自然な安心感を抱く存在。口では文句を言いつつも付き合ったら、最後まで一緒に居てくれる。何かあっても守ってくれる、そう信じられる人。


 父親というのは、そういう存在なのではないかと。


「父親でなくても、一緒に過ごせる時間はある。あまり気にする必要はないさ」

「そうだね!」


 穏やかな口調と頭を撫でる行為。仮面で顔が見えずとも、その2つの理由から優しい表情をしているのだろうと理解できる。


「でも、グラウザーがお父様だったら良いなぁ〜って思っただけ」

「それは喜べば良いのかどうか知らんが、ありがとな」

「アグリウスもそう思ってるはずだよ!」

「ははは、えっマジ?」


 中途半端に大人で無駄に知識を持っている奴は思った。戸籍上だけは父親になれる方法は知っているが、そんな事を言えば更に問題が増えそうなので黙っておこうと。隣国から遊びに来る王子と拉致常習犯。子供特有の行動力の高さは決して侮ってはいけない。


 隣に座っている春妃さんもそれを知っていて黙っていてくれているので、とてもありがたかった。


(……父親か)


 この世界の子供の出産は殆ど人工授精で行われているのが常。精子バンクにより、収入や学歴などのデータから己の理想に近い遺伝子を選んで出産はするが、その中でもやはり顔が特に重視された。

 優秀、平凡、劣等そんなものはお構いなし。顔が良ければそれで良い。好みに合っていればそれで良い。


 しかし、その人工授精に必要となるのは男性の遺伝子のみ。そもそも提供した男性がその子供を育成する義務は発生しないし、男性も面倒だと子育てをしようとも思わない。自然と父親の居ない家庭環境が当たり前となる。


 いくら育児に関して手厚い補助金やサポートがあっても母親1人で育てるのは、容易ではないのだ。それが希少な男であるならば、尚更。


 この世界に生まれた時から意識のある奴は、真夏が四苦八苦している姿を見てきている。だからこそ、人一倍何かしてやりたい思いが強く、女性に対して敬意を持って接している。

 だが、この世界の父親が一体どんな人で、どの様な顔をしているのかすら見ていないし、聞いた事もない。だが、元々興味のない事なので、どうでもいいと切り捨てる。


「ねぇねぇ、とーちゃん」

「とーちゃんです。えっ、いきなりどうした?」

「あのね、今思ったんだけどグラウザーをお父様って呼ぶのなんか変な感じだから、とーちゃんが良いかなって」

「そうか」

「飽きるまでとーちゃんね!」

「もう好きにしろ」

「えへへ」


 周りの使用人は思った。

 そうやって、偶に頭を撫でながら返事をするから、悟様が奴の父性を感じてしまうのだろうと。

 奴は気づいているのだろうか。撫でられた頭を手で抑えて嬉しそうに笑う悟様の姿を。


「アグリウスにも伝えて、しばらくとーちゃん呼び統一しようと思う」

「いや、それは辞めろ」

「ヤダー」

「まぁまぁ、とーちゃん。良いじゃありませんか?」

「春妃さん!?」

「私も父親は居ませんでしたが、悠人さんみたいな方が父親であったら嬉しいと思いますよ」

「それはまぁ、ありがとうございます?」


 年上の春妃にそう言われて、奴は少し複雑な感情を抱いた。


「ずっと思ってたんだけどとーちゃんって警護つけないよね。それってすっごい危ないんじゃないの?」

「いや、母親が警護官雇ってるって話を聞いているから、大丈夫だと思うが、俺その人達に一度も会ったことが無いんだよなぁ」


(1人1人挨拶しては、悠人さんの過ごす時間が減ってしまいますし)


 本人の知らない所で、周りはすっかり人間国宝扱いしている。真夏が警護官を雇ったところで、政府が自主的にその数倍の警護官を配置。当然、私服で警護をするので、悠人も気づくこともない。

 昨日、悠人がハンカチを落とした女性に話しかけたが、実は男子警護歴10年以上の超ベテランである事も気づかない。


「まぁ、とーちゃんが気にする事はありませんよ」

「そう?」


 しかし、これ以上深く考えられても困るので、春妃は強引に話題を逸らす。


「それより、とーちゃんならするべき事は一つだな」


 いきなりとはいえ、人を「とーちゃん」と呼ぶ弟分とその母親。奴も奴とて、そのまま何もしないわけにはいかない。揶揄われたら、こちらも相手を揶揄う。


「我が子よ、健やかであれ」

「いや、言い方が父親ではなく神様のようなのですが」

「我が子よ、いつも気を張っていては精神に疲労が溜まります。時には、十分にふざけるのです。そして、遊ぶのです」


 そう言って、奴は2人の頭を触って席を外す。

 悟は、いつも通り笑顔で、春妃は久しぶりの感覚に驚いていた。


「ねぇ、お母様」

「何?」

「やっぱり、グラウザーがお父様だったら良かったなぁって思うんだ」

「ふふ、そうね」


 奴は、お手洗いに向かっている間に一瞬寒気を感じたそうな。



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