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88 約束の履行

 


 夕食を済ませた後、夜々にとって一大イベント。

 いつも以上に声を大きくして、悠人に話しかける。


「ゆーと様、お風呂ー」

「分かった、今パジャマ持って行くから」


 ずっと前に約束した手前、悠人は拒む事はない。とりあえず、股間部分を隠す用に急いでタオルを持っていく余裕はあった。そんなことは知らない夜々は一緒に入れる事を嬉しそうに、手を掴みお風呂へと向かった。


 そこに視線を向ける少女が2人。


 入ろうと催促する少女の身内である花香と愛する妹である優菜。だが、その視線は決して痛くはなかった。花香は生の背中が見れるだろうなと本当に羨ましそうに。優菜は、「ずっと前に約束してたし」とようやくその機会が訪れてくれた事に少しホッとしていた。

 よって、悠人は何かを感じることがなく、お風呂へと向かった。


「私がもう少し幼ければ!」

「背中に張り付けるだけマシと思った方がいいと思います」


 2人が居なくなって、思っていた事を口に出し、本当に悔しそうにしている花香。しかし、彼女の普段の行動は、迷惑かけるだろうと思って一歩身を引くマリア達には羨ましいと思われているのだ。


「逆に言えば、背中以外張り付けないのです」

「昔、にーちゃを馬乗りしてた人が何を言うんですか」


 便乗したとはいえ、同年代で馬乗りした女性は花香のみ。言えば多少の動揺の後に乗せてくれるだろうが、普通に考えて頼んでさせるものではない。


「この機会に沢山甘えさせていただきますわ」

「破廉恥にならない程度にお願いします」

「周りに聞けば、背中に張り付く事態が破廉恥らしいようですね」

「じゃあ、もう禁止ですね」


 忘れてはならない。

 以前では、たった拳を合わせる行為ですら、世間一般的には過激なのではと思う程なのだ。抱擁なんて、もうエッチする関係ですと捉えられても過言ではない。


「そんな!?」

「嘘です。にーちゃが拒否すると思うので、その時止めればいいと思います」

「そうですわね!」


 優菜は思う。

 最初からスキンシップ多めだったせいで、兄はそういう人だと意識した。だから、花香に対して人一倍抵抗がないのだろう。しかし、急なスキンシップだとしても、戸惑いはあるものの不快にさせる事は一度たりともなかった。その甘え上手は見事としか言えない。


 それもそう、初対面で手錠掛けられたのだから、触れるくらいなら別に問題はない。


 優菜は、それを知らない。






「ゆーと様、洗うの大変」

「うん、分かる」


 一緒にお風呂に入り、髪の毛や背中を流し合う2人。しかし、普段髪の毛で弄りたい放題の夜々から思いがけない発言に同意した。


 悠人自身も面倒だと感じることがある。

 それに夜々は、普段お風呂の世話は召使いにしてもらっている。腰まで伸びた長髪を洗うのは今回が初であり、幼い彼女には一苦労。


「あまり無理しなくて良いぞ」

「がんばって、背中も流す」

「ありがとう、次は俺が洗うからね」

「ん」


 背中も同様に、幼児には大変。しかし、夜々は大変とは言ったが、それ以上に嬉しい感情が振り切れており、やる気で満ち溢れていた。


「んじゃ、次は俺だな」

「ん!」


 夜々のターンが終わり、次は悠人。

 洗うのも楽しみだったが、その逆も楽しみにしていた。夜々の後ろに回った悠人に、後頭部を突きつけるように姿勢を正した様子から、それが見て取れる。


 そこからは夜々の期待通りだった。

 普段の優しい手つきで、大切に大切に触れられる。痛くないかと痒いところはないかと数回聞かれるのも、自身が悠人にとって特別な存在である特権。


「気持ち良かった」

「それは良かった」


 髪と背中を洗われるだけで、大変満足した夜々。


 互いに洗い終えたので、対面するように湯船へと浸かる。だが、直ぐに抱きつくよう体を押し付けた。そんな急な行動にも驚きはあれど拒む様子すらない悠人。変にバランスが崩れないよう片腕を背中に回した。


「このままがいい」

「分かった」

「♪」


 背中に回した片腕は、既に夜々の頭を撫でていた。

 夜々は、耳を胸に当ててただ静かに心臓の鼓動を聞いていた。


 それから数分後、湯船から出るまで、何も言うことなく湯に浸かる2人であった。






「そろそろママが帰ってくるので、ご飯の準備をしますね」

「あっ、では私もお手伝い致します」

「ありがとうございます」


 今日の仕事は、遅番だった真夏に、優菜は晩御飯の準備をしようとする。花香も手伝おうと立ち上がろうとしたその時に事案発生。


「あっ、待って、夜々ちゃん!」

「悠人様、如何なさいま、へぁっ!」

「にーちゃ、とりあえず花香さんの為に戻って! パジャマは私が持ってくるから」

「すまん、ありがとう」


 風呂上がりの悠人が、夜々を追いかけ上半身裸でリビングへと訪れた。花香は振り向き様に、その肉体を直視してしまう。スキンシップ激しい彼女とはいえ、生の雄っぱいの衝撃に耐え切れるはずもなく、座っていた椅子ごと後ろへと倒れた。


「花香さん、意識はしっかりしてますか?」

「優菜さん。バックも中々よろしいですが、フォントも大変美しいですね」

「うん。平気そうですね」

「ふふふ、気絶するには勿体な、ぶっ!?」

「……あっ、背中かぁ」


 倒れていた花香の瞳は脱衣所に戻る悠人の背中を偶然にもばっちり映していた。求めていた愛しき人、それも湯上がりの背中である。高揚していた気分が沸騰。鼻から血を噴き出して意識を飛ばしてしまった。


「夜々ちゃん」

「ん?」

「せめて、にーちゃの服着たいなら言わないと」

「下着、もっていくのわすれたから」

「あー、それにーちゃに言った?」

「?」

「そりゃ、にーちゃも慌てて追いかける訳だ」


 元凶の夜々は悠人が着るはずであったパジャマの上を着ていた。それなら問題はないが、下着も履かずにそのまま脱衣所から出たのである。そりゃ、悠人もそれはいかんと追いかけるはず。


 急いで上を着て来た悠人は、夜々に軽く叱る。


「夜々ちゃん。せめて、一言欲しかったよ」

「ごめんなさい」

「しかし、うん」

「うん?」


 変な反応を示してしまった悠人。だが、異性の知り合いが自分の服を着ているというのは、何とも可愛らしいのだ。しかし、似合っているという台詞は、言うべきなのかと迷うものだった。

 だって、柄も何もない質素過ぎる単色のパジャマであったから。



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